表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/48

39 エラン君の受難(エラン視点)

お読みいただきありがとうございます

「エラン、俺がいなければお前のような下位貴族が侯爵家の家の人間と気安く話すことなどできなかっただろうな。あぁ、そういえばお前の直属の上司も侯爵家だったか。だが、夜会にも一度も出られないような出自だからなぁ。」


本日は父上の付き添いとして王宮の夜会に出席している。父はなんとか同派閥の貴族たちとの親交を深め、私も嫡男として顔を繋ぐことが出来た。子爵家として初めての社交としては及第点であろうと、やっと壁際で休息をとっている時、ガルデニア団長に捕まってしまった。


「ルートランス副団長は団長の代わりに第三騎士団の指揮を取り、王宮警備の任についておられるのですよ。そのように貶めるようなことをおっしゃるのはどうかと思います。」


本来であればここは曖昧に流すか、迎合しておくのが貴族としては正しい振る舞いだろう。しかし、敬愛する副団長への暴言を聞き流すことは私にはできなかった。


「はぁっ?!お前俺にそんな口聞いていいとおもってんのか?」


だいぶお酒を過ごされた様子の団長は貴族にあるまじきで形相で掴みかかってきた。

私は謗りも暴力も甘んじて受けようと、腕を後ろで組み、歯を食いしばった。


「ーーあら、フェンノール・ガルデニア様、お久しぶりですわね。」


殺伐とした雰囲気を切り払うように涼しげな美しい声が割って入った。


「フェネージュ……」


激昂していたはずの団長がぼうっと気を抜かれたかのように呟いた。声の主の美しさに目を奪われているかのようだ。


「いやだわ。わたくしもう、あの頃の少女ではないのよ。グライユル卿夫人とお呼びになって。」


鷹揚に小首を傾げて、優雅に微笑まれているが、これは完璧な拒絶だ。昔のように馴れ馴れしく呼ぶな、と一線を引かれたのだ。団長は苦々しげに顔を歪めて押し黙った。


「貴方はニジェル子爵家御嫡男のエラン様でいらっしゃいますね。義弟が日頃よりお力添えいただいているようで、感謝申し上げます。グライユル侯爵家嫡男ジュスタン・グライユルの妻、フェネージュと申します。義弟がお世話になっているお二人が歓談してらしたから、ついお話に混ざりたくなってしまったの。無作法でごめんなさいね。」


全く悪いと思ってなさせそうな、華やかな笑顔を向けられて、抗議できる人がいるのだろうか。そして、これは私が団長に責められているのを見て助けに入ってくれたと言うことであろう。案の定、団長は気まずげに視線を逸らしている。


「とんでもないことでございます。お初にお目にかかります。ニジェル子爵家嫡男エラン・ニジェルと申します。敬愛するグライユル副団長の義姉上様にそのようにお声がけいただけるとは恐れ多くも光栄の至りにございます。副団長のお役に立てていれば幸いです。」


「うふふ。貴方のような方が義弟の側にいるなら、わたくしも安心ですわ。」


侯爵家嫡男の御夫人がお声をかけられたので応じてしまったが、団長を置き去りにしている形になっている。横を見るのが怖い。


「フェンノール・ガルデニア様の奥方様は本日はどちらにいらっしゃるのかしら。わたくし、ご挨拶申し上げたいわ。」


ふわりと微笑みながら団長に水を向けると、団長はぎくりと体をこわばらせた。


「あー…妻は少々体調を崩しておりまして、本日は不在です。次の機会にぜひご挨拶させてください。」


気まずそうに目線を彷徨わす様子を見ると、何か都合の悪いことを取り繕おうとしているようだ。


「まぁ!奥方様のお加減がよろしくないのに社交に出なければならないなんて…っ!さぞご心配でしょう?皆様のご歓談も終盤ですし、この場を辞されても差し支えないのではないかしら?」


大袈裟に驚いて、奥方を案じているようなことをおっしゃっているが、これは貴族の社交に疎い私でもわかる。『貴方の社交など、もうやることないだろうから、さっさと帰れ。』である。

実際、騎士団の役職にあるものが勤しむべきは夜会での社交ではなく、騎士としての任務を実直に果たすことである。団長はこの場にいてもご自身の評判を下げるだけだ。


「あ、あぁそうだな…妻のことも心配であるし、そろそろ退席するとしようか。…グライユル卿夫人、不自由はしていないだろうか。貴方の夫君は、その、感情の薄い方だろう…?弟も複雑な生い立ちであるし…」


探るようなじっとりとした目と婉曲な物言いで侯爵家への不満を引き出そうとする様子は側から見ていても不快だったが、夫人は涼しげなお顔をしていた。


「まぁ、旦那様ほど情熱的で愛情深い方はいらっしゃいませんわ!わたくしとても大切にされていて幸せですし、義弟はグライユル侯爵家の令息ですわ。複雑な生い立ちなどありはしませんでしょう?」


グライユル卿夫人はうっとりと頬を染めて本当に幸せそうに微笑んだ。会場の方に視線を向けたその瞳が、誰を映しているかは明白だ。副団長の出自に関しても、話題にするのは大変失礼なことだが、夫人は気にも留めない様子でさらりと受け流された。


「…っ!そうであったな、それでは失礼するっ!」


団長は軽くあしらわれたことにあからさまに苛立ち、羞恥に顔を赤くして踵を返した。


「あぁ、そうでしたわ。わたくし、義弟のルートランスに頼みたいことがあるの。少しのお時間任務から離れる許可をいただけないかしら?」


夫人が思い出したかのように、こちらに背を向けた団長に願い出ると、わずかに振り返り虚をつかれたような顔をした。

夫人は「貴方のお兄様、第一騎士団のガルデニア団長には許可を得ているのですけれど」とも付け加えた。


「はっ…?あぁ、ではエラン、お前がグライユル副団長と任務を代わってこい。グライユル卿夫人のご意向に沿うようにっ!」


そう言い捨てて、逃げるように会場を出て行った。


「うふふ。相変わらずの方ね。ニジェル様もご苦労があるのではなくて?」


「いえ、そのようなことは。」


もちろん苦労してますよ、とは言えず微笑みの形に顔を整えて、取り繕った。


「あの方、わたくしが幼い頃婚約の打診があったのよ。でも、実家もガルデニア家も武力を重んじる家系でしょう?兄たちと同じような方はちょっと、と思ってお断りしたの。でも、その後も何度もお誘いがあって…。わたくしが婚約した後も、旦那様を貶めるようなことをおっしゃっていたの。今は落ち着いたと思っていたけれど、まだあのような物言いをなさるなんて…義弟は理不尽に感情をぶつけられてはいないかしら?」


なるほど、団長の副団長への当たりが強いと常々思っていたが、想い人を取られた腹いせにその弟に八つ当たりしていたのかと、妙に納得した。若すぎる出世に嫉妬しているのかと思っていたが、それだけでは、あの有能な副団長を退ける利がない。

グライユル侯爵代理も若くしてその才を認められ、大臣を務めるほどの方だ。副団長にその面影を見て、心を苛立たせていたのかもしれない。


団長の行いには同意できないが、同情はする。この美しい方を妻に迎えられると思っていたのに、他の男に嫁がれては一生諦めることができないのであろう。


「ふふ、その顔を見ると義弟も苦労しているようですわね。」


何と答えたものかと押し黙ってしまうと、夫人に心の揺らぎを指摘されて慌てて取り繕うとした。


「あ、いえその、ルートランス副団長は第三騎士団を円滑にまとめていらっしゃいますので…」


「ふふ、答えなくても良いのよ。わたくしにも情報を得る伝手はあるもの。例えば、奥方様はガルデニア様の素行に呆れてご実家に帰られているとか、ね。」


口元に人差し指を当てて、微笑まれる様子は少女のように可憐だが、その情報収集能力は恐ろしい。おそらく私のことも、団長の副団長への行いも全て耳に入っているのだろう。


「あの…ありがとうございました。」


「あら、だめよ。貴方は何も困ってはいなかったし、わたくしは感謝されることなんてしてないの。わたくしが貴方たちの歓談中に無理なお願いをしただけよ。」


先ほど団長から助けていただいたお礼をしようとすると、持っていた扇で先の言葉を遮られた。

なるほど、ここで私が夫人に礼を言うと『第三騎士団の団長が団員を困らせていた』『グライユル卿夫人がそれを助けた』ということが事実となってしまう。それにより第三騎士団の評判や、ガルデニア侯爵家の名誉に傷がついては大変なことになる。夫人は自分が割り込んだと言うことで収めようとしてくださいっているのだ。本当に頭が下がる思いだ。


「それにわたくしは社交の途中で貴方に義弟のかわりに任務について欲しいとお願いしているのよ?わたくしのほうが貴方にお礼を言わなくてはいけないわ。」


「いえ、そちらに関しては私の社交はもう終わりですし、任務に着く方が気が楽です。」


つい本音を漏らしてしまうと夫人は「まぁ」と少し驚いたような顔をしてから、クスクスと肩を揺らして笑った。


「そう?たすかるわ。お詫びと言っては何だけど、主人から、ニジェル子爵にご挨拶させていただきたいわ。それから子爵夫人にもご紹介差し上げたい伯爵夫人がいらっしゃるのよ。案内していただける?」


グライユル卿夫人を両親の元に案内し、グライユル卿から直接、「これからもご子息には弟を支えて欲しい」とのお言葉を賜ると両親は緊張で顔をこわばらせていてが、とても誇らしそうで私も嬉しかった。


おかげでその後、派閥内での父の評価も上がったし、母も面倒見のいい伯爵夫人にご指導賜り、度々お茶会にお誘いいただりと安定した立場を築くことができた。


一方私はルートランス副団長と交代して任務を務めた後、騎士団寮へ帰り非番の同僚と安酒を飲み交わした。


「もう、貴族の社交なんてまっぴらだーっ!!」


と叫んだらしいが、全く記憶がない。


が、その叫びは偽らざる本音だ。

年齢描写を入れていなかったんですが、以前の話に年齢描写を書き足しています。鋭意修正中です。

詩子 17歳

ルートランス 21歳

ジュスタン 32歳

フェネージュ 31歳

エラン 26歳

ディミディッド 17歳

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ