34 収穫祭!1日目②
お読みいただきありがとうございます
ルト君にアデルヴィアスのお守りをプレゼントした後は中央広場に向かった。
道中はどうやって、騎士隊服の中にお守りを隠すかを話し合った。ルト君はベルトや鞘飾りにつけるというので断固反対して、服の中に隠すことを約束させた。
中央広場は平民の街区の中で最も貴族街区に近く、比較的高級品を扱う店が多くある地域の中にある。
こちらでは国から雇われた楽団や歌い手が、代わる代わる音楽を奏で、その周りで街行く人々が足を止めて、その音色を楽しんでいる。
「おぉー!こっちは華やかだね!」
先ほどの噴水広場は稲穂や果実の素朴な飾りやカラフルな手製のフラッグが飾られていたが、こちらは紺地に金色の縁取りのタペストリーや、季節の花に果実が飾られた華やかなリースが街を彩っている。
広場の中心に楽団が演奏するためのステージがありその周りを人々が手拍子したり、歌ったり踊ったりしながら収穫祭を盛り上げている。
「ダンスは決まった形があるの?」
「基本の動きはありますが、自由に楽しめばいいんですよ。」
確かにステップを踏んだり、ターンをしたり似た動きで踊る人もいれば、散歩のようにゆっくりと歩く老夫婦、ジャンプしながら誰がたくさん回れるか競争する子供達、タップダンスのように足を忙しく動かす若い女性など、皆思い思いに体を動かしている。
「私たちも踊りましょうか」
「うん!」
初めは周りを見ながらリズムを取ってステージの周りをまわっていたが、見よう見まねでステップを踏んだり、ルト君に支えてもらってくるりとまわってみせたりした。
そのうち、お互いにダンスをしてみせて、マネをするという遊びに変わった。
「これはね、学校で踊ったフォークダンス。ルト君上手だね!」
「この部分は私たちの祭りのダンスにも似たところがありますよ。ほら、こうやって足を交差させるところが違うのですが…」
「あ、難しい!どうしても反対の足が出ちゃうよー。」
「相手の足を踏まなければいいので、私が気をつければ大丈夫です。」
「それだと他の人と踊る時困っちゃうから、頑張って覚える!」
そうしていくうちに、私たちのオリジナルダンスが出来上がってきた。
「これ繰り返してたらずっと踊れちゃうね!」
「詩子!ちょっと持ち上げてもいいですか?」
「え?!いいけど…持ち上がるかな、ジャンプすればいい?」
ルト君は私の腰あたりに手を添えると軽々と私を持ち上げた。
強い風が体を持ち上げたようにふわりと高く浮いて、そのまま飛んでいってしまいそうな気がして、慌ててルト君の肩に手を乗せた。
周りで見ていた人々から「わぁ!」と歓声が上がった。
「すごい!ルト君今私が一番高いところにいるよ!あははは!」
楽しくて楽しくて、笑った顔が元に戻らない。初めて上から見下ろすルト君も金の髪に日の光が当たってキラキラと眩く、楽しそうな笑顔をより一層引き立てている。
「詩子は羽のように軽いです!飛んでいってしまいそうですね。」
ふわりと微笑むと周りの婦女子からは「ほぅ…」と感嘆の声がもれた。
「俺だってできるっ!」
パートナーの女性がルト君に見惚れてしまった男性が、対抗心を燃やしリフトに挑戦する。相手の彼女は自分の体をジャンプで持ち上げて協力するがルト君ほど高くは持ち上げられない。それでも頑張る彼に、彼女は優しく微笑んで応援の声をかけていた。とても仲が良くて素敵なカップルだ。
それを見ていた人々が次々にリフトに挑戦し始めた。女の子同士や子供たちもまねっこでジャンプをしている。
楽団もリズムを変えて、一定のフレーズが繰り返す音楽を奏で始めた。
「ルト君、もっとやって!」
音楽に合わせて先ほど考えたオリジナルダンスをして、一際高い音のところでステップの後に高いリフト!
これを繰り返していくと段々にみんなのリフトのタイミングがあってくる。
「1、2、3、1、2、3、ジャーンプ!!」
ステージを丸く囲んだ人々が一斉に高く飛び上がり、色とりどりのスカートが空に舞う。
大きな歓声と拍手、それに笑い声が響く。
雲ひとつない、澄み渡るような青空に笑顔の花が咲いた。
「ルト君、楽しいね!」
お父さんに高い高いと持ち上げられた小さな子供みたいに、心の底から楽しくて口を横にいっぱい広げて笑った。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「はー!疲れた、明日は筋肉痛かも」
思う存分踊った後は、飲み物を買って木陰のベンチに座って休憩にした。
氷で冷やした果実水がゴクゴクと飲み干すと、喉がすーっと冷たくなって気持ちがいい。ぷはっと息を吐き出すとルト君にクスッと笑われてしまった。
「ふふ。たくさん踊ってしまいましたね。詩子は明日はどう過ごすんですか?」
「特に予定はないけど、ジャンとフレッドの店に顔出したり、リタとお祭りを見て回ろうかな。ルト君はお仕事でしょ?」
「はい。明日は王宮の警備が主ですね。」
ルト君が手元のグラスに目線を下げて、それから顔をあげ、少し離れたところにある広場のステージを見ながらゆっくりと口を開いた。
「…私は騎士としても務めを休みたいと思ったことはないのですが、明日も詩子と一緒に過ごしたいと思ってしまいました。」
その少しぼんやりとした横顔はルト君の初めて見る顔で、嬉しいような儚げで心配なような複雑な気持ちになった。
実際ルト君は働きすぎだと思う。任務であれば泊まりで何日も連続勤務だし、ここのところは数週間に一度屋敷に帰る程度だ。
日本であれば労働基準法違反ではないかと思うが、言うなれば騎士は公務員。労働基準法は適用されないんだったっけ?など腕を組んでとうんうん唸って考えていたら、それをどう受け取ったのか、ルト君が眉を下げて口元に苦笑を浮かべながらこちらを見ていた。
「心配をさせてしまいましたね。」
「ううん!ルト君はちょっと休んだほうがいいって思ってただけ!武闘大会が終わったらお休みもらえないの?魔物と戦うなんて大変でしょ?」
「そうですね、1日くらいは休暇を取れるかもしれませんが、魔物との演武自体はそれほど大変ではないですよ。」
フェネージュ様もそう言っていた。ルト君の実力であれば、捕えられた魔物と戦うのはそんなに大変なことではないと。しかし、そうは言われても心配になる。
「実戦では対峙した魔物の他にどんな危険が潜んでいるかわからないのでその警戒もありますし、周囲への影響も配慮しなければいけませんが、演武では他の魔物が出てくることはありませんし、魔法障壁で観客は守られています。」
ルト君はちょっと考えた後、慎重に言葉を選ぶように説明してくれた。
「ただ…貴族の子女の鑑賞に耐えるように倒すのが少し大変かもしれません。興奮した魔物が間近に寄ったり、咆哮に当てられたり、血や臓腑が飛び散っては卒倒してしまう方もいらっしゃるかもしれませんので…」
なるほど、血がびしゃびしゃ飛び散って、叫んだ魔物が近くまでやってきたら、いくら魔法障壁があるとはいえ大抵の人は恐怖で腰を抜かしてしまうだろ。そうなると、いくら王太子の命で演武を行っているとはいえルト君の評価が損なわれることになってしまう。それは良くない。
「ああ…それは確かに…。それはどうやって対処するの?」
「脚の腱を切って機動力を落としたり、頭や首を狙って平衡感覚を奪う。剣に弱い火魔法纏わせ、切ると同時に傷口を焼く…などでしょうか。もしくは…この先は見てのお楽しみにしましょうか」
ルト君は人差し指を口の前に置いて、悪戯っぽくニコッと笑った。
「うん。楽しみにしてるね。フェネージュ様に誘っていただいたから私は侯爵家の席で応援してるよ。」
「その席でしたら私からも詩子が見えます。心強いですね。詩子に怖い思いをさせないように全力を尽くします。」
ルト君は私を安心させるように力強く頷いて笑ってくれたが、それが逆に心配になる。
「ありがとう。でも、ルト君が怪我なく屋敷に帰ってくるのが一番だよ。」
ベンチに置かれたルト君の手を両手で覆うと、ルト君の目をじっと見つめた。
「困りましたね、ますます仕事に行きたくなくなってしまいました。」
困ったと言いながら嬉しそうに笑うので「本当に心配してるんだからね!」とわざと怒って見せたけれど、ルト君はますます笑うばかりだった。
ルト君に言っても聞いてくれなさそうなので、プレゼントしたばかりのアデルヴィアスのお守りに「ルト君のことを守ってね」とお願いしておいた。




