2 一之瀬詩子のこと
プロローグの一年前のお話から始まります
一之瀬詩子はギャルである。
厳密にはギャルを目指して奮闘中の、凡庸な高校生だ。
中学の時、某動画共有サイトでみた平成ギャルに憧れて、染髪、ネイル、派手目なメイクをしたかったが両親に泣いてとめられた。
しかし、私はあきらめなかった。
県内でも有名な進学校に進学できたらギャルになってもいいとの約束を取り付け、必死に勉強してなんとか合格をもぎとったのだ。
その高校は勉強さえ真面目にやっていれば、多少のオシャレには寛容だった。
現在の私は金髪に近い茶髪、長い付け爪、つけまつ毛2枚重ねにフリマサイトで買ったルーズソックスという出立ちだが、特に学校関係者から何か言われたことはない。
「高校生活さいっこーーーー!!」
私は浮かれていた。浮かれ狂っていた。
そのため気づかなかったのかもしれない。人生最大の苦難が彼女を待ち受けていることに。
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高校二年生に上がり、4月生まれの私は17歳になっていた。
新しいクラスでも特に詩子の格好について否定的なことをいう生徒はいなかった。
学校からのいつもの帰り道、夕焼けの残る空にうっすらと月が見える。
ついこの間まで、手袋とマフラーが手放せなかったのに随分暖かくなったものだ。
とは言え、この時間はまだまだ肌寒い。
この道は車通りもそこそこあるのに暗い。街灯を増やすべきだと思うが、田んぼの育成に影響があるとかで、一部の地元住民から反対の声が上がっているらしい。
「お米は大切だけど、若者の安全も大切じゃないかなぁ」
ぶるっと肌が粟立つ。
ふと、後ろの方から足音が聞こえた。少し早足だ。
硬い靴音。男性の革靴だろうか。
薄暗い道に男性が後ろから歩いてくるのが怖いのは婦女子として当然の感情だろう。
申し訳ないが少し早歩きになる。
「ギャルには痴漢よりつかないって聞いてたんだけどなぁ」
中学時代は極々真面目な格好だったため、それなりに嫌な思いもしたことがあった。
ギャル万能説を唱える詩子としては、こんなに理想的な格好をしている自分に害をなしてくる相手がいるなんて許せないし、信じられない。
硬い足音の感覚が狭くなってくる。音が近づいてくる。
杞憂かもしれないが何かあってからでは遅い。足に力を込めて走り出す。
足音が大きく近づいてきて確信する。追いかけられている。心臓がうるさい。
はぁはぁと相手の息遣いが聞こえる。息が苦しい。トンネルが近づいてくる。
「いっっ…!」
相手が手を伸ばすした気配がした後、後頭部にチリッとした痛みが走る。ブチッと鈍い音が聞こえ、夢にまで見たキラキラの髪が抜けたことを覚り涙がでた。
「…っ!私は強くてかっこいいギャルになるんだ!!不審者退散!!!」
自分の中では大きな声で叫んで、そのまま全速力でダッシュする。
…実際は小声で呟いただけで相手には聞こえていないかもしれない。
相手が息を呑んだ気がした。意図せず危害を加えたことで怯んだのか、足が止まったようだ。
薄暗いトンネルに飛び込み、そのまま全速力で走る。ここで暗い道に入るのは悪手かもしれないがこの道を抜ければすぐに家に着くのだ。まだ着いてくるようなら、ご近所さんの家に飛び込めばいい。
「…え?」
真新しい街灯と住宅街に繋がるはずのトンネルをぬけると、そこは木々の生い茂った森のような場所であった。
「慌ててたから違う道に来ちゃったのかな?」
しかし、こんなにも背の高い気が鬱蒼と茂る森が近所にあっただろうか?
ぼうっと周囲を眺めていると、ガシャガシャと金属がぶつかるような音と、数人の足音が聞こえて来た。
さっき追いかけて来た人とは別の人だろうか。助けを求めるべきか逃げるべきか判断がつかない。
「あ、スマホ…」
どうして忘れてたのか、電話をして助けを呼べばいいのだ。カバンをガサガサと漁ってスマホを取り出す。画面がぽわっと光っていつもの待ち受け画面が表示されてほっと息を吐く。
その時後ろからガサッとと言う音と、私の肩まである髪が舞い上がる程度の風を感じた。
「浄化魔法ー!」
声が聞こえた直後、少しの衝撃とじんわりとした熱が広がるのを感じ
そこで意識を失った。
本人はギャルになりたいけど、保守的な家に生まれた詩子は真面目なタイプです
本日5話更新予定です。次のお話は本日お昼頃に更新します。




