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19 犬じゃなかったかも

お読みいただきありがとうございます

「犬だと思ってたんだけどなぁ…」


フェネージュ様とのお茶会から数日たち、私は自室の机の上にべちょーんと両腕を投げ出した、なんともだらしない格好で机に突っ伏していた。

淑女らしからぬ姿勢にクラリベールさんがわずかに眉を顰めている。


「詩子様?犬ってなんのことですか?」


リタが不思議そうに首を傾げる。

私はルートランスが私を拾ってここで保護しているのも、甲斐甲斐しく世話をしてくれるのもずっと、拾ってきた犬を可愛がっているのと同じだと思っていた。

でもフェネージュ様の話を聞いていたら、もしかしたらルートランスが求めたのはもっと別のもので。


異世界人イーリスが保護された家の者と同等の地位として扱われると言うのならそれはもう、家族だと思ったのかもしれない。

 

「犬じゃなかったのかもなーってね…」


答えにならない呟きをこぼしても、リタは気にした様子もなく、顎に人差し指を当てて目線を少し上にずらす。


「うーん、詩子様の性格とここ最近の出来事から察するに、『ルートランス様が詩子様を連れてきたのは犬を拾ったようなものだと思っていたけれど、実は違うかもと思い困惑してしまった』ってところですかね?」



「ねぇ!なんでわかるの?!今のでなんでわかるのー!!エスパーなの??!」


言い当てられた恥ずかしさと驚きで、ガバッと上半身を起こし真っ赤になって叫ぶ。


「わかりやすすぎですよぉ、と言いたいところですけれど、リタも同じでしたから。伯爵様に拾われた時、犬猫を拾ったようなものなんだろうって思ってたんです。でも、伯爵様は違って言ってました。リタだから、って。理由はわからないけど、リタだから一緒にいたいって思ったんだって言ってましたよ。」


ルートランス様もそうなんじゃないですか?と言ってリタは嬉しそうに笑う。


「リタはかわいいからわかるけど、私そんなんじゃないし…」


また伸ばした腕に顔を伏せる。


「あら!詩子様、自分と他人を比べて落ち込むなんてギャルのすることではありませんよ。」 


「そこは、やっぱし私かわいいからだね!って言っておけばいいんじゃないですか?ギャルとしては。」


クラリベールさんとリタに的確なツッコミをされて両手を机にバンっとついて、立ち上がって叫ぶ。


「ねぇ!だから!!クラリベールさんもリタもなんでそんなにギャルに造詣が深いのっ!!」


2人はそれぞれ違った笑みを見せているけど、そもそもちょっとギャルに対する期待大きすぎないだろうか?


「ギャルはそんな女神みたいなのじゃなくてさ、相手の背景は知らず、不意に発した言葉で誰かを救っちゃうだけなのよ。」


ぶっちゃけ、フェネージュ様の話はちょっと私にまだ受け止めきれない。


「想いが…重いよぉぉぉ…」


「そういうの聞いても、気にせず『まぁ、ルト君はルト君だし』っていつもと変わらない態度で接するのがギャルじゃないんですか?」


それはそう。そうなのよ。こんなにぐるぐるぐちぐち悩んでるのは全然ギャルらしくない。


「もう、リタがギャルでいいよ…」


完全にギャルを理解したリタにはもう口では敵わない気がする。私を丸め込むお仕事も完璧な侍女さんだ。


「うふふ。詩子様も早く私みたいな立派なギャルになってくださいねー。」


リタが得意げな顔でふふんっと笑う。


「むきーーーっ!」


自分で言っておいて、他人に言われると悔しい。笑うリタと拗ねる私を見て、クラリベールさんが呆れた顔でため息をつく。


「何をしていらっしゃるのですか。早くお支度をなさってください。大切な就職面接に遅れてしまいますよ。」


「そうだった!リタ、急ごう!!」


そうです、本日は私の就職面接。リタの知り合いのパン屋さんを紹介してもらうのだ。


✳︎✳︎✳︎✳︎


「そのパン屋の店主さんはリタの幼馴染なんだよね?」


リタに案内してもらい、先日ルートランスと歩いた商業区の中心街を進む。


「幼馴染というか、一緒に道端の泥水啜ってた仲ですね。」


伯爵様に保護される前、リタと同じように孤児として道端で生活していた仲間だという。


「えっ!そんな、同じ釜の飯食べた仲みたいな言い方…」


思わずぎょっとしてしまったが、これはただの比喩かもしれないと思い直し、気持ちを落ち着ける。

リタはそんな私の反応を気にする様子もなく、ある店の前で足を止めた。


「詩子様、到着いたしました。こちらが本日ご紹介したい、パン屋です。」


こちらを振り向き、手を肩の横に持ち上げ、一軒の店舗を示す。

一軒の店舗というか、3つのお店が横につながっているような建物だ。パンのイラストが描かれた看板の横には店の名前と思われる文字が書かれている。


「ジャムとブレッド…?ジャムパン屋さんなの?」


「詩子様、ジャンとフレッドですよ。店主の名前です。ジャンとフレッドの2人でやってるお店なんですよ。」


恥ずかしい間違いに少し顔が赤らむのがわかる。異世界転移効果か、文字はなんとなくはわかるのだが、なんとなくなのだ。

こちらに転移してきてから、文字や歴史の勉強を始めたのだが、勉強を進めていくとそのぼんやりわかるが、だんだんわかる度合いが増えてきた気がする。

ちなみに話していることはしっかりわかる。謎だ。


「リターーーー!!!まってたぞ!!」


突然、店の扉がばーんっと開いて上腕二頭筋の発達した大柄な男性が飛び出してきた。


「ひぇっ!」


大きな男の人がズンズン迫ってくる迫力に慄いて、リタの後ろにひゅんと隠れた。


「ジャン!詩子様が怖がっています!ただでさえデカくて怖いんだから、身を低くなさい!」


リタが足を肩幅にひろげ、腰に手を当て、小さな体で精一杯威嚇しているのが大変かわいい。


「リタ〜。ごめんね〜。ジャンはずーっとリタが来るのを楽しみにしてたからさぁ。許してあげて〜。」


ジャンと呼ばれた体の大きな男性の後ろから、ひょろりと背が高く、目が糸のように細い男性が現れた。


「フレッド、こうなるのはわかっているんですから、のんびり後ろから来ないで、ちゃんと一緒に来てくださいよ!」


「初めから後ろにいたよ〜。」


このひょろりとした男性がフレッドなのだろう。2人とも赤茶の髪で、頬に少しそばかすがある。


「詩子様、失礼いたしました。この者たちがこの店の店主ジャンとフレッド、双子の兄弟です。でかすぎて怖いようでしたら、このまま帰っても大丈夫ですが…。」


リタの気遣う様子に、ハッとしてリタの横にきちんと立ってジャンとフレッドに向き直る。


「大丈夫だよ、リタ。リタの紹介してくれる人なら間違い無いし、私ちゃんと働きたいもん。ジャンさん、フレッドさん失礼な態度をとってしまってすみませんでした。一之瀬詩子です。パン屋さんのお話ぜひ聞かせてください。」


ぺこりと頭を下げて、もう一度ジャンを見て、ギョッとしてしまった。


「えっ」


ジャンが顔の中心にググっと力を入れて涙を流していた。


「採用!採用だーー!!なんっていい子なんだ!俺たちみたいなのにこんなに丁寧に…よろしくお願いしますっっ!!!」


丸太のように太い腕をずいっと目の前にだされて、戸惑ってしまった。握手かな…と思って手を出しかけると横からリタの手が出てきた。


スパーーーンッッ!!


「先走りすぎ!!詩子様がお話聞かせてくださいって言ってるでしょーー!!」


リタの桜貝のような手が、分厚いジャンの手のひらを容赦なく打ち据えた。

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