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21 夫婦の会話(ジュスタン視点)

「貴婦人にふさわしくない行いでしたわぁ。」


美しい私の妻が執務室のソファの背にもたれかかるように腰掛けている。彼女のしなやかな体の線に合わせて広がる長い髪が、清らかな川のようにキラキラと輝き、まるで陽を浴びた水面の様だ。

この部屋には彼女と私しかいないせいか、淑女の鏡の様な妻には珍しく無防備な姿を見せている。


我が侯爵家で保護している異世界人イーリスの一之瀬詩子嬢と茶会の際、ルートランスについての話をした事を後悔して、気を落としているようだ。


「そうだな、本来であれば異世界人イーリスは保護家で賓客としてもてなされるべきものだ。力添えを願い出るのは少し不調法であったかも知れない。」


私の言葉に少し顔をあげた妻が悲しげに眉尻を下げた。私は執務机から立ち上がり、彼女の座るソファに腰掛けた。


「しかし、そのような発言をさせてしまったのはルートランスと、何より私の不徳の致すところだ。もしも貴女が責めを負うようなことがあれば、それは全て私に。」


ルートランスは私の弟だが、フェネージュが嫁いでくるまで気にもかけたことはなかった。私自身も多忙を極めていた為、家の中にまで気を配る余裕もなかった。

フェネージュと婚約が決まった折、「ジュスタン様には弟君がいらっしゃるでしょう?わたくし、ご挨拶差し上げたいわ。」と言われてひどく狼狽したのを覚えている。

ご挨拶というが、小さい弟がどこでどの様に暮らしているのか私自身分からなかったからだ。


家令に申しつけて調べさせたところ、弟は最低限の世話をする使用人たちと家庭教師以外に接するものはなく、冷たい屋敷の中、無関心に捨て置かれていた。


私は足元から冷たいものが上がってくるのを感じた。自分は厳しいながらにも愛情を持って教育を施してくれた父といつも優しく手を取り歌を歌ってくれた姉との思い出があった。

だから、姉が儚くなり、大病をして父が部屋にこもってしまっても、侯爵家貴族の矜持を持って家の繁栄のため務めることもできた。

しかし、弟には肉親の愛情はもとより、自分の出自すらわからず、ただただ生かされるのみ。どの様に自我を育めば良いというのか。その境遇においたのは他でもない私自身なのだという事実が目の当たりにして身が震えた。

そんな私に気づいているのか、それとも気づかぬふりをしているのか彼女は弟に優しく話しかけた。


初めてフェネージュに会った弟が「僕のお母様ですか?」と天使の様な微笑みを讃えて尋ねた時は心の奥がずきりと痛んだ。

フェネージュは母ではなく家族になるのだ、と言ってくれた。私もこれからはフェネージュとこの弟、ルートランスを家族として、大切に育もうと決めた。

フェネージュはその言葉通り、ルートランスと姉弟のように過ごしてくれた。


ルートランスは徐々に子供らしい無邪気さを取り戻し、私のことも兄上と呼び慕ってくれるまでになった。

フェネージュとルートランスと四季折々に移ろう空や景色を愛でる生活は私の罪悪感を和らげてくれた。


フェネージュに子が宿ると、ルートランスの表情に翳りがみえ、騎士学校は入学すると言い出した。

はじめは家で私の補佐を学べば良いと引き止めたが、後継は兄上の子であるべきだ、と。自分は騎士として身を立てたい、そう言う弟を引き止める術が見つからず、漠然とした不安を抱えたまま、ルートランスを送り出した。

また、あの子を一人にしてしまうのではないかと常に焦燥に駆られていた。


たまに会うルートランスはあの頃の無邪気さはなりをひそめ、少し距離を感じる様になった。しかし、年頃の男とはそういうものであるし、成長したと言うことかもしれないと自分に言い聞かせていた。


それが、異世界人イーリスの少女、詩子嬢と出会ってからのルートランスは、私と妻とルートランスだけで過ごしていたあの暖かな日々の様な、無邪気に幸せを享受する子供の様に見えるのだ。


フェネージュがつい口を出してしまう気持ちも痛いほどわかるのだ。だから、罪があるというなら私の方だ。


「あら、ひどい旦那様ね。わたくしを、自分の過ちを愛する人に押し付ける様な無責任な女にするおつもりなの?」


フェネージュが態とらしく拗ねた様な、膨れた顔を作る。一瞬驚いて、言葉を失ってしまったがその可愛らしい顔を見て思わず笑みが溢れた。


「そうであったな。私の愛しい人はそういう清廉な女性であった。では、許されるなら君の罪を共に償いたい。罰があるのなら一緒にこの身に受けたいのだ。」


彼女の美しい髪を一筋掬い、毛先まで滑らすとそっと唇を落とした。


「そうね、わたくしも貴方の罪も罰もすべて一緒に背負いたいわ。」


私の心もルートランスも私を取り巻くすべてをフェネージュが救ってくれたのだ。

彼女がいなければ、今も私はただこの侯爵家の存続のために歯車を動かすのみ無機質な人形となっていただろう。

私の心も体も愛情の全てもフェネージュのものだ。願わくば、この命すら彼女のために捧げたい。


「愛しているわ、ジュスタン様」

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