これまでの本命と対抗
サミュエルの婚約者候補は既に五人いる。
アントニア・キフト公爵令嬢。
ケリー・ゲートスケル侯爵令嬢。
ケイティ・ゲートスケル侯爵令嬢。
レスリー・バーセル辺境伯令嬢。
キャシー・スタレット侯爵令嬢。
どの娘もそれぞれ名だたる名家の令嬢だが、ケリーとケイティは双子で、実質候補とは言えない。
キフト公爵令嬢アントニアの取り巻きである。
幼少期にサミュエルに一目惚れしてから、一途に彼を想い続けて努力してきたアントニアは、美しく優秀。ただ、学生時代の王妃よりも更に視野が狭く、傲慢な質でもあった。
娘を溺愛する父を唆し、ゲートスケル家の双子を捩じ込みなにかと協力させている。
サミュエルの気持ちとは別に、アントニアが本命視されていた。
可憐で嫋やかな見た目に反して苛烈で陰湿だが、表向きは品行方正。
それがアントニア・キフトの評価。
清濁は併せ飲むものだ。
愛されて育ったからか思慮深さが時に優柔不断とも言える程、甘いところのあるサミュエルの婚約者候補なだけに、アントニアの評価はそれなりに好意的に受け取られていた。
順番に個別のお茶会をしているが、今回はバーセル辺境伯令嬢レスリー。
本命をアントニアとすると、一番サミュエルと仲が良く、王妃の姉の娘でもある彼女が対抗といったところ。
しかし実のところ、ふたりの仲の良さは従兄妹だからであり、互いに婚約の意思はない。
レスリーが、嫁ぐ気もないのに対抗としての立ち位置をわざわざ保っているのは、ひとえにキャシーを矢面に立たせない為だ。
自分には辺境伯令嬢であり王妃の姪という強い後ろ盾がある。
キャシーとサミュエルの仲は特別いいわけではないが、それでも悋気の強いアントニアと双子がなにかしないわけではない。
キャシーは真面目で控え目だが矜持は高い。
サミュエルへの愛情の有無は表に出さないのでよくわからないが、自分の与えられた使命を全うすべく、日々嫌がらせに耐えながら励んでいる。
サミュエルは誰にも話してはいないが、ジョージナが来るまでは『キャシーを妃に』と考えていた。
アントニアがいるだけにキャシーに対する態度はサミュエルも悩みどころで、ふたりの仲はとても義務的である。
なんとか関係を均衡に保ってきたが、ジョージナが現れたことで壊れてしまった。
サミュエルがジョージナを娶る気でいるのは明白で。
こうなるとアントニアの抑えは難しい。
ランサム公爵家に力はあるが当主は領地だ。しかもジョゼフィンが宮廷から退いたのだから。
茶会でふたりきりになるや否や、レスリーが掛けたのは辛辣な言葉。
「ランサム前公爵が辞意を表明する前に出会えなかったのは残念だったが、彼女に惚れたなら尚更、君は引き込むべきではなかった。 協力してやりたいが、精々五人揃っている時に一緒にいてやる程度だ。 あとは自分でなんとかしろ」
こう警告だけはしているものの、ジョージナの参入をレスリーは概ね歓迎していた。
既存の五人の中でなら『キャシーが妃となるのが王国にとって望ましい』と考えていたものの、その後荒れたアントニアがなにをしでかすかわからないことが不安だった。
ゲートスケル家の双子を捩じ込んだことといい、家の権力を使ったにせよアントニアは裏で立ち回れる力を持つ。
それが評価される部分のひとつだとしても、サミュエルの妃となった時に正しく使うとも、そうなるように上手くサミュエルが誘導できるとも彼女は思っていない。
故に『誰を選んでもアントニアだけは選ぶな』とレスリーはサミュエルに言っている。
サミュエルはレスリーの前であっても婚約者候補に対する本音を決して言わないし表には出さなかったが、ジョージナの参入により『彼もアントニアを危険視しているのだ』ということを知ることができた。
(ならば問題はない、あの女が自滅するならそれもいいだろう)
双子のどちらかを選んでも構わないのは、自滅の可能性の高さに尽きる。
その相手は変わるが、時期が早まるのであれば、ある意味楽になったとも言える。
ジョージナの為人に問題さえなければ、彼女の至らない部分はキャシーと自分で支えればいいし、サミュエルが彼女を守りきれないならキャシーが妃になるだけ。
──そう思っていたレスリーだったが。