村の夏至祭り
村での夏至祭りもやはり賑わうものの、街のそれとはかなり様相が違う。
街の夏至祭りは商店街や広場での催し物であり、他の地域の祭りと大差はなく、主に町興しの一貫として風習による観光収入や周知を期待した側面が大きい。
村の場合はその要素が後から加わった感じで、商店街なども昔よりは派手だが、祭りとしての催し自体はまさに祭事がメイン……つまり、宗教的な儀式としての意味合いが強いのである。
森と人の住まう場所の境、鐘の付いた櫓の建てられた広場で火を焚き、森に感謝と祈りを捧げる、というもの。
火は顕現した大地の神を示しており、夏至の夜はそれを絶やしてはいけない。
神の灯火を借り、森で狩猟した肉と採取した茸や野草を調理し、皆で囲むのが本来の習わしだ。
村も以前に比べ、人口が増えた。
年に数度だけ訪れる夜更かしができる特別な夜。はしゃいで力尽きる子供達の為に、広場には大きなテントやハンモックが用意されるようになったりと微笑ましい変化はあるが、多少かたちは変わったにせよ、今も慣習は概ね守られていると言っていい。
今や村人からも信頼の高いイヴリンだが。
彼女の立ち回りの上手かったところは、新しい人間や外部の人間が自分達の文化を脅かさないかを警戒する老人達に、儀式的風習としてこの祭りの大事な部分を変えないように、手助けをしたことにある。
そのひとつがこの晩の周辺警備──
だから、そこに王国騎士達が交ざっていようと、エディから伝えられた一部の村人以外に気付く者はいない筈だった。
レスリーが来ていなければ。
イヴリンの商会へと歩くも、いざ建物の前に立ったレスリーはやはり躊躇し、ひっそりと溜息を吐いた。
いつの間にか雨は上がっていた。肌を刺す西日を避けるように薄手のローブのフードを被り直す。ゆっくりと落ちていく夕陽に合わせるように、緩慢な歩みで祭りに賑わう表通りを抜けると、宿に寄って馬を借り、村の方へと向かう。
村の前には、臨時の馬車の停留所と厩が作られており、それなりに屈強な警備兵もチラホラ見えた。
その中に、見た事のある顔。
レスリーは気付かれないように、さっと馬を降り、さりげなくその影に隠れる。
(アレは……王国騎士団だ。 やはりさっき見たのは──)
「おい、兄ちゃん」
「!」
「随分悠長にしてるがね、アンタ外部の人だろう? もう始まっちまうよ」
臨時停留所の番をしているらしい少年が、呆れたようにそう声を掛ける。
「え?」
「うわアンッ……いやアナタその、まっ祭りを見に来たんじゃないんすか?! 皆広場に行ったけど!」
少年はお兄さんだと思っていたのが綺麗なお姉さんだったことに慌て、顔を赤くしながらあたふたと商店街の先を指さす。
小規模ではあるが、街とそう変わらないモニュメントやランタンで飾られた商店街に何故か人気は少ない。
少年の指さした先には、前回来た時にはなかったゲートが作られているのが見える。
「コホン……数年前から外部の人は有料になったんです」
「ああ成程。 村の祭事だもんね」
人が少ないのはその筈、今まさに村の夏至祭りが始まったところだそうで、皆広場にいった。
わざわざここまで足を運んだ観光客は、皆これを見に来たようなモノなのだろう。
広場中央には、焚火の為に慎重に組んだ薪。下の方には焼成前の器が置かれており、この儀式が生活に根付いた物であることが窺える。
陽が僅かに残す余韻に、妖しく美しいグラデーションを描く空の下。広場は儀式特有の静寂に包まれる。
火を灯す役は、伝統の刺繍で彩られたローブを纏う女性。
火が着くと、青年達が伝統の楽器で音楽を奏で出す。それに合わせて踊るのは、焚火を囲うように出てきた、街でもチラホラ目にしたカチュームとエプロンドレスで着飾った姿の少女達。
焚火が大きくなると再び音が止み、少女達も散るように焚火から離れる。
最後に、背中に矢を背負った男性が焚火の火を松明に移し、周辺に建てられた数本の篝を灯していく。
全ての篝が灯されると、周囲は拍手と歓声に包まれた。宴の始まりだ。
軽快に音楽が鳴り響き、酒と森の恵みが振る舞われる。
外部の者を有料にしたのはイヴリンの商会の指示。警備要員への報酬や振る舞う飲食物の一部は商会が担っているので、金銭的な問題というよりも純粋に文化存続の為の規制だ。
「お姉さん、お兄さん、どうぞ!」
「まあ可愛い! ありがとう」
「えへへ……お姉さんはお姫様みたいに綺麗よ!」
お忍びで加わっている王太子夫妻の元にも酒が配られた。樽の中は事前に調べてあり、容器は予め別にしておいた物を使用。
警備に扮した騎士が村長の傍でさりげなくそれを渡し、物怖じしなさそうな村の子供に運ばせる。
慈善活動で小さな子供に慣れているキャシーが屈んで杯を受け取る。
それに倣ったサミュエルも屈み「ありがとう、小さなレディ」と少女に笑い掛けると、照れ臭さに顔を真っ赤にしながら「きゃー!」と顔を隠し転がるように走っていく。
それを近くで見ていた少年が、キッとサミュエルを睨むと、少女の名前を呼びながら追い掛ける。
微笑ましさに、ふたりは目を合わせて小さく吹き出した。
「……酒精が強い、君は飲まない方がいいだろう」
「あら、私は案外強いのですよ? おそらくは旦那様よりも」
「そうなのか?」
「ええ。 ……うふふ」
キャシーは「一度『旦那様』って言ってみたかったんです」と小声で続け、それにサミュエルが僅かに頬を染める。
ふたりはまだ新婚らしい、甘やかで穏やかな時間を過ごしていた。
この後に続くことへの不安など、まるで微塵も感じていないよう。
実際、何も知らないサミュエルの不安は既にこの夜のことよりも、キャシーの気持ちにある。
浮かされた初恋の熱や若さ故の潔癖なこだわりは、そのせいで初夜の晩にキャシーに向けて発した、自分の迂闊な発言への不安へと変化していた。
キャシーは『全て話す』と言っただけで『ジョージナと再会する』とは言っていないけれど、わざわざ遠出するあたりで会うのではないかと思っている。
ジョージナと再会したら、やはり胸はときめくだろう。だがそれはもうきっと、以前とは違う──その確信は日々、妻へ抱く穏やかで温かい想いと共に深まっている。
それより彼女に胸をときめかせた自分を見て、妻がどう思うかの方が気になる。
正直、会いたくない。
本当はもう真実など、と思っているけれど、期限があるだけに今更撤回というのも憚られただけだ。
(……まあ、新婚旅行だと思えば)
そう自分を誤魔化してここまできたものの、前提が前提だ。内心は全く穏やかではなかったが、意外にもキャシーはこの通りお忍びを楽しんでくれている様子。
「折角だから、もう一度呼んで? 僕の可愛い奥様」
サミュエルは抱いた妻の腰を引き寄せ、そう囁き返す。
──周囲から見たふたりは、とても仲のいい幸せな夫婦で。
キャシーの内心など知らないサミュエルも、そうだと思っていた。
脳内お花畑チョロイン→サミュエル (※ただし浮気はしない、昔ながらの真性清純派)