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29 一難去ってまた一難(ルートランス視点)

お読みいただきありがとうございます

今回提出した企画案は捨て案と本命があった。


捨て案は先ほど殿下がおっしゃった、北の森に5日間遠征しての魔物狩り、狩猟大会、捕縛してきた魔物との戦闘訓練など、比較的危険度が低く、騎士団への負担も少ないものだ。


だが、おそらくこれらでは殿下は満足しないであろうと踏んでいた。殿下は我々臣下に負担をかけ、嗜虐的な手段で鬱憤を晴らさんとしているように思えた。ある程度こちらに危険が伴うような案を出さなければならない。


エランと二人頭を悩ませていると話を聞きつけた第三騎士団の騎士たちが「私たちを犠牲にしてください!」「前回のように魔物が活性化させられるくらいなら私たちが傷ついたほうがマシです!」「俺たちは訓練もしてますし、サンドバッグにされても大丈夫です!」と申し出てくれた。


大変申し訳ないが彼ら第三騎士団の騎士たちには犠牲になってもらうことにした。彼らの覚悟は決して無駄にはしない。


「我と第三騎士団精鋭の戦闘訓練か。我はもちろん愛剣を使うが、其方らは我を傷つけることもできないからなぁ。其方の部下たちは例え腕を切り落とされても反撃できないのではないか?」


殿下の愛剣はもちろん真剣である。それに対して、第三騎士団の騎士たちが使用できるのは模造刀であり、また殿下を傷つけることは罪に問われる為、できない。


近衛騎士の高位貴族であれば、訓練時に殿下に多少の怪我を負わせたとしても罪に問われることはないと王国憲法で規定されている。とはいえそれも治癒魔術で治せる範囲のものに限定されている。


第三騎士団の騎士は、殿下と手合わせするならば、決して殿下に傷をつけず、武器を落とさせることが勝利条件となる。しかし、簡単に打ち負かしてしまっては殿下の機嫌を損ねることになるので、ある程度傷を負う覚悟で挑まねばならない。まさに生贄、サンドバッグなのである。


「殿下と剣を交えられるとあれば、何よりの誉であります。治癒魔術師も待機させますので存分にお力を振っていただければと思います。」


この国では国王は護身術程度の剣術を習得できれば良しとされている。王族であればご自身の魔力で身を守ることができるからだ。

日頃、魔物を想定し厳しい訓練をしている第三騎士団の正騎士であれば、殿下に腕を切り落とされるほどの傷を負うことはないだろう。

万が一そのようなことがあっても、すぐに治療すれば魔術師団の治癒魔術で元通りに繋ぎ合わせることができる。


「ふむ。しかしそれでは我が弱いものいじめをしているようで気分が良くないな。そうだ、第三騎士団内で勝ち抜き戦を行い優勝したものに、我と剣を交える栄誉を与えてやろう。そして、我の勇姿を民にも見せてやろうではないか!」


殿下は顎に手をやり、わざとらしく考えるようなふりをした後、名案だというように手を打った。


「民に、でございますか?」


「そうだ、秋の収穫祭に合わせて催しを行えば良い。」


簡単に言うが、秋の収穫祭まではあと二月もない。民に殿下のお姿をお見せするとなればそれなりの舞台を用意しなければならない。

その準備に駆り出される官僚達も、平民の職人達も寝るまま惜しんで準備に奔走することになるだろう。


「殿下、良いお考えですね。」

「民も殿下の勇ましいお姿を拝見できるとは喜びましょう。」


殿下の側近たちが擦り寄るように、殿下の意見に迎合する。先ほどまでは縮み上がって口を閉ざしていたのに、犠牲になるのが私と第三騎士団の騎士だと分かった途端現金なものだ。


「それと、余興として其方は捕えてきた魔獣と戦うのだ。」


殿下は徐に私に指を向けた。


「私がでございますか?」


「そうだ。我にさせようとしていたのだから其方もできるであろう?血の一滴でも流してはいかんぞ?其方が我にそのように申したのだからな?」


もちろんできるであろうな、と楽しげに笑っておられる。確かに、殿下の尊いお体に傷をつけるなど損失だと申し上げたが、それは自ら危険に飛び込んで頂きたくないという意味であって、怪我一つ負わず魔獣と戦っていただきたいと言うことではない。


「魔獣は我が指示をし、第一騎士団のものが捕えてくるので其方は当日を楽しみに待っていると良い。」


「で…殿下…?我々が魔獣を捕えるのですか?!」


「ルートランスに捕えさせては面白くないであろう?まさか、第三騎士団にできることが近衛騎士に出来ないと申すのか?そのような情けないものたちに王族の護衛など任せられぬなぁぁ」


殿下はニヤニヤと口元を釣り上げ、困惑する第一騎士団副団長と護衛騎士たちを見回している。


殿下がこちらに向き直ると護衛騎士たちが私を恨みがましく睨んでくるがこれはもともと、彼らの手に負えず押し付けられた案件である。逆恨みもいいところだ。


「さて、後は我の側近と第一騎士団で場を整える。其方と第三騎士団の者たちは当日に向けて訓練に励むと良い。さがれ。」


殿下は私に向かって、シッシッと言うように手の甲を振ってみせた。殿下の側近やガルデニア団長達の非難の眼差しを軽く受け流し、殿下に退室の挨拶を申し上げる。


「見に余る激励のお言葉、謹んで拝受いたします。これにて失礼させていただきます。」


✳︎✳︎✳︎✳︎


第一騎士団の本部から出ると襟を緩め、足早に第三騎士団へと向かう。思ったより緊張していたらしく、大きく息を吐いて吸うと新鮮な空気が肺を満たし肩が軽くなったように感じる。


「…はぁ…っ」


住処を荒らされ荒れた魔物の相手をする危険性は去ったが、また新たな厄介ごとが舞い込んできた。


「みんなに謝らないといけないな…」


市民の前での闘技大会を行うとなれば会場を整え、周囲に被害が及ばないよう場を整えなければいけない。


「勝ち抜いても最後は殿下に倒されないといけないとはな…」


家族や恋人がいる隊員の顔を思い浮かべる。

純粋に実力を競い合い負けるならば、誰に見られても恥ずかしいことではない。しかし、八百長で態と負けることは、騎士の矜持を汚すことだ。それを大切な人に見られるのは想像を絶する苦痛であろう。


私が殿下と戦えれば良かったが、魔物と戦うとなれば私はトーナメント戦には出られない。


殿下が指定した魔物を第一騎士団がとらえてくるだろうがどのような状態で連れてこられるかわからない。手荒に捕獲し、獰猛になった手負の獣を己の血を一滴も流さず、また一般市民が観覧に耐え得る状態で倒すのは至難の業だ。

出来なければ、何かと理由をつけて罰をお与えになるつもりだろう。付け入る隙もないほど完璧にやり遂げなくてはならない。


鳩尾の奥がグッと押し込まれたように痛んだ。


魔獣の巣の蹂躙という厄介ごとを回避したと思ったら、また新たな難問が飛び出してきた。今回のことで、私は殿下に新しい玩具おもちゃと認識されてしまったようだ。


「あ!ルト君だー!」


痛む臓腑を押さえつけながら第三騎士団の正門に辿り着くと、詩子がこちらに向かって大きく手を振っていた。


「詩子、今帰りですか?今日は突然予定が入ってしまって、立ち会えなくて申し訳ありませんでした。困ったことはありませんでしたか?」


「うん、大丈夫だよ。エラン君とディミディミに第三騎士団案内してもらって楽しかったし、2人からルト君の話も聞けて嬉しいかったよ!」


詩子の楽しそうな笑顔を見ていると先ほどまでの痛みはどこかへ行ってしまったようだ。しかし、どうしても気になってしまうことがあった。


「エラン君と…ディミディミ…?」


詩子の後ろに控える部下たちの顔を順に見ると気まずそうにさっと目を逸らされた。 


「うん。2人ともあだ名で良いっていうし、ディミディミは同い年だからねー。かわいいでしょ?」


かわいいかはわからないが、私以外のものもあだ名で呼ばれているのを聞くと少し複雑な気持ちだ。

だが、詩子がギャルとして誰とでもフレンドリーに接したいと思っていることは知っているので、着実にギャルへと近づいていることを一緒に喜んであげるべきだと己を律した。


「ふふ、詩子が楽しそうで何よりです。また、急ぎの仕事が入ってしまったので私は屋敷には帰れませんが、もう遅いので送って行きます。」


「ありがとう。私を送ってまた仕事に戻るの?大変じゃない?」


詩子が心配そうに私を覗き込む。花のような笑顔を曇らせてしまったことが心苦しい。


「今日、詩子に会えるのをとても楽しみにしていたんですよ。帰る時間だけでも一緒に居させてもらえませんか?」


少し首を傾けて懇願すると詩子は頬を赤らめて小さく呟いた。


「…私もルト君いなくてさみしかったよ。」


下を向いて、拗ねたように唇を少し尖らせた様子がとても可愛らしい。

エランとディミディッドには第三騎士団の執務室で待機してもらうよう指示を出す。戻ったらすぐに殿下からのご要望について相談しなければならない。


「では、私たちの寂しさを慰めるために手を繋いで帰りましょうか?」


少しおどけて、手を差し出すと笑ってその柔らかな手を重ねてくれた。2人には悪いが少し遠回りをして屋敷に戻ろうと思った。

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