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4 言い伝え

「町の皆のためって、一体どういうことですか?」


 美崎の問いに、住職が口を開いた。


「……君は、あの神社の言い伝えについて聞いたことはあるかな?」


 美崎の質問に直接は答えず、住職が更に問いかけてきた。美崎は戸惑いつつも、住職の問いに応じる。


「言い伝え? いえ、特に。神社が昔あそこにあって、今は祠になってることと、我が家が代々あの神社の管理をしていたということくらいしか……」


「そうか。美崎さんの家系の男子は、確か君だけじゃな?」


「え、ええ。父は三人兄妹でしたが男一人で、僕は一人っ子。従姉妹(いとこ)達は皆女性です」


「なるほど……」


 住職が、フウッとタメ息をつき、再び無言になった。古時計の秒針が時を刻む音が聞こえる。


 しばらくして、住職が美崎の顔を見た。


「あの神社には、君の家にまつわる、ある言い伝えがあってのう」


 住職が美崎から視線を外し、席を立った。少しすると、古い縦長の木箱を持って戻ってきた。


 住職が木箱を開けると、中に巻物が入っていた。相当古いもののようで、書かれている文字は読めなかったが、住職がその巻物を見ながら「言い伝え」について語ってくれた。



 † † †



 あの神社には、()()大神(オオカミ)様、この巻物では「姫神様」とされているが、とある女の神様が祀られておってな。大層な神力をお持ちで、この町の人々を何度も救ったそうだ。


 だが、その姫神様には悪癖があってな。町の男子でこれぞと思った者を、自らの下へ呼び寄せ、従者としてしまうのだ。


 神の下で従者になるということは、要はこの世を去るということ。この町では、姫神様に見初められた男子が次々と命を落とすことになった。


 この町の者は悩んだ。相手は神様。しかも様々な恩恵を与えてくれる強大な神力を持つ御方。しかし、その反面、我が家の息子が見初められ、あの世に連れて行かれるかもしれない……


 そこで、この町の者は考えた。姫神様の下でお仕えする男子を産み育てる一族を作り出せばよい。その一族の男子だけから「姫神様の従者」が出るようにすれば、他の者は安泰だと。


 そこで、町の者は、町一番の美男子で、心の優しかった者を説き伏せ、神社のすぐ傍に住まわせた。その者に姫神様の社の管理を任せ、村一番の美しい女性をその美男子に嫁がせた。


 そして、町の者達は、姫神様にこう願ったのだ。この地域で一番の美男子を、神様のお使い、すなわち「()(サキ)」として、姫神様のお傍にお仕えさせます。どうか、この者の家系から従者をお選びくださいと。


 姫神様は、その願いを受け入れた。なるほど、良い考えじゃ。私自ら最高の従者を育てるとしよう。


 ミサキの家系を、その男子を護り(はぐく)み、その男子が新たな男子を育て上げた時、従者として私の下へ呼び寄せることとしよう……



 † † †



「……そして、あの神社の傍らに住むようになったミサキの一族からは、代々、美しい男子が生まれ、その者が次の男子を立派に育て上げると、姫神様の下へ従者として呼び寄せられるようになったそうじゃ」


 そこまで話し終えると、住職は湯呑みを手に取り、お茶を飲んだ。


「ぼ、僕がその一族の末裔だというんですか?」


「そういうことになるのう。自覚がないのかもしれんが、君はゾッとするほどの美男子じゃよ」


 住職に言われた美崎は、驚いて進藤の顔を見た。進藤が苦笑しながら頷いた。


「で、ですが、僕は女性からモテたことなんて一度もないですよ! それが美男子だなんて……」


「姫神様が君から女性を遠ざけておるのじゃろう。君にとって最高の相手、最高の後継ぎを生み育てる者として姫神様が認めた女性が現れるまでな」


 美崎が困惑していると、住職が巻物を片付けながら笑った。


「はっはっは。驚かせてすまん。まあ、これは単なる言い伝え。真偽のほどは分からん。この言い伝えを知るのは、この町ではもう(わし)ぐらいじゃろうて……」


 住職が巻物を木箱に納め、立ち上がった。


「仏に仕える儂が言うのもなんじゃが、神様が云々(うんぬん)など、そんなおとぎ話みたいなことが現実にある訳がないじゃろう。気にしなさんな」


 それに、もし、この話が本当であれば、我々人間にどうこう出来る話ではないしの……


 その言葉を内に秘めたまま、住職は2人を見送った。



 † † †



「神様の従者かあ……」


 お寺からの帰り道。交差点で信号待ちをするタクシーの中。後部座席に乗った美崎がポツリと呟いた。


 それを聞いた隣に座る進藤が、笑いながら言った。


「ははは、そんなに気にすんなよ。住職が言ってたように、あれはおとぎ話だ」


「でも、進藤君も神域がどうとか真面目に言ってたし」


「あれは謎解きを楽しんでただけだよ。俺はオカルト好きだけど、それが現実だなんて、これっぽっちも信じてないさ」


 信号が青になった。タクシーが発進しようとしたとき、ガクガクと振動した後、エンジンが止まった。


「あちゃ、エンストだ」


 タクシーの運転手が慌ててエンジンをかけ直した。


 その時、交差点の右側から、赤信号を見落としたダンプカーが猛スピードで走ってきて、そのまま交差点を横切って行った。


「あ、危なかった……もしエンストしてなかったら……」


 タクシーの運転手が、走り去るダンプカーを目で追いながら、驚いた様子でそう言った。


 ……ミサキの家系を、その男子を護り育み、その男子が新たな男子を育て上げた時、従者として私の下へ呼び寄せることとしよう……


「ま、まさかね……」


 住職の語った言い伝えを思い出した美崎は、そう呟いて頭を振った。


 エンジンが再び始動したタクシーは、最寄りの駅へ向かって走り出した。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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