かつてのジョージナとかつての王太子
かつてのジョージナと当時の王太子──名をルパートという──との婚約は政略的なものだった。
我が強いルパートと、おっとりとしたジョージナ。ふたりの婚約が決まったのは互いにまだ7歳の頃。
幸いふたりの相性は悪くなく、仲睦まじく穏やかに愛情を育んでいった。
だが年頃になると、ルパートはジョージナのおっとりした性質が気に食わなくなってきた。
当人の気質のせいだけでなく、一人息子を溺愛する国王夫妻と父である当時の公爵から厳しく言い含められていたジョージナには、ルパートに意見することができなかった。
そのあたりの事情は理解していたものの、ルパートにとってはむしろ、それこそが一番気に食わないこと。
事情は理解していても、そこで培われたジョージナの負の感情などは恵まれていたルパートには上手く想像できず、ただの怠惰と無関心に映ったのだ。そして『自分はこんなにも開示しているのに、ジョージナは向き合う努力もせずに、取り繕うばかり』と不満を抱くようになったのである。
性格や若さも含め、視野が狭く狭量だった彼には『そうできるように支える』という考え、振る舞えるだけの鷹揚さを持ち合わせていなかった。良かったと思われた相性は、徐々に悪いモノへと変化していく。
ジョージナに愛情があるからこそ、ルパートはわざと彼女に酷い仕打ちをするようになっていった。
ジョージナ自身の為に、彼女に変わって欲しかった──そう想う気持ちは嘘ではなかったものの、同時に沸き上がる苛立ちもまた事実。
そして、言動に思考が引き摺られるのはままあること。
次第に苛立ちの方が勝っていき、当初の想いが自分を正当化する為のただの言い訳と化すまで、然程の時間を要しなかった。
彼がジョージナの代わりに寵愛したのは、明るく物怖じしない侯爵令嬢。
このころから温和で自己主張しないジョージナは『月の姫君』と呼ばれるようになる。それはある者には、彼女の控え目な美しいさまを評価し敬う気持ちから。だがまたある者には『表舞台には相応しくない』という揶揄だった。
侯爵令嬢への評価も賛否両論で、在学中の彼女は決して頭は悪くないが視野が狭い娘、という後の評価が正しいと思われる。ただ学園という制限された狭いコミュニティの中で、彼女がとりわけ魅力的だったのも確かなこと。
「ジョージナ・ランサム公爵令嬢! 貴様は私の伴侶であり未来の国母として相応しくない」
公の場での婚約破棄は、裏でランサム公爵と話し合いが行われていた。
ルパートのジョージナへの想いは変わってしまったが、彼女が有能であることは認めており、また歪んだ執着心も存在した。手放すのは惜しいし、他の男の手に渡るのは許せない。一旦修道院に入れ、頃合いを見計らって出し、囲うと決まった。
ルパートは愚かだが決して馬鹿ではない。交渉の切り札として、公爵が権力をかさに裏で行った、複数の悪辣な行為を秘密裏に捜査しきちんと抑えていた。
娘を駒としてしか見ていなかった公爵は、証拠の隠滅と黙認を引き換えにジョージナを簡単に売った。
それも罪の一部はジョージナに被せる形で。
自分から犯罪に手を染めなさそうな印象のジョージナでも『民と家のことを思っての行為』を主に、承認欲求や寂しさなどを加えてやればそれなりの説得力は出る。
常々疑いを感じ遠ざけていたが、これまでの献身には感謝をしている──として除籍した上で修道院に行かせるという寛大な処置を取ることは、ルパートにとって非常に都合が良かった。
ジョージナに逃げる術などなかった。
──そしてもうひとりのジョージナにも。
彼女は不幸にも、ジョセフィンと共に出向いた王宮で、現王太子に見初められてしまったのだ。