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3 目覚めるとそこは

初めに感じたのは花のような甘い香り


瞼に淡く暖かさを感じて目を覚ますと、真っ白な布団が目に入る。ツルツルと光沢があるその布がここが自分の家ではないと伝えてくる。

まして、我が家の遮光カーテンは優秀なので、こんなに明るい朝を迎えられるわけはないのだ。


「目を覚まされたのですね。ようございました。」


優しい声色に目を向けると上品に微笑む女性と目が合った。

グレーの髪に紺色の瞳。私の祖母くらいの年齢だろうか。白襟に黒のロングワンピースに身を包んだその女性はとても姿勢が良い。


「あの…ここはどこでしょうか?えっと、私は一之瀬詩子です。貴方はどなたですか?」


私は学校からの帰宅途中に誰かに追いかけられて…それから…

トンネルを抜けて光が見えて、後ろから謎の呪文を叫ばれたことは覚えている。

こんな立派なお部屋にいるということは、誰かに保護されたと考えるのが適当だが、ここは病院にも警察にも思えない。


「詩子様でございますね。ここはルートランス・グライユル様のお屋敷でございます。私はこの屋敷の侍女を取りまとめております、クラリベールと申します。この屋敷の主人、グライユル侯爵家次男のルートランス様が騎士団の任務中に突然現れた貴方様を保護したと伺ってます。なにか、心当たりはございますか?」


「なにかって…私は学校から家に帰ろうとしてただけなんだけど…」


予想外の返答に戸惑ってしまう。私の住む現代日本に貴族はいないし、騎士団も存在しない。しかし目の前の女性は冗談を言っているようには見えない。


私は確か学校帰り、いつものトンネルを通り、知らない森にでたはずだ。でもその先の記憶がない。


これは夢か、頭がおかしくなったのか。

確かめるべく、頬をつねろうと手を持ち上げて、考える。

夢か現か判断するのに頬をつねろうと、誰が思ったんだろうか。


持ち上げた手をそのままに反対の手で腕に爪で十字に跡をつけてみた。

マニキュアでコーティングされた付け爪とデコラティブな飾りのせいで少し血が出てしまったが上手に十字のマークができた。


「詩子様、何をなさっているんですか?こんなふうにお肌に傷つけるなんて」


クラリベールさんに眉を顰められてしまった。


「何ってこれは虫に刺された時に痒みを軽減するおまじないというか…」


なお、ほぼ効果はない。クラリベールさんに蚊の生態について説明しようとすると


「え…?」


腕につけた十字の跡が虹色に光り出したのだ。


腕の皮が捲れて、眩い宝石が出てくるかのように光が溢れ、また肌の中に吸い込まれるように消えると傷が綺麗に消えていた。


「女神の花…」

ぽつりとつぶやいたクラリベールさんの方を振り返ると、息を呑んで光を見つめていた。心なしか瞳が潤んでいるような…?


「…まだ、お疲れでしょうからゆっくりお休みください。貴方様が目覚めましたら連絡して欲しいと言われていますので、ルートランス様にご連絡致します。すぐにお話を伺いにいらっしゃると思いますよ。」


「え、ちょ…クラリベールさん…?女神の花ってなに…?」


私の腕に起きた不思議現象をスーパースルーして、クラリベールさんは部屋を出て行ってしまった。


「私の腕見て、あんなに驚いてたのに突っ込まないの…なんなの…」


夢かどうか確かめるために腕に傷をつけたのに、検証どころかさらに悩むことになってしまった。

知らない部屋、貴族の屋敷、我が身に起こる不思議な光、治癒能力。これらを総合して考えるに…


「異世界転移ってことかなぁ…」


オタクに優しいギャルを目指す詩子は、異世界ものの作品にも明るいのだ。


しかし、ゆっくりと言われても悩むことが多すぎて休めるわけがない。


なんとなしに部屋を観察してみる。

シンプルな部屋ではあるが深みのあるミディアムブラウンで統一された調度品は質の良いものなのだろう。

往年のお姑さんのようにテーブルを指でなぞってみても埃一つない。

 

この待遇からみて、不審者として軟禁されているわけではなさそうだ。


コンソールの上に見慣れたバッグを見つけた。


「私のバッグ!服も!よかった、メイク道具もツケマもある!!ってかよくみたら私着替えさせられてる?クラリベールかな?クラリベールさんだよね??家主のルート…ランスさん?が着替えさせたわけじゃないよね…???」


思ったことを口に出しながら、カバンを漁ると学校に行ったままの荷物が入っていた。


「お財布もスマホもある…よかった。でもさすがに圏外か。あ、でも時間はわかるね。朝の9時?時差とかあるのかな。」


どこまでに機能が使えるのかは後日検証しよう。もしかしたら通販が使えて異世界無双できるかもしれないし。


「そしたら、格安ファッションサイトでネイル取り寄せてネイルアーティストになろうかな…」


現実逃避してみたものの、隠しきれない不安と混乱で涙が出てきた。


「なんでこんなとこきちゃったのよぉ…」


両手で握ったスマホにおでこをコツンとつけて呟いた言葉は、どこにも届かなかった。

次の更新は本日の15時ごろです

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