贄
キャシーはなにから尋ねるべきか迷い、まずジョージナに告げられたことと、夏至祭りの夜にあったことを話した。
王妃の言葉を疑うつもりはないが、どこまで知っていて、それが本当はどの程度なのか、という認識には疑いがある。わかった気になっていたことがあまりに一部に過ぎなかった、自らの経験として。
なのでジョージナの恋人らしき、蛇の青年については極力ぼかした。彼女と同じ部屋に宿泊した夜の彼のことは、一切話していない。
メインはあくまでも、夏至祭りの夜に見た──湖で踊る、サミュエルそっくりな男。
「そう……」
元々その話を促すつもりでいた王妃にとっては有難くもあり、やはり気が重くもあった。
だがそんな王妃を見て、キャシーは自分の想像が正しかったのだと感じていた。
湖で踊る男女……輝かんばかりに美しい女をリードする、サミュエルにそっくりな男──
現れたジョージナと、蛇の毒に倒れたサミュエル。渡された解毒剤。
それらがなにを意味するか。
キャシーが興味を持っていたのは、女性の社会進出と地位向上、その先駆者イヴリン・マッコイ。彼女の商会が推す画家と、その美しい絵……災害により崩れた旧道のことで、多少勉強はしたものの、元々西の森やそこでの文化について詳しくはない。
人ではないジョージナの恋人を見て恐怖した彼女は、むしろ触れるのはタブーな気すらしており、積極的に調べようとは思えなかった。
だが夏至祭りに赴いて。
『夏至祭りの女王』の話は当然耳にした。
なにしろイヴリンの商会でも、それにちなんだ商品を取り扱っているのだ。話を聞かないわけがない。
それさえ知っており少し冷静になれば、考えずともわかる。『夏至祭りの女王』を見たのだ。
キャシーは白蛇がジョージナの恋人だと知っている。 伝承そのままにあの光景があるのなら、助けてくれたのだろう。
サミュエルが、女王に囚われてしまう前に。
ただひとつ、わからないこと。
男がサミュエルとそっくりであること。
王妃の反応から、答えを聞く前にキャシーは正解を確信していた。
「ルパート元王太子殿下は、亡くなっていなかったのですね?」
「……ええ」
あれは、ルパートだ。
サミュエルにそっくりな、若いままの、彼の実の父親。
──婚約破棄され、冤罪で王都から追放されたジョージナの乗った馬車は、崖下に西の森が広がる旧道で野盗に襲われた。
しかし『蛇の人』に助けられ、森の中に小さな家を持つヘーゼルという老婆の元に預けられることとなった。
老婆は畏敬の念から村人に『魔女』などと呼ばれていたが、実のところ神と人とを繋ぐ『神子』なのだそう。
蛇の人もそれに近く、言うなれば森側の『神子』。ただし立ち位置としては近くとも、その概念は大きく異なる。その辺りも、ヘーゼルに預けられた理由のひとつだろう。
幸い人嫌いで通していたヘーゼルの元に来るのは、エディという少年のみ。彼女の薬や知識に頼っていた村人達は、機嫌を損ねたくないので彼を通して用事を頼んでいた。その為ジョージナの存在は、特に誰かに知られることもなく、穏やかに時を過ごすことができた。
しかし、ルパートはジョージナを諦めていなかった。
現場から見付かった彼女の所持品は、粗末なローブのみ。ただし、それにはおびただしい血が、流れるように付着していた。頭から血を流したと思われる。少なくとも明らかに返り血ではない。
馬も残っており、旧道は一本道。横は崖……生存の確率は低いだろうに、捜索は続けられていた。決して大仰なものではなく、秘密裏に近い。
襲われた旧道の端、崖下は森。
その辺りに遺体はあったが、白骨化してかなり経つ古いもの。大きさからもジョージナではなく、徐々に捜索範囲は広げられた。
やがて村まで捜索隊は来た。
村は崖下の森の中からそう近くもなく、血を流している令嬢が無事辿り着けるとは思えない、と何も知らない村人は語る。
だが、見付かるのは時間の問題だった。
「このままここにいる気かい?」
「ご迷惑を──」
「いや、迷惑とかそんなことを言っているんじゃない。 アンタだってわかっているだろう」
ヘーゼルの言う通りだった。
本当はここを離れなければならないのだろうが、それはできなかった。ヘーゼルがなんとかできると言うので、行先がないことは然程の問題ではない。
問題は、『蛇の人』の傍に居たいこと。
ふたりは恋人のようになっていた。
だが彼はまだ仕える神との契約が締結しておらず、不完全な存在なのだとか。あと20年程は、この土地を離れることが出来ないらしい。
ジョージナはどうにかならないか、隠された地下の書庫に眠る莫大なヘーゼルの書物を必死で漁り、ひとつの解決策を思い付いた。
それは同時に、ルパートの問題の解決策にもなるもの。
──贄だ。
夏至祭りの夜。
ルパートの執着心を利用してここに誘き出し、『夏至祭りの女王』……蛇の人が仕える土地神の娘、湖の精霊姫に捧げる。
美しいものとダンスが殊の外好きだという姫も、美丈夫でダンスも上手いルパートならば、きっとご満足頂けるだろう。
「……戻れなくなるよ」
ヘーゼルはそう言う。
そこに行き着くだろうことを予想していたヘーゼルは、当然この解決策を知っていた。
勧めなかったのはヘーゼルが人だから。
尤も、人の理に従うことを人とするという定義付けの幅の狭い概念で、彼女がそうあろうとしただけ。
本質としてはそうでない。時にどこまでも残酷になれるのが人でもある。
ジョージナは人を捨てることを、躊躇なく選んだ。
それもまた、理から外れただけの、人らしい決断だ。
ヘーゼルが止めることはない。




