11 ワーカーホリック侍女
リタはこの侯爵家に勤めて2年目、15歳だそう。そしてなんと、女神の花なのだという。
「でもぉ!私は女神の花になりたかったわけじゃないんですよぉ!私は労働がしたいんです!保護されるとみーーんな家でのんびり贅沢してなさいっていうじゃないですかぁ!リタははーたーらーきたいんですよ!!!」
リタは可愛らしい両の手をギュッと握りしめて叫ぶ。
「労働!労働!労働!!労働は素晴らしいですよぉ…」
次は目を閉じて薄紅色に染まった両頬をつつんで幸せそうに言う。
「わ…、ワーカーホリックだぁ…」
その労働大好きパワーに圧倒されてしまうが、ワーカーホリックといえば青白い顔に濃いクマ、エナジードリンクを想像してしまうので、キラキラオーラの溌剌としたこの少女には当てはまらないなと思い直した。
「このお屋敷は素晴らしいです。リタの希望を聞いてちゃーんとお仕事させてくれます。クラリベールさんも忖度しないで厳しく指導してくれますしね。ときどき厳しすぎるけど…」
後半のセリフは小声になったが、クラリベールさんには聞こえていただろう。
「リタ。言葉が乱れていますよ。」
リタははたと気づき、一瞬動きを止めたのち綺麗な姿勢に戻った。
「はい、侍女長。若様、詩子様大変失礼いたしました。」
「ダイジョーブだよ、リタちゃん。むしろ私にはそれくらいきやすい感じでいいんだけどなぁ」
あぁ、クラリベールさんの視線が痛い。
「ごほん、えーとそれでリタちゃんが女神の花のデメリットを教えてくれるってことだよね?」
「はい。少し話が長くなってしまうんですが私の生い立ちから聞いていただきたいと思います。」
リタは綺麗に微笑んで話し始めた。
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リタは物心ついた時から孤児だった。道端に転がり施しをもらったり、残飯を漁って生きていた。
孤児院に入れるのは、親が孤児院の前に捨てたり、親切なだれかが繋いでくれた幸運な孤児だけだ。リタのような不幸な孤児は野良犬かウジ虫のように人に眉を顰められ、詰られ虐げられてそれでも生きていくしかないのだ。
そんなある日、お腹が空きすぎて街をフラフラと歩いていると裕福な身なりの男性にぶつかってしまった。もうこれは、殺されるのだろうと思ったところ、男性はリタを屋敷に連れて行き、保護してくれた。
メイドたちも嫌がるような虫、泥、垢、あらゆるもので汚れていたリタを綺麗に洗って、清潔な服を着せてくれた。
お腹に優しくて温かいご飯を食べさせてくれた。あったかい布団で寝せてくれた。
この男性はエデルヴァス伯爵といい、実務はほぼ甥にまかせ、半ば隠居生活を送っていた。お子様は10歳のころ流行病でなくなり、奥方様はつい先日亡くなられたばかりだった。
自分でもなぜリタを助けたのが分からなかったが心の隙間を埋めたかったのかもしれない、とのちに語っていた。
彼はリタを孫のように可愛がり、毎日一緒に食事をとり、散歩したり花を愛でて過ごした。リタに教育も受けさせ、メイドの仕事も手伝うように言った。
リタは屋敷のみんなに可愛がられて幸せな日々を送っていた。
「伯爵様と一緒に暮らせて、リタは幸せです」
リタがそう言って微笑むと、彼も目を細めて頬を皺くちゃにして笑っていた。
すると、彼の道楽の事業が大当たりし、莫大な利益を生むようになった。
さらに所有していた農園は大豊作、二束三文にもならないと思われていた領地の山から貴重な鉱物が発見された。
エデルヴァス伯爵の仕事は忙しくなり、家を空ける日も増えた。その隙に、甥夫婦が屋敷を訪れ、リタを無理矢理神殿に連れて行き、審断を受けさせたのだ。
結果、リタは女神の花と審断された。
甥夫婦はそのままリタを自分たちの屋敷に連れ去り、部屋に閉じ込めてしまった。
伯爵様に、会いたいというリタに、流行りのお菓子や綺麗なドレス、宝石などを与えて、あとは部屋にひとりぼっちにした。
リタは毎日泣いて泣いて泣いて泣き続けた。部屋中が涙で満たされて溺れて仕舞えばいいと思った。
何日かたったのち、リタは部屋から引きずり出された。鬼の形相をした甥夫婦に見下ろされて在らん限りの罵詈雑言を投げつけられた。
聞き取れた内容によると、リタを部屋に閉じ込めてから甥夫婦にあらゆる不幸が襲ったらしい。
事業は傾き、信用していた使用人が金を持ち逃げ、天災の影響で領地は荒れ、私財を売り払いなんとか補填している状態だと言う。
「全部お前のせいだ!疫病神がっ!でていけ!」
自分たちで無理矢理連れてきたくせになんとも勝手なことか。甥たちはリタの身包みを剥ぎ、そのまま屋敷から追い出した。
リタは嬉しくて走り出した。やっと伯爵様に会える。
でも、伯爵様のお屋敷は遠く、しかも場所を覚えていないリタは辿り着くことができなかった。
伯爵様のお屋敷を探す途中、リタが女神の花と気づいた人々がたびたび家に招き入れ、もてなしをしてくれた。
どの家の人も優しかったが、リタには何もしないでのんびりしていたと言うばかり。
リタは全然幸せじゃなかった。
伯爵様とそうしてたみたいに、家の手伝いをしたり、お勉強したり、外を走り回りたかった。
さすがに軟禁する家はなく、何日か滞在しては伯爵様のお屋敷を探しにでた。
引き止められはしたがお礼を言っていいことがありますようにと祈ると、快く送り出してくれた。
長い間彷徨ったすえ、このグライユル侯爵家で保護された。