ふたりめのジョージナ
王太子に見初められた。
この不幸を人は幸運と呼ぶだろう。
今の王太子であるサミュエルは、前王太子であるルパートと元侯爵令嬢の間にできた一人息子。
彼は父ルパートにそっくりな美しい容貌と、母である王妃の明るさと愛嬌、そして国王である叔祖父の思慮深さを受け継いで育っていた。
サミュエルの婚約はルパートの失敗もあって『数人の候補者を擁立、問題のない範囲での王太子妃教育と交流をし、18の年に選定』というかたちになっていた。最終的に選ばれなかった令嬢にも候補として残った事自体が誉れとなるような配慮と、その後の良家との縁組を約束して。
サミュエルが18になる年まであと一年。
たとえ婚約者候補だとしても、急に現れたジョージナを加えることには当然反対があった。
しかし、正式に婚約者を決めなかったのはこういう時の為でもあるのも事実。本当にどこの馬の骨かわからぬような娘ならば許されなかっただろうが、ジョージナの所作は美しく『ランサム公爵家の娘』と考えれば家格にも問題はないのだ。
なにより思慮深く控え目なくらいだったサミュエルの、初めての我儘らしい我儘。
「どうするかね王妃」
「……」
国王は王妃に判断を一任した。
王妃の心中が複雑なのは明らかだった。かつての夫の婚約者だった女にそっくりな女を息子の婚約者にしたいと誰が思うか。
しかし、あくまでもルパートに選ばれた側に過ぎないにせよ、当時自分がしたことを考えたら反対はできない。不明瞭な部分があるのを除けば、条件的には当時の自分より良い。
「……いいわ、ランサム前公爵に打診してみましょう」
王妃はその前段階としてひとつだけ条件をつけ、結果、受け入れた。
打診されたジョゼフィンは反対したが、爵位は既に息子に継がせただけでなく、宮廷を辞したことがここにきて徒となった。
彼もまた『ジョージナが是とするなら』の他、ジョージナの安全面に対するいくつか条件をつける程度のことしかできず、今に至る。
いくら決定権が自分にあると言われても、ランサム公爵家のお荷物でしかない立場だ。
王太子であるサミュエルに請われれば、ジョージナに断ることは難しいというのが実情。断れない。
「ジョージナ、愛しているんだ。 どうか我が妃となってくれないだろうか」
「殿下……ですが、私は……」
「君の事情はわかっている」
──ジョージナは胡乱な存在だった。
サミュエルの言う『事情』など、所詮は空白を埋めるに至らない。
『必ず迎えに行くから、待ってて』
誰のだかわからない、誰かの言葉。
それすらも胡乱だとしても、それだけが彼女を支えている。
だからジョージナにできるのは、ただ待つことだけ。
なのに──
(それも許されないのね)
サミュエルに対しては好きも嫌いもないが、本当は誰かもわからない誰かを待っていたかった。
しかし受ける以外の選択肢を選ぶ強さなど、彼女にはなく。
『ジョゼフィン・ランサムの庶子』となったばかりのジョージナは、『ランサム公爵令嬢でありサミュエルの婚約者候補』に立場を移すよりなかったのである。