22 副団長の憂鬱(ルートランス視点)
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「ーーーそれでよぉ、俺はその時言ってやったのよ、俺のおかげだなってさ!」
騎士団本部には団長、副団長それぞれに執務室がある。騎士とは言え、管理職になると日々の業務報告や魔物の出現報告への対応、申請書類の確認からクレーム対応や予算管理など多量の事務仕事を抱えることになるからだ。
通常の書類仕事でも訓練の合間に処理するのはそれなりに手間なのだな、イレギュラーな仕事が舞い込んでくると休む暇もない。
今は先日の魔物の大量発生の後始末が片付いておらず、のんびりと世間話に花を咲かせている余裕はないのだが、我が第三騎士団団長フェンノール・ガルデニア殿がなぜか、私の執務室の椅子に尊大に座している。
「おい!聞いてるのか、副団長殿?!」
頭の中で今日のタスクを優先度順に並べ、団長の話の終了時間を予測して帰宅時間を計算すると今日も屋敷には戻れそうにない。
「もちろんです、ガルデニア団長。団長殿の生家であるガルデニア侯爵家分家のパクレット子爵家の御嫡男が騎士学校の成績もめでたく、ご卒業を前に王国第一騎士団に入団が内定していらっしゃるというお話しですね。大変聡明で才気煥発、将来を嘱望される逸材で在らせられるとか。さすが、かの軍神と謳われた御祖父上を戴く、ガルデニア侯爵家の御家筋でいらっしゃいますね。」
たった今語られたガルデニア団長の自慢話は全く耳に届いてはいなかったが、同じ話を幾度となく拝聴しているので、内容を諳んじることすら造作もない。
ガルデニア団長は分家筋の子爵家嫡男が大変優秀であり、その子を小さい頃から面倒見ていた自分の功績だと、声高に主張して憚らない。
噂ではガルデニア侯爵家はその子爵家の嫡男を養子に迎え入れる予定だそうだ。ガルデニア団長はその噂をご存知ないか、または彼が養子になった場合、侯爵家三男でありながら花形部署の第一騎士団に入団できなかった御自分のお立場がどうなるのか考えが及んでいないのか、呑気に自慢話を繰り広げている。
「そうそう!あいつ小さい頃は弱っちくって、俺に剣で吹っ飛ばされた大泣きしてたのによぉ。あいつがあそこまでになったのは俺のおかげなんだよ!」
ガルデニア団長は確か、その子爵家の御嫡男より15は歳上のはずだ、親子ほど歳の離れた幼子を剣で吹き飛ばしたとは、はたして自慢話になるのだろうか。
「誠に喜ばしく、パクレット子爵家ならびにガルデニア侯爵家の末永い繁栄は盤石なものと存じます。
して、ガルデニア団長、本日はどのような御用向きで私の執務室までご足労いただいているのでしょうか?」
大体にして、ガルデニア団長が私の執務室を訪れる時は面倒ごとを押し付けるときだ。断ると余計に話が拗れるし、ご機嫌を損ねると面倒だ、早々に話を切り上げて多少の無理をして面倒ごとを片付ける方が幾分かは楽だ。
「あー、あー。やだねぇ。早く俺を追い出そうとしてさぁ。これだから下賎な生まれのやつは!俺みたいな高貴な生まれを妬んで、嫉んで邪険にしやがって…気にいらねぇっ!!」
いつもなら、この辺りで引き上げてくれるのだが、本日は虫の居所が悪かったらしい。大方、団長の兄上でもある第一騎士団団長あたりに嫌味でも言われたのだろう。第一騎士団は近衛騎士を務め、騎士団の中では花形とされている。一方、第三騎士団は王都内とその周辺の治安維持が主な仕事だ。三つある騎士団の中でもっとも職務範囲が広い為、便利屋と嘲られる事も少なくない。
「ガルデニア団長、なにをおっしゃいます。あなたはこの誇り高きフロレゾン王国第三騎士団の団長ではありませんか。敬愛こそすれ、蔑むなど到底ありえないことです。ただ、団長は何かとご多用のことと愚考いたしまして、かような場に長くお引き止めするのは心苦しと思ったのです。」
「けっ!慇懃無礼で中身が見えねぇ!そういうところが気にいらねぇんだよ!そうだよ、俺は忙しいから、これ処理しておけっ!」
ガルデニア団長が苛立ち紛れに手にしていた書類を投げよこす。床に落ちたそれを膝をついて拾うと、フンッと鼻で嘲るような音と侮蔑を込めた視線を向けられた。
私が書類を拾い上げ、立ち上がると、団長は見せつけるようにドカッと両足を執務室の上に投げ出した。
私の頭の中で詩子が「机の上に靴のまま?!ばっちぃ!」っとわずかに肩を跳ね上げ眉を顰めている様子が浮かび、つい口元を緩ませてしまう。
「おい!なんで笑ってんだよ。薄気味悪いなぁ。とにかく、これは王太子殿下からの御用命だ。先日の魔物の巣の襲撃が大変お気に召したそうで、またお試しになりたいとの仰せだ。適当な巣穴見繕って、計画案を作成してくれ。」
前回、王太子殿下がお忍びでの狩猟を望まれ、団長が部下数名と近衛騎士を伴い、西の森に随行した。その際、魔物の巣穴を発見して、日頃の鬱積をぶつけるかの様に殿下自ら乱暴に魔法を放ち、剣を持って蹂躙なされたという。
本来であれば、手を出さぬ限り害をなすことのない巣であったが、無闇に蹂躙されたことで残された個体や幼獣らが混乱し、森の内外で多数の被害が報告された。これによりルートランス率いる第三騎士団王都警備隊は数週間にわたり鎮静と討伐に奔走する事となった。
さらに安定していた魔物との共存状態が崩れ、王都近くにまで上位の魔物が近付くような事件もあり、先日ようやく事態が落ち着いたばかりであった。
「恐れながらガルデニア団長、こちらに害意を向けていない魔物の巣穴への攻撃は承服しかねます。今は魔物の状態はおちついていますので、無用な攻撃で活性化させるのお控えいただきたいと存じます。」
大抵のことは、なんとか無理をしてでも叶える王太子殿下からの御用命だが、これは承服しかねる。
下手をしたら王都にも被害が及びかねない。王太子殿下の仰せとは言え、第三騎士団が計画案を作成したとなれば責任を負うのはこちらだ。それに、人的被害が出たとなれば、責任を負うなどという話ではない。失われれば戻らぬものもあるのだ。
「なんだよ!王太子殿下からの御用命だぞ?!俺につき返せっていうのか?!卑しい血の入ったお前にはわからないかもしれないが、侯爵家の子息たる俺は王太子殿下からの信任も厚く、期待を損なうことは断じて許されないんだぞっ!」
見下している私に、異議を唱えられ激昂した団長はら、ドンっと書類の乗った机を拳で打ち、声を荒げた。衝撃で数枚の書類が床に落ちたが、確かあれは団長に頼まれていた書類ではなかったかな、と場違いなことを考えていた。
「ガルデニア団長!お言葉ですがグライユル副団長は格式高きグライユル侯爵家のご子息であり、家格は団長と同格ではありませんか!副団長は宰相閣下からの覚えもめでたく、騎士学校でも創立以来の俊英と謳われたお方、卑しい、下賎などとは事実無根、取り消していただきたい!」
ずっと後ろで控えていてくれた、私の補佐官であり、王都警備隊副隊長のエラン・ニジェルが思わずという様子で口を挟んだ。
私を擁護してくれるのは大変嬉しいのだが、これは良くない。団長は口答えさせるのをひどく嫌う。エランに責めが及ぶのは避けたい。
「あ?!お前知らないのか?副団長殿の母親は誰かわからないんだぞ?母親が男爵家であったとしても、貴族であればどこぞの高位貴族の養子にして侯爵家に迎え入れることはできる。それもできないほどの身分だぞ?平民かそれ以下…商売女って可能性だってある。それが下賤でないっていうのか?」
「なっ!グライユル侯爵家に対し、ひどい侮辱ではありませんか!厳正中立と名高いグライユル侯爵が春をひさぐ女性を…だなんて!」
エランが顔を真っ赤にして反論する。
「こいつの瞳みてみろよ。宝石の煌めきを掠め取った様な、人を惑わす瞳だ。英明な宰相閣下すらたらし込んだ白皙の美貌、こんな顔の貴族が他にいたらすぐにわかるだろう。でも、誰にも似ていない。こいつが小さい頃は人を惑わす魔物に生ませた子じゃないか、なんて噂もあったな。」
「ッッ…なんてことをっ!」
カッとなったエランが、今にも殴り掛からんとするのを彼の体の前に腕を出すことで制し、ガルデニア団長に向き直る。
「ガルデニア団長、ニジェル副隊長を揶揄うのはやめていただけませんか?彼は優秀な部下ですから、若さゆえの過ちで私の補佐を外されてしまっては、団長から引き継がれた仕事も滞ってしまうかもしれません。」
意図的に柔和な微笑みをつくって、嫌味など意に介さぬような表情を浮かべる。
団長は今ほとんどの事務仕事をこちらに押し付けている。私の手に余れば流石に断らざるを得ない。団長もそれは理解しているだろう。
「わーったよっ!話が逸れたが、王太子殿下からの御用命はどうするつもりなんだっ!」
ご自分が王太子と第一騎士団からの無理難題を拒否する事もできず、こちらに押し付けてきておいて、まるでこちらに責任がある様な言い方だ。
「まずは、危険の少ない魔物狩りの場をご提案申し上げます。また、それ以外に殿下のご興味を惹くような催しの企画も併せてご用意させていただきます。
数日中に提案書を提出いたしますので、少々お時間を賜れますか。」
王太子殿下の御用命だ。さすがに「致しかねます」とだけお返事申し上げることはできない。何かしらの代替案が必要であろう。
「俺が提出するんだから、下手な案じゃ許されねぇからなっ!」
「心得ております。」
恭しく騎士の礼を捧げると、ガルデニア団長は満足げに鼻を鳴らし、悠然とその場を後にした。
フェンノール・ガルデニアは第三騎士団団長
ルートランスは第三騎士団副団長兼王都警備隊隊長
エラン・ニジェルは第三騎士団所属・王都警備隊副隊長及び副団長補佐




