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36 月と悪戯心

お読みいただきありがとうございます

東屋に上がってきたのは騎士隊服に身を包んだルト君だった。本日は王宮勤務の為か、いつもの隊服ではなく、儀礼用の装飾の豪華な隊服に身を包んでいて、ふわりとした髪も香油できっちりと後ろに流している。

すらりとした肢体が月明かりを背に受け、淡く輝く様が幻想的なほどに美しかった。


「…驚きました。いつもは可愛らしい詩子が今日はとても、美しいです。月の女神がそっと降り立ったのかと錯覚してしまいました。」


「…えぇ…それはルト君のほうだよー…。なんて事言うの!」


王子様のように優雅で秀麗なルト君に褒められて、耐えられず顔を両手で覆って俯いた。

耳までカッと赤くなり、月夜の薄暗さの中でもこの頬の赤さが見えてしまうのではないかと恥ずかしくて、顔を上げることができなかった。


「本当にそう思ったのですよ。月を眺めていたら詩子が現れて、青い月の光で輪郭が淡く揺らめいて…儚げでとても美しい…」


ルト君は話しながらいつの間にか、私の目の前にいて、頬を抑える私の手に自分の手を重ねた。


自分の手を通しているのに直接頬に手を添えられ、彼の熱が伝わってくるような気がして、胸が痛いほど高鳴っていた。


頬に手を添えられたまま、少し目線を上げるといつも微笑みを絶やさなルト君が真剣な顔でこちらを見つめていて、その瞳にとらえられたように顔を逸らすことができなかった。

陶器のような肌と、どこまでも透き通るようなブルーグリーンの瞳はいつもの微笑みが消えるとどこか冷たさを感じるほど美しくて、少し怖くなった。


「…っ…ル、ルト君も、フェネージュ様に連れてこられちゃったの?」


なんだか緊張してしまって、声が出なかったが、意を決して言った言葉に、ルト君がきょとんと目を丸くした。その少し幼い表情で、一気にいつものルト君が戻ってきたようで少し安心した。


「いえ、私を呼んだのはエランなのですが…もしかして、詩子のその装いはフェネージュ義姉上が?」


「そう!そうなの!フェネージュ様がいきなりやってきて、私は今日はのんびりしようと思ってたんだけど…シンデレラの話しちゃったから、とんがり帽子とステッキで、注文の多い料理店な感じで塩も擦り込まれて、焼かれなかったけど…、こんな感じに出来上がって、リタも子ねずみさんで…えーっと、だから…」


なんだかもうよくわからなくなって、何を話してるのか自分でもよくわからない。一気に捲し立てたら涙が滲んできた。


「詩子、落ち着いてください。大丈夫ですか?まず、こちらに腰掛けましょうか。」

 

私を東屋の椅子までエスコートして座らせると、安心させるように微笑んで見せた。

私は、深呼吸して胸を落ち着かせるとゆっくりと事のあらましを説明した。


「なるほど、フェネージュ義姉上がシンデレラの魔法使いに憧れて少し暴走してしまったという事ですね。でも、夜会に連れていかれなくて良かったです。こんなに美しく変身してしまっては、本当に王太子に見初められてしまうところでした。」


もちろん、いつもの詩子もとても可愛らしいですが、と付け加えられる。今日はいつもよりルト君が直接的に褒めるので赤くなる頬がいくつあっても足りません!


「ルト君、なんで今日はそんなに褒めるの…」


ジトっとルト君を睨むと、思いがけないことばに一瞬驚いたような顔をした後、少し考え込んでから、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「いつもより、褒めているというつもりはなかったのですが…そうですね、詩子の装いが貴族令嬢のようなので遠慮が無くなっていたのかもしれませんね。」


「?貴族令嬢に対するリップサービスということ?」


確かに貴族令嬢の装いを褒めるというのは一般的なマナーだ。つまり、今は貴族のマナーとして私を褒めてくれていたということだろうか、と考えているとルト君が慌てて否定した。


「あ、いえ、そういうわけではなく、褒めると詩子はいつも困ってしまうでしょう…?」


ルト君が言いづらそうにこちらを伺いながら問いかける。確かに、ルト君に褒められると照れて、困って、否定してしまっていた。だって、普通の女子高生がこんなにイケメンに褒められたら居た堪れないじゃないか。


「だから、普段は我慢をしていたのですよ。」


「我慢…してたの?」


ちょっと拗ねたように言うルト君を見て思わず吹き出してしまった。


「ははっ!そっか、我慢してたんだ。へへへ、ごめんね、我慢させて。」


せっかく褒めてもらっているのを困った顔をしたら、否定したりするのは良くなかったかもしれない。これからは素直に「ありがとう」と受け止める努力をするとルト君に約束した。


「では、もう我慢しなくてもいいですか?」


いつもの3割り増し秀麗な顔を少し傾けて覗き込まれるとやはり、まっすぐ見つめ返すことができない。


「…お手柔らかに、お願いします。」


自然と眉がへにょりと下がった。膝元を見ながらぼそりと答えると、その端正な顔が嬉しそうに綻んで、ふたりだけの月夜の東屋に笑い声が響いた。


ルト君の柔らかい笑顔が嬉しくて、一緒に笑い合った。

ふと夜空を見上げると、青白い満月がこちらを見下ろしていた。


「あぁ…今日は…月が、綺麗ですね。」


一瞬どきりとしてしまうが、ルト君が日本の伝統的告白など知るはずもない、と胸を撫でて気持ちを落ち着けた。


すると、少し悪戯心が湧いてきた。



「あなたのものよ。」




ドキドキさせられた意趣返しをしたくて、口角をにっと釣り上げ、挑戦的な笑顔を作ってルト君を力強く正面から見つめた。


「…っえ…」


ルト君は私の予想に反し、信じられないものを見たと言うような顔でこちらを見つめ、ひどく動揺したように瞳が揺れ、何か言いたげに唇を振るわせた。


「えっと、ルト君…もしかして意味、知ってるの…?」

続きは金曜日に更新します

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