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1 祖母の家

 季節は初夏。祖母の葬儀が終わって一段落したある日。社会人2年目の()(さき)は、大学時代の同級生で不動産会社に就職した友人の進藤(しんどう)と一緒に、○○県の祖母の家へ向かった。

 

 美崎の祖母の家は、最寄りの町から離れた、その町を見下ろす山の中腹(ちゅうふく)にあった。

 

「そっちのお兄さんは、もしかして、この前亡くなった美崎さん()のお孫さんかい?」 

 

 祖母の家へと向かうタクシーの車内。運転手がバックミラー越しに美崎の顔を見て言った。


「ええ、そうですが……どうして分かったんですか?」

 

「いやあ、あの家は、昔から美しい顔立ちの男が多いからね。こっちのお兄さんはゴツい顔だから……あ、いや、失礼」

 

 タクシーの運転手が、美崎の隣に座る進藤の目線に気付き、慌ててバックミラー越しに謝った。


 美崎が笑いながら運転手に答える。


「ははは、僕が美しい顔立ちですって? 単に弱々しいだけですよ。実際まったくモテませんし。この隣の彼の方が断然女性にモテますよ」


「へー、そうなんだね……今日はお父さんは来てないのかい? 以前はよく帰省していたようだけど、最近見ないなあ」


「実は昨年他界しまして」


「そうだったのか……あの家の男は何故か早く亡くなる者が多いからなあ……あ、悪い、気にしないでくれ」


「いえいえ、お気になさらず」

 

 美崎は愛想笑いをしながらそう言った。運転手が言ったことは事実だ。

 

 美崎の父は、美崎が大学を卒業した直後、50歳を前にガンで亡くなった。

 

「うちの家系の男は早世の者ばかり。おっちょこちょいな俺がお前の大学卒業まで生きられたのは、俺の運が良かったからかもしれん」

 

 病室のベッドで、美崎の父がしみじみとした顔でそう言うと、美崎に「悔いなく生きろ。お前は俺に似て運がいい。運を天に(まか)せておけば、いずれモテる時が来るさ」と言って笑った。美崎もつられて笑ってしまった。

 

 そんな明るく優しい父のことを美崎が思い出していると、程なくしてタクシーが美崎の祖母の家に到着した。

 

 

 † † †

 

 

「ったく、失礼な運転手だったな」


 美崎の祖母の家に着き、去って行くタクシーを見ながら、進藤が悪態をついた。


 進藤の視線が、眼下に広がる町並みに移る。


「見晴らしの良い場所だな。さっき降りた駅まで一望出来るじゃないか。まるで神様になった気分だ」

 

「あながち間違いじゃないよ。元々この場所には神社があったらしいし」

 

「え? じゃあお前の家系は神主か何かか?」

 

「ううん、ごく普通の農民だよ。ただ、代々神社の管理を任されてたらしい。その神社も、今はあの小さな祠だけになったみたいだけど」

 

 美崎が祖母の家の向かいにある小さな祠を指差した。

 

「あれも相続する土地の範囲内みたいだな」

 

 進藤が祠と手元の図面を見ながら呟いた。


 美崎の祖母の家は、資産価値はほとんどないが、土地が広く、しかも登記が大昔から放置されたまま……


 そこで、不動産に詳しい進藤に美崎が相談したところ、美崎の祖母の家の現況確認に進藤が同行してくれることになったのだ。


「西側はこの左のビワの木までだけど、それ以外はかなり広いみたい。それじゃ中に入ろうか」

 

 美崎が玄関の鍵穴に鍵を差し入れながらそう言うと、玄関の引き戸を開いた。

 

 

 † † †

 

 

「日当たりが良いのに、ひんやりしてるな」

 

「昔からそうなんだよね。風通しがいいのかな」

 

 美崎と進藤は、昔ながらの高い上がり(かまち)に腰を下ろし、靴を脱ぐと、家の中へ入った。

 

 美崎の祖母の家は、いわゆる「田の字」の造りだ。南側に向いた玄関を入って正面・北側に廊下が延び、左手・西側は増築した寝室。右手・東側には客間と仏間の続き間がある。

 

 玄関から廊下を正面・北に進むと、突き当たりの左にトイレと浴室、右に台所がある。

 

 台所の右奥・東側には茶の間があり、台所と茶の間は、それぞれ南側の客間と仏間に障子を隔てて繋がっていた。

 

「綺麗だな」

 

 玄関左の寝室の中を軽く覗いた後、図面を片手に廊下を歩きながら、進藤が呟いた。美崎がその後ろを歩きながら答える。

 

「おばあちゃんは掃除好きだったからね。昔から手入れが行き届いてたよ」

 

「お前のおばあさんは、亡くなる直前までここに住んでたんだったっけ?」

 

「いや。最近は施設に入ってたからね。確か5年くらいは空き家だね」

 

 廊下の突き当たりまで来た進藤と美崎は、まずは左手の浴室、トイレを確認した。どこも綺麗だった。

 

 そして、台所に入ったところで、進藤が立ち止まった。

 

「おかしい……」

 

「え? 何か変なところがあった? 特に汚れや傷みはなさそうだったけど」

 

 美崎が辺りを見回しながらそう言うと、進藤が首を(かし)げながら呟いた。

 

「そう。経年劣化の傷みはともかく、汚れがまったくない。空気の澱みもない。全てが綺麗だ……()()()()()んだよ」

 

 進藤が、台所の流しや窓を確認しながら言った。

 

「俺は仕事柄、空き家に入ることが多いんだが、空き家っていうのは、もっと空気が澱み、建物の汚れが目立つもんなんだよ。まして、こんな山奥の家。虫の一匹や二匹入り込んでるのが普通だ」

 

 進藤がしゃがみ込み、台所の床を確認する。

 

「虫どころか、埃ひとつない。一体どういうことだ?」

 

 美崎も進藤に倣い、しゃがみ込んで床を眺める。確かに、まるで先ほど床を磨いたかのようにピカピカだった。

 

 美崎と進藤は、それぞれ立ち上がると、無言で奥の茶の間へ向かった。

 

 

 † † †

 

 

「不気味なお面だな」

 

「ははは。僕はもう慣れたけど、子どもの頃帰省したときは怖かったなあ」

 

 茶の間に入った進藤が呟くのを聞いて、美崎が笑いながらそう答えた。

 

 茶の間に入って左斜め前方、部屋の角の鴨居に、大きな鬼のお面が飾られていた。進藤がその鬼のお面の方を指差して言った。

 

「あっちって、北東だったけ」

 

「うん。確かそうだね」

 

「そうか……」

 

 進藤と美崎は、茶の間から仏間に入った。

 

「立派な仏壇だな……ん?」

 

 進藤が仏間の正面に立って不思議そうな顔をした。

 

「どうしたの?」

 

「お前の実家の宗派は?」

 

「ええっと、確か△△宗だったと思うけど……」

 

「あれって、昔から飾られているのか?」

 

 進藤が仏壇の中に目をやりながら言った。

 

「そうだね。昔からこんな感じだけど。変かな?」

 

 美崎が進藤にそう答えた。


 仏壇には、古ぼけた縦長の木札が一枚飾られていた。

 

「写真撮ってもいいか?」

 

 進藤の問いに美崎が頷くと、進藤はスマホを取り出して仏壇を撮影した。

 

 写真を撮った後、進藤が美崎に尋ねた。

 

「なあ、お前のおばあさんって、仏前で何かお経を上げてたか?」

 

「そうだなあ……帰省したときは、おばあちゃんに促されて何か唱えてたな」

 

「どんなだった?」

 

 進藤が真面目な顔で聞いた。美崎が戸惑いながら、必死に思い出した。

 

「う~ん……確か『しょーらい、しょーゆー、わいいーこー。じんりき、きゅーきゅー、にょりつりょー』だったっけ。意味は分からないけど、語呂が良いんで覚えてる」

 

 美崎が子どもの頃を思い出しながら話を続けた。

 

「あ、そういえば『じんりき、きゅーきゅーって、人力の救急車?』って、おばあちゃんに聞いたら、『これは家を守る大事な()()()()()なのよ』って笑ってたなあ」

 

 美崎が、仏壇に飾られた木札の文字を見た。まじまじと見るのは初めてだった。


 木札には、知らない漢字や模様がびっしりと書き込まれていたが、判読できる中央部分には次のように書かれていた。

 

『招来所有穢為抗神力喼急如律令』


 意味はさっぱり分からなかったが、その見慣れたはずの木札が何故かひどく不気味に感じられた。

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