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16 屋台の思い出

お読みいただきありがとうございます

アデルヴィアスのぬいぐるみはマリエッタにお願いして斜めがけポーチの端に縫い付けてもらった。


「これなら無くさないね!」


詩子が満足気にルートランスを振りかえると、彼はクスクス笑っていた。


「なんでわらってるの!」


「すみません。詩子がとても可愛らしいと思ったんですよ。」


可愛らしいの意味が分からなくて恥ずかしくなる。ぬいぐるみで喜んでるのが子供っぽいってこと?!

私が拗ねていることに気がついたルト君が慌てて説明する。


「お守りをなくさないように考えてくれたのが愛らしいと思ったんです。もし、私も詩子がプレゼントされたらなくさないようにどこかに縫い付けなくてはいけませんね。」


毎日持ち歩きたいから騎士服の内側か剣の鞘か、薬を入れているサイドポーチかとあれこれ悩んでいるが、絶対に似合わないからやめてほしい。

見た目天使のような騎士様がこんなブチャかわなぬいぐるみをつけていてはルト君に懸想する乙女の夢をぶち壊してしまうし、もしかしたら部下の信頼も損なってしまうかもしれない。


「やめよ?見えないところにつけようね?これはほらギャルだからつけてるだけだし!」


苦しい言い訳でなんとか、ぬいぐるみを見えるところにつけるのは諦めてもらった。ルト君の名誉は私が守る!


「この子の名前はいぬ吉だよ。いぬ吉これからよろしくね!」

「…いぬ吉…?」

ルト君は不思議そうにいぬ吉と私を見比べているけど、このぶさかわぬいぐるみにアデルヴィアスなんて過ぎた名前はいらないのだ!いぬ吉がピッタリだよ。

「…うん。いぬ吉、では私のいない時は詩子のことを守ってくださいね。」


ルト君はそう言って、いぬ吉をそっと撫でた。



そろそろお昼時に差し掛かるので、屋台で何か食べようと噴水広場にやってきた。


「お祭りの屋台みたいで楽しい!ルト君は侯爵家の人なのにこういうところ来ることあるの?」


「小さい頃はあまり外に出ることもありませんでしたし、欲しいものは出入りの商人が屋敷に持ってきていたので買い物をしたこともまして、店で買ったものをそのまま外で食べることなど許されませんでした。ここに初めて訪れたのは騎士学校に入学した後でしたね。」


この国の騎士学校は10歳から入学し、15歳で卒業。16歳で従騎士となり各騎士団に振り分けられる。


騎士学校には貴族の子弟のほか、厳しい試験を通過した平民の子も入学できる。


貴族が推薦で入れるのに対し、平民には試験が課されるのは身分差別とも思えるが、貴族の子弟は、幼い頃から家庭で一定の読み書きや礼儀作法を学んでいるのが当然とされている。それに比べて、多くの平民の子は読み書きができる子の方が珍しい。

だから、王国としては貴族の子弟と同じ教室で机を並べるにふさわしい基礎を備えているかを確かめる必要があるのだ。


基本的に騎士学校内では身分差はないものとし、成績に合わせて同じ教室で同じく学ぶ。そこで仲良くなった平民や下位貴族の子らに連れられて、屋台で串焼きのお肉を食べ歩きしたのがすごく楽しかったのだと話してくれた。


「騎士学校は全寮制なので、門限があったのですがあまりに楽し過ぎて時間に遅れてしまい寮母さんにひどく叱られたんですよ。」


寮母さんは豪快な人で、怒り方もまた嵐のようだった。寮の前に友達と並ばされてお説教と拳骨をひとつもらう羽目になったそうだ。

侯爵家で大切に大切に育てられたルト君にとっては、初めての体験で大きな衝撃だったのだろう。


当時を思い出してから苦い顔をする彼はどことなく懐かしそうで、いつもより少し子供っぽく見えて嬉しくなった。


「ルト君にもそんな時代があったんだね」


口に手を当ててクスクス笑っていると、ルト君が拗ねたように口元を歪める。


「私だって10歳の頃は、遊びに興じ過ぎて時間を忘れてしまうような浅はかな子供だったんですよ。」


「んふ…あはは…浅はかな…っ…子供…くくく」


「詩子、笑いすぎですよ。」


「ごめん…あは…ごめんね…ふふ。浅はかなルト君みたかったなぁ…あはは!」


ツボに入ってしまって、笑いが止まらない。でも今ではこんなに落ち着いてて穏やかなルト君がお友達との初めての買い食いが楽し過ぎて、門限を忘れて寮母さんに叱られてたなんて可愛すぎる。きっと昔のルト君は天使みたいにかわいかっただろうし、高位貴族の子息なのに、他の子供とおんなじように叱ってくれた寮母さんはとても公平で温かい人だったのだろう。


「じゃあさ、ルト君が昔食べた串焼きのお肉食べてみたいな!まだ売ってる?」


「昔から屋台では定番の料理ですから、同じ店ではないですが買えると思います。ですが、女性には少し食べづらくはないですか?」


串にそのままかぶりつくのは、貴族の女性にはなかなかハードルが高いのだろう。しかし、この国平民の女性は気にせず食べているようだし、私ももちろん抵抗はない。


「私のいた国でも屋台でお肉売ってて、かぶりつくこともあるから大丈夫!」


「では、探してみましょう。」


串焼きのお店は香辛料と香ばしい肉の匂いでたくさんの人を惹きつけていた。炭火の上で某大衆イタリアンチェーン店で食べた、アロスティチーニに似た串刺しのお肉がじゅうじゅうと音を立てている。


ルト君が銅のコインを数枚出して、2本買ってくれた。噴水近くのベンチに腰掛けて、熱々の串焼きを頬張る。

香草の独特な香りが鼻に抜け、炭火の香ばしさとジューシーな肉汁が口いっぱいに広がり、思わず歓喜の声が漏れた。

「んーっ!」


「美味しいですか?」

「うん!すごく美味しいよ!これはちっちゃいルト君も時間を忘れちゃうね!」

これ以上揶揄うと可哀想だけど、これを食べておいしさにびっくりしてる小さいルト君を想像すると。ニヤニヤが止まらない。


ルト君はまた困った子を見るような顔をしているけど、その笑顔がすごく優しくて心が落ち着かなくなる。


不自然にならないようにそっと広場に目を向けると、屋台のお菓子に齧り付く嬉しそうな子どもたちと、お店で元気に声を張り上げる店主の姿が見える。

少し強い風が吹いて、若葉の爽やかな香りを運んできた。

風に押された噴水の水しぶきが、少し顔にかかって熱くなった頬に涼しい。


バッグについたいぬ吉を無意識にそっと撫でた。

明日も15時に更新します

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