夏至祭りの女王/エディ
「あら、天気雨……」
「夏至祭りには相応しいですね。 きっと木々の雫が祭りのランタンの灯りに照らされて、幻想的に輝く素敵な夜になるでしょう」
「まあ、エディ。 貴方詩人だったのね」
イヴリンの言葉にエディは照れ臭そうに頭をかいた。
彼はジョージナについてのことは、なにも知らない。だがイヴリンとの付き合いはあり、ジョージナを最初に見付けた夫妻とも交流がある。妻が謎の画家だと薄々気付いているが、特に興味はないので素知らぬ顔だ。
森の湖で魚を取ることができなくなってから、エディは魔女と敬われる村の物知りな老婆ヘーゼルの助言で、手伝いや御用聞きをして日銭を稼ぐようになっていった。
当時、街は大分発展していたものの、まだ村は手付かず。村と街は然程距離が離れているわけでもないが、当時は都市開発により特に仕事が溢れていたのもあって、若者はこぞって街に移住していた。勿論近いだけあり、実家を気に掛ける者もそれなりにいたけれど、だからこそ残った老人達と街に出た若者達を繋ぐこの役割には需要があり、エディが生活に困窮するようなことはなくなった。
村と街の往復を続ける中で、元々聡明な彼は如才無く人脈を広げていた。だが、それをなにか自分の立身の為に活かそうとはせず、それ故付け込まれて利用されることもなかった。
エディは平穏な生活の維持、程度の欲しか持っていなかったので。
それには湖での、あの出来事が根底にある。
『過ぎたるは及ばざるが如し』だ。
そんな欲のないところと真面目さ、聡明さを買ったイヴリンは、彼を信頼しなにかと重用している。
事実、エディは役に立った。
土地神を信仰しているこの国なだけに、西の森のような場所の管理は難しく、開発は更に難しい。信仰を尊重し慣習に倣って伐採や管理を行いたくとも、以前の領主が強引に開発を行おうとした為、当時の記憶のある村の老人達の外部への不信感は強く、頑なだった。
村の発展が遅れたのにはこのあたりにも理由があるが、エディは村への領主側からの仲介役として、そして説明役としても活躍した。
彼の方もイヴリンには感謝している。
エディを見い出し、それができるだけの知識を与えてくれたのは、当時まだ侯爵夫人だった彼女だ。
「それ、気に入った?」
「ああ……いや、複数あるので。 商品サンプルですか?」
「可愛いでしょう? 残念ながら今年の夏至祭りには間に合わなかったけれど、土産物として売りに出すつもりなの。 ひとつあげるわ」
「……俺にですか?」
エディは苦笑した。
商品が明らかに女性向けだからだ。
それは白磁に青の染付が美しい陶製のオルゴールで、テーブルに置かれているのは少しずつ異なる三種類。
土台の部分には、妖精や少女達の衣装によく使用される刺繍を模した柄。
メインモチーフは一組の踊る男女で、音楽と共に回る仕組み。
ポーズと男にはいくつか種類があるが、女はどれも同じ、長い髪を垂らし薄いシュミーズドレス一枚を纏った姿。
──『夏至祭りの女王』と言われる精霊だ。
これはエディの住む村に伝わる話で、舞台は森の湖。
ベースは他の夏至祭りの御伽噺と同じだが、美しい女性の精霊が気に入った男を誘惑し、宴に引き込むのだとされている。
湖の精である彼女は妖精達の宴の主役で、美しいモノとダンスが大好き。一度気に入られると、彼女が飽きるまでダンスは終わらない。
気に入られた男は外界と切り離された永遠のような時の美しい世界で、解放されるまで踊り続ける……というややホラーじみた内容。
夢見心地のままなのが、せめてもの救い。
時代により脚色されたのか、これにも更にいくつかのパターンはある。
女王は嫉妬深く、カップルだと狙われやすいとか、美しいなにかを捧げれば回避できる、だとか。
レスリーに話し掛けた少女の挿した花も、売っていたブレスレットもそれで、魔除け的な意味を持つ。特に嫉妬深い王女には、男女が互いにプレゼントした物だと効果的だそう。
夏至祭りの御伽噺は住んでいる村によって微妙に違うけれど、数年前から『夏至祭りはこの話』というふうに『夏至祭りの王女』が定着しつつある。
ただの妖精よりもシンボリックな『美しい女性の精霊』の方が、商品化するのには良かったのだろう。
ただ、エディはこの話が苦手だ。
夏至の夜という縛りからは外れているけれど、実体験に通ずるモノがあるから。
話にしてしまえば大したことのない自分の体験談だが、あの得体の知れないなにかに追われる感覚こそが恐ろしいのだ。
その恐怖は凄まじく、忘れることはできない。今でもたまに夢に見ては、いつも大量に汗をかいて起きることがある程。
それでもエディは森も村も愛している。
畏れ敬うことは大切だ。
あの経験は、その気持ちを忘れないよう刻みこまれたのだ、と思うことにしていた。
「まあ……折角なんで有難く頂いておきます」
「待って、可愛く包んであげるわ」
「……そりゃどうも」
エディは再び苦笑した。
どこから耳に入れたのか、女性を村の夏至祭りに招いたことを知っているのだろう、そう思って。
(約束したワケでもないんだが……まあいいか)
ほんの少しだけ、期待している。
名前も知らない、しかもおそらく貴族の女性相手だ。期待しているのは発展性のある関係なんかではなく、ただもう一度会えることに。
なにしろ夏至の夜は、特別な夜だから。
──ただ、先ずは仕事だ。
エディは別にイヴリンと茶を飲みにここに来たワケではない。
「こちらが変えた鍵です。 清掃は抜かりなく……火はいつでも使えるようにしてありますが、風呂はありません。 酒とツマミ程度の物はテーブルに。 食器棚以外の棚の物は動かさないようお願いします、よくわからない薬があるものですから」
「ええ、心得ました。 警備の方には皆、こちらの夜光石の腕輪を」
「村の重鎮と警備には周知させておきます」
今夜、お忍びでやってくる王太子夫妻の為に、護衛騎士達と村の上役との連携を取りたい──という命令の為に動いている。
一応は希望であり要請の体だが、実質命令でしかない。
それでもエディは相手が誰であれ、抵抗する気でいた。
しかし、夜の森の危険性と神への畏敬──伝承通りのことが起こる可能性を理解し『それでも必要があるから』『指示さえ守ればなにが起きても責任は問わない』とまで言われてしまえば、もう拒めなかった。




