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ふたりのジョージナ  作者: 砂臥 環


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キャシー

 

 キャシーはずっと悩んでいた。

 あの夜から、ずっと。


 ジョージナがキャシーに話した全て(・・)とは、当時のジョージナの行末の全て……則ち、遂行していた離脱の計画とその変更についてである。

 本当に全てを話すには時間が足りなさ過ぎたし、そもそもジョージナはキャシーとそこまでを共有したいとは微塵も思っていなかったのだ。話す理由もない。


 そしてキャシーの方は、見た以上のことを聞ける精神状態ではなかった。


 なにせ、目にしたのは信じられない光景だったのだ。



 月明かりの下。美しく涙を流すジョージナ。

 彼女と抱き締め合っていたのは、どこかあどけない空気を漂わせた青年だった。


 見目もまた、可愛らしい顔立ちにどちらかというとなよやかな身体付き。服装は軽装。

 まずどうやって屈強な警備の目を掻い潜り、宿泊している三階の部屋のバルコニーまでやってきたのかと疑問が過ぎる。

 しかし、その答えは直ぐにわかった。


 彼は人間ではない。


 人に、変化していたのだ──ジョージナと抱き締め合う、僅かな時間の為だけに。


 ジョージナは相手が人ではなくなっても動じるどころか、『その姿も素敵よ』と笑って口付けていた。



 それだけに、ジョージナが相手を如何に愛しているのかも、話せなかった理由も一目でわかってしまった。

 まあ『話せなかった理由』はキャシーの勝手な思い込みなので、正しくはないのだけれど。


 キャシーはレスリーのように、ジョージナとかつてのジョージナを結び付けたりはしていなかった。

 そんな想像、したこともない。


 彼女は、ジョージナの出生に問題があった為、隠し育てられた娘なのだと考えていた。

 本当はジョセフィン・ランサムの退陣と共に彼の庶子として迎える筈だった、という経緯を鑑みても、無難で現実的な想像であると言える。

 記憶の喪失には多少疑いを向けてはいた。

 それが嘘でも本当でも、だからどうということでもなかったけれど、愛した男と再会してからの彼女の印象の変化に、おそらく事実だったのだと感じた。

 どうふたりが出会い、愛し合うに至ったかはわからないけれど、それは失っていた記憶の中にあるのだろう。



『殿下がもし、納得されなかったら──夏至の晩に、森の湖へ。 そうすれば必ずご納得頂けるでしょう』



 ジョージナが紡いだこの言葉は救いだった。


 深く聞けなかったことをキャシーは悔やんでいるが、見なかったことや狸寝入りで誤魔化すこともできたのだ。

 混乱と動揺の中、咄嗟に彼女から話を聞くという判断に踏み切ったのは、充分豪胆と言っていいだろう。なんなら気を失っていたっておかしくない。


 こんなこと、サミュエルには説明できない。


 信じて貰えないのはまだ、いい。

 だが初恋の熱が暴走して思いもよらぬ行動に出てしまった場合、きっとなにか恐ろしいことが起きるに違いない……人に非ざる者のその変化を目にし、恐怖したキャシーはそう思った。


 きっとジョージナは彼と共に現れ、変化した姿を見せるつもりなのだろう。


 夏至の晩が神秘的な夜なのは、土地神信仰のこの国では常識と言っていい。そこまで待つのは人ではない彼の、力の問題なのでは、と容易に想像できる。

 多神教なだけに神の定義は難しいが、その変化と彼に向けられる愛しげなジョージナの眼差しを見せられて手出しできる程、サミュエルも愚かではない筈だ。


 これで終わる。


 しかし待ち望んでいた時を前にした今、キャシーの内心は複雑で、もう自分でもよくわからなかった。


『行きたくない』……そう強く感じている自分がいる。


 恐ろしく、不安なのだ。

 それは単純に夜の森が恐ろしいからであり、ジョージナと彼が恐ろしいからでもあり、また次第にサミュエルが離れていくのが恐ろしい、と強く想うようになったからでもあるだろう。言葉で簡単に表すのならば。


 サミュエルはもう落ち着きを取り戻した。

『ジョージナに未練はない』『ただ真実を知りたいだけだ』と彼は言う。

 けれど、本当にそうなのか。


 あの夜の青年のように姿こそ変わらずとも、明らかに変化したジョージナ。

 そしてそれよりもずっと緩やかな速度ではあれど、キャシー自身の心もまた変化を遂げていた。

 そのことも恐ろしい。

 感情のままならなさが。


 理性的であるのが人だ、というのは建前に過ぎない。それは所詮、人の一側面にしか過ぎない。


 そもそも、ジョージナは人なのか。

 あの夜に見た、彼女の美しい姿を思い出すと、不安になる。

 あの言葉がキャシーへの優しさだとして。彼女の言葉に甘え従うことは、本当に正しいのか。


(ここまで来たのだもの。 行かなければ)


 だが、もう後には引けなかった。





 宴が開始され暫く経った。

 食事と酒と音楽に広場は盛り上がる。

 軽快な中にもどこか郷愁を感じさせる、手製の楽器独特の音。難しいステップも作法もなく、恋人は手を繋いで踊り、子供達は輪になって遠心力でクルクルと回り倒れては、キャッキャと笑う。


 キャシーはサミュエルの袖を摘み、動くよう促した。


(いよいよジョージナに会うのか……)


 浮かれていた気分が沈む。

 だがここまで準備されて、今更『馬鹿なこだわりだった』と認めて引き返すこともできず、サミュエルは黙って妻の心遣いに従わなければならなかった。


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― 新着の感想 ―
ああ……ジョージナ……。 あなたはそっちに行ってしまうのね……。
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