15 商業区にて
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王都の平民が暮らすエリアには、大きく分けて二つの区画がある。
ひとつは職人区だ。
鍛冶屋や靴職人、織物や木工の工房が軒を連ね、金槌の音や糸を紡ぐ音が通りの奥から途切れなく響いてくる。魔導具工房もこちらで、時々魔法に失敗して小さな爆発が起こることもあるらしい。被害が大きいとルートランスたち王都の騎士が駆けつけることもあるそうだ。
もう一つは商業区。
食品を扱う店が立ち並ぶ通りでは、焼き立てのパンの香ばしい匂いや、香草の刺激的な香りが鼻先をくすぐる。
野菜や果物を扱う店では小さな子供たちが買い物客のカゴに品物を入れる手伝いをしている。
日用品や服、雑貨を扱う店には主に女性客で賑わっている。どこの世界でも家庭のことを担うのは女性の役割なのだろうか。
二つの街をつなぐように、中央には小さな広場がある。
広場には簡単な屋台が並び、買い物帰りの人々が下ろして、熱いスープや串に刺さった謎の食べ物を頬張っている。
隅のほうでは、布切れ一枚を敷いた子どもたちが、小さな手で拾ったガラクタを磨き、綺麗に並べて売っていた。
汚れた靴を磨いて小銅貨を稼ぐ子もいる。
「賑わってるねー!」
「ここにはほとんどの店が揃っていますからね。高位家族は基本商人や職人が屋敷に訪れるのでこちらで買い物はしませんが、下位家族や平民の間で流行った物を貴族向けに仕立て直して売り込む御用商人たちも出入りしているのでいつでも活気がありますね。」
今日の目的はこの国のことをより深く学ぶことだ。やはり街の様子をみると生活の様子がよくわかる。
布や針を扱う手芸店ではカラフルな刺繍糸や飾りボタンが並び、靴や鞄を扱う洋品小物店では普段使いではない可愛らしいデザインのものを少女たちが目を輝かせながら手に取っている。
店舗を構える野菜や果物店のほか、珍しい食材を扱う臨時の屋台がたち、異国の商人の出入りも活発な様子がわかる。
花屋の軒先を飾るカラフルな花々が通りを鮮やかに彩り、酒屋の前の小さなテーブルでは職人たちがカップを片手に笑い合っている。
日用必需品以外にもお金をかける余裕があるほど豊かで、他国の商人が気軽に店を開けるほど近隣の国と友好な関係を築いていることがわかる。
「ルト君たちがこの平和をまもってるんだよね」
街を歩く途中、ルト君敬礼をする若い騎士たちを見かけた。街中を警邏する騎士たちを統率するのも彼の仕事なのだろう。
「ふふ…私も騎士としてこの国の平和を守ることに誇りを感じています。皆が幸せそうにしていることが何より嬉しいです。」
つい先日まで魔物騒ぎでヘロヘロになりながら走り回っていたルト君が自分が守ったであろう平和な光景を眩しそうに見ている。街中の人たちに「貴方達の平和を守ってくれたのは彼ですよー!!」と言って回りたい気持ちだ。
こうして歩いていると、小さな子供が至る所で働いているのが目につく。果物屋や花屋の店先で、食べ物の屋台で。今も大きな荷物を運ぶ職人見習いらしき子供とすれ違った。
小さな赤ん坊を背負ったまま、商売をする人もよく見る。
ここには学校もないし、小学校低学年くらいのうちから働くのは当然のことで、農村部ではもっと小さい子供が手伝いをしていることもあるだろう。
「みんな働いててえらいねぇ…」
私だけ働いてない。
何の役にも立ってないと思ってしまう。
異世界人として、知識や技術を伝えることもできないし、単純労働力としてもこの世界の子供レベルのことしかできない気がする。
高校に入っただけで満足して、将来のことなんて真剣に考えていなかった。
「詩子はこの世界に来たばかりですし、働いてなくて当然ですよ。私が詩子の世界に行ったとしてもなにもできないでしょう?」
ルト君が少しだけ背をかがめて、詩子と目を合わせる。
もし、彼が現代日本突然飛ばされても騎士の仕事はできないだろう。剣を振れば銃刀法違反で捕まるし、魔法も使えない。同じ様な仕事をしようとしても、身分が証明できなければ警察にも自衛隊にも入れないだろう。
しかし、芸能事務所のスカウトやお姉様たちが放っておかないだろ。
「ルト君が困ってたらみんな助けてくれる気がする」
「詩子の世界の人はみんな優しいのですね」
「ははっ…」
優しいとはちょっと違うんだけどと思いつつ、曖昧に誤魔化しておいた。
小さな屋台が並ぶエリアに一際目立つ小物屋さんがあった。
「いらっしゃい、いらっしゃーい!女神の花が作る小物屋さんだよー!!ご利益あるよー!」
屋台から身を乗り出し、片手を大きく振り上げ、声を張り上げる女性が見えた。
屋台には所狭しとカバンや髪飾り、ぬいぐるみなどの布製品が並んでいる。
屋台からはみ出しそうなほど柱や暖簾部分にも隙間なく並べられたその陳列は、現代日本のファンシー雑貨屋に似ている気がした。
「そこの初々しいカップルさん!デートの記念に私の作品はいかが?商品が売れれば私幸せ、私が幸せになればお客さんも幸せになれるよ!何たってこの私は神殿に認められた女神の花なんだからっ!」
屋台の女性と目が合うと怒涛の勢いで売り込みされてしまった。女神の花という女性も気になるし、この親近感を覚える陳列にも興味がある。ギャルはバッグにキーホルダーをジャジャラつけるものだし。
「このぬいぐるみはなに?犬かウサギみたいだけど…ぶさかわ…」
店の端っこに白くて耳の垂れた動物のぬいぐるみがあった。手のひらほどの大きさで、狐のように長いしっぽと、額にはグリーンの宝石のようなものがついていた。垂れた眉と垂れた細い目がちょっと可愛くなくて、可愛い。
「お姉さん、お目が高いね!これは聖獣アデルヴィアスのお守りだよ!額には鎮静効果のあるグリーンの魔石を埋め込んであるんだ。心穏やかに過ごせるようにね!」
ふわふわの白い毛はとっても艶やかで綺麗だし、シルエットは聖獣と言われてもおかしくないが、本当にこんなに頼りなげな顔をした生き物なのだろうか?
チラッとルト君を見ると戸惑ったような顔をして黙り込んでいるので、ぬいぐるみの顔はこの女性のオリジナルなんじゃないかと思う。
「詩子はこのお守りが気に入ったのですか?」
私後ろからルト君がお守りを覗き込んできた。
「うん。何だか憎めない感じがするよね。ねぇ、聖獣って本当にこんな顔してるの?」
「伝説の聖獣なのでどんな顔をしているのかはわからないんですよ。女神の使いとも言われていますね。ただ、本や絵画で描かれている姿はこのお守りとは少し…顔つきが違いますね。」
濁してはいるがやはりこの顔はちょっとユニークなバージョンのようだ。
「ねぇ、お姉さん本当に女神の花なの?」
「マリエッタって呼んで!そう、私は女神の花なの!私はね、裁縫の才能があるんだよ!作るのが楽しくって人の3倍の速さでしかも綺麗に仕上げることができるし、新しいアイディアだってどんどん浮かんでくるんだ!裁縫をするのが私の幸せなんだよ!だから、私が作ってくれたもの買ってくれたらお客さんもみーんな幸せになれるよ!お兄さん、彼女にプレゼントしたらどう?」
「か、彼女じゃないしっ!」
マリエッタはお裁縫も好きだけど、おしゃべりも大好きなようだ。こちらの反応も気にせずどんどん売り込んでくる。
「お返しにお兄さんにこっちのお守りをプレゼントしたら?同じアデルヴィアスだけど額の魔石の色が茶色でこれは軽い防御効果のある魔石だよ!お互いの瞳の色を交換するなんてロマンチックじゃなーい?」
「私、自分のお金ないし…」
異世界人として、国から支給されている補助金はあるが、国からもらったお金で人にプレゼントするのは違う気がする。
ルト君にはお世話になっているからお礼はしたいけどイケメンはこんなぶさかわぬいぐるみ、しかも私の目の色とかつけないんじゃないかなっ!
むむむと、脳内でブサカワぬいぐるみをぶら下げた彼を想像して、眉間に皺を寄せているとルト君が2つのぬいぐるみお守りを手に取った。
「では、もし詩子が自分でお金を稼いだら私にこのお守りをプレゼントしてくださいますか?」
茶色の魔石がついた方のぬいぐるみを少し上に持ち上げて尋ねる。
「うん!!私、仕事見つけてルト君にプレゼントしたい!」
「では、こちらのお守りは今日私から詩子にプレゼントさせてください。」
大きく頷いて応えると、ルト君は今度はグリーンの魔石のぬいぐるみを持ち上げて言う。
「お買い上げありがとうございまーす!!茶色の魔石の方はお取り置きしておきますよ!お待ちしてますね!」
マリエッタは目を輝かせながら一際大きな声で言った。判断が早い!まだ買ってもらうって言ってないのに!ルト君はスマートすぎだし、マリエッタは商魂たくましすぎるよっ!
「ルト君ありがとう…。私も早くプレゼントできるようにがんばるね。」
ぬいぐるみを両手でぎゅっと握って、ルト君を見つめるとまるでプレゼントをもらったのが自分かのように嬉しそうに笑っていた。
もう少し毎日更新を続けます!がんばります