35 魔法使いの悪戯
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収穫祭2日目は、朝からリタと街へ繰り出した。まずはジャンとフレッドの店に行って、お菓子を差し入れた。子供たちは順番に休みが取れるので、元気そうで、お菓子をとても喜んでくれたので安心した。
ジャンとフレッドはとても疲れてはいたが、前日の売り上げがかなり良かったようで、今日の仕込みにも一層力を入れており、目だけがギラギラとしていて少し怖かった。
お店の準備の邪魔にならないように早々に退散して、通りの屋台でクレープのような薄い生地に肉と野菜を挟んだものを買ってリタと食べた。
収穫祭の様子を眺めていると、昨日ルト君と回った時のことばかり思い出してしまって、寂しい気持ちになるので早々に屋敷に帰ることにした。
昼には屋敷に到着し、ダラダラと本を読んで過ごしていると、フェネージュ様が訪問されると家令から知らされ急いで身支度を整えた。
「フェネージュ様、今日は王宮での夜会の準備でお忙しいんじゃないんですか?」
フェネージュ様の本日の装いは胸元が白く、下に向かって青色が濃くなるグラデーションになっており、太ももの辺りから裾のあたりまで星の軌道のようにキラキラ輝く刺繍がされた美しいマーメイドラインのドレスだった。
ほっそりとした首元には豪奢なネックレスがいつも通り輝いている。
しかしその、洗練された装いに不釣り合いな三角帽子をかぶり、手には星の飾りのついたステッキを握っていらっしゃる。
「フェネージュ様…?その格好は…?」
フェネージュ様は何も答えないままにっこりと笑って、ステッキを振った。するといつもの専属侍女さんたちがフェネージュ様の後ろからすすっと出てきた。何故か彼女たちも三角の帽子をかぶっているが表情はいつも通り、上品に微笑んでいる。
「さぁ、今日は舞踏会ですわ。私の魔法でお友達の子ネズミさんと一緒に素敵なドレスに変身なさってね。カボチャではないけれど馬車も用意してきましたわ。」
三角帽子の侍女さんたちは微笑みをたたえたまま、その細腕で私とリタを軽々と担ぎ上げた。
「へぇぇっ?!」
目線が高くなって、動揺しているとそのまま屋敷の奥にずんずん連れていかれてしまう。
「子ネズミ…子ネズミ…」
私と一緒に担ぎ上げられたリタは無表情で体を硬くしたまま、ぶつぶつと呟いている。ねぇ、それどんな感情なの?
舞踏会、魔法のステッキ、カボチャ、子ネズミ…
「…あっ!わかりました、フェネージュ様!シンデレラですね!この前話したシンデレラを気に入ってしまわれたんですね?!」
気づきを得た。
前回のお茶会の時、フェネージュ様に請われて私の世界の物語をいくつか話した。その中にシンデレラがあったのだが、その時フェネージュ様に「まぁ、装いを変化させる魔法なんて聞いたこともないわ。とっても便利ねぇ」「正体を明かさず王宮の舞踏会に参加できるなんて不用心だわぁ」などと興味深く聞かれていたのを思い出した。
「うふふ。正解よ、詩子様。わたくし、本日はお節介な魔法使いなの。」
もう、侍女さんたちに屋敷に奥に連れて行かれてるけどよく通るフェネージュ様の声が耳に届いた。お節介されてしまうようだ。
そのあとは湯殿に連れて行かれ、3人がかりで塩の入ったスクラブでピカピカに磨かれ、香油を塗り込まれピカピカのツルツルにされてしまった。これからこんがり焼かれて美味しくいただかれてしまうかもしれない。
その後はもちろん、焼かれることはなく頭のてっぺんから爪の先まで手入れをされて、コルセットを初めてつけた。殺されるかと思った。
「いただだだだだだっ!え、そんなに締まりませんよ!!!内臓がっ!つぶれちゃうっっ!!」
「いやですわ、詩子様。淑女はそんなお声を出しません。」
「これくらい締めませんと、綺麗なラインがでませんわ。」
フェネージュ様の侍女さんたちは優しいが厳しい。優しく微笑みながら全く容赦がない。おしゃれは我慢とはよく言ったものだ。
「ぴえん。」
なされるがまま、デコルテがガッツリ開いたドレスを着せられたが、何もいう元気はない。
髪もクルクルと巻かれる気配がしているが、もうどうにでもしてくれ状態である。
「さぁ、詩子様。奥様の魔法で変身が完了いたしましたよ。」
侍女さんに手鏡を持たされる。やはり最初に言うべきはこのセリフであろう。
「まぁ…これが、私…?」
頬に手を添えて感動したように言ってみるが、…本当にこれは誰っ?!
緩く巻かれた髪をハーフアップにまとめて、身につけているのはプリンセスラインのドレス。デコルテが開いていると言ったが、胸元にアイラッシュレースが縫い付けてあるのでそれほど気にならない。首元にも小さな宝石がたくさん連なったネックレスが付けられている。
そして、もうこれは私もわかります。このドレスのブルーグリーンの色はルト君の瞳と同じだ。
「…ルト君は夜会には出ませんよね?」
化粧台の椅子に座ったままジトっとフェネージュ様を見上げると、レースの手袋を纏った手を頬に当てて、にっこりと微笑まれた。
「わたくし、詩子様に夜会に出てほしいとは申し上げておりませんのよ。でも、王宮には参りましょうね。」
わけがわかりません!私の返事も聞かず、侍女さんたちに指示を出すと、あれよあれよと言う間に馬車に乗せられてどこかへ連れたいからてしまった。気分はドナドナである。
ついたところはやはり王宮であった。しかし、夜会の会場ではなく控え室に押し込まれ「ここで少し待機よ!」と指示されたまま、出された軽食をつまみながらぼんやりと座って待った。
「リタさんや、私はどうなってしまうのかしら?」
一緒に磨かれて可愛くなっちゃったリタも緊張した面持ちで控えている。
「リタもまったく状況がわかりませんが、フェネージュ様が詩子様を害することはないと思います。何かあったらリタが全力でお守りします!」
やだ、この子可愛い。プルプルと震えながら、決意に燃えるリタちゃんはスーパー可愛い私の侍女ちゃんだ。なにかあったら、私もリタを守る。
2人で決意に燃え、煙が出そうになったところにフェネージュ様の侍女さんからお声がかかった。
「詩子様、お時間になりましたのでこちらへ。」
侍女さんに連れられ、王宮の庭園のようなところに来た。石畳と生垣で整えられた道の先に噴水と、さらにその向こうに東屋があった。
「あちらの東屋までゆっくり、お進みください。」
リタはガッチリ拘束されて留め置かれている。これは1人で進まねばならないらしい。昼間であれば綺麗に整えられた花壇と芝生の緑が日の光が浴び、きらきらと輝く庭園も、今は少しの街灯と月明かりだけが、淡く照らしている。
少しだけ心細く思いながら、ゆっくりと石畳を進む。慣れないドレスの裾捌きに意識が向いて前を見ることができない。
東屋に辿り着くと、空を見上げる位置に椅子が置かれているだけで、誰もいなかった。てっきりルト君が待っていると思ったので急に不安な気持ちが胸に広がっていった。
「…誰ですか?そこにいるのは。」
不意に声が聞こえた。進んできた方と反対の東屋の奥に、一段低くなっているところがあった。そこに人影が現れて、怪訝そうな声が耳に届いた。いつも聞く声より少し低く、警戒をなじませた声色にどきりとした。
「あ…えっと、わたし…」
なんと答えればいいかわからなくて、恐る恐る口を開くと、相手の声が動揺したように揺らいだ。
「え…その声は…詩子ですか…?」




