警鐘
『妖精の悪戯』──そんな話はこの西の森付近だけでなく、どこにでもある。
悪戯の種類は、人間にしてみれば残酷で傍迷惑でしかないモノもあれば、ちょっとした幸運にあやかったりホッコリするようなモノまでと、多種多様。
それだけにそういった事象が起ころうと、それが本当に『妖精の悪戯』かどうか、というのは判断が難しい。
どうにも説明がつかない不思議な話もあれば、なにかしらの理由付けができる場合もあるだろう。
『ふたりのジョージナは同一人物』という想定は、まさに『妖精の悪戯』のようだが、それはそれ。
レスリーは御伽噺などを含めた伝承を幅広く調べたけれど、そもそも彼女は超自然的な話を頭から信じる程夢見がちでもない。あくまでもそれらは納得する為の材料である。
だから彼女にとっては、それらの全てが説明のつかないような不思議な話である必要もなければ、この想定に全く関係しないようなことでも構わなかった。
御伽噺などの伝承や信仰による禁忌は、危険な場所や行為への警鐘として機能する面もある。
人為的であれ、超自然的なモノであれ、それがジョージナが関わったと思しき場所が危険なところであり、実際に彼女以外にもなにかしらのかたちで被害が出ているならば、その被害を理由に納得することができる──そうレスリーは考えた。
レスリーがしたのは、この地に溢れる伝承を文献から漁り、失踪を中心としたいくつかの条件に該当するモノについては『過去、実際にそれらしい事件は起きているのか』を調べること。
その結果わかったのは、ここ数十年で言うと驚く程にそういった事件・事故の件数は少ない、という事実だった。
それにガッカリしたからこそ、エディのことも誰かに任せて報告させるのではなく、わざわざ自ら赴いたのだ。
そのお陰から、別のかたちで納得するには至ったが。
祭りの賑わいに今更のように気付く。
御伽噺などの伝承や信仰による禁忌が、危険な場所や行為への警鐘として機能する──それが広がった経緯と、この土地の発展を考慮して調べなかったことに。
──事件・事故の少なさ。
これは周辺の管理と発展も関係している。
単純に無断で森に入りづらくなったのと、人と街や村の明かりが増えたことで入って迷う、迷った際に助けを求めるのが不可能な状況になる、というのも以前より少なくなったから。
だが一番は周辺地域が纏まったことで、伝承による間接的な警鐘が周知されたことだ。
寝物語や躾の際の脅し文句などで日常的に伝えるだけでなく、祭事などを行うことで自然への畏敬の念という共通認識と信仰を引き上げた……つまり領主などの管理する立場の人間のみならず住民の意識も高い為に、事件や事故が未然に防がれているのである。
その『未然に防ぐ』には、間接的だけでなく直接的にも伝承が活躍している。
その最たるものが、『夏至祭り』についての有名な御伽噺。
夏至の夜は最も神秘的な夜。
森では妖精達も宴を開く。
なのでこの夜、森に行ってはいけない。
宴の客人として招かれてしまうと、帰れなくなるから──
これにはいくつかのパターンが存在するけれど、概ねこういう内容だ。
これが伝える大切な部分を一言で纏めるならば『危険だから森には入るな』である。
酒や恋・雰囲気など酔う理由は様々だが、夜通し行われる祭りなだけに、浮かれて森に入る者は少なくない。
確かに数十年単位での事件記録──特にこの夜の失踪者の記載はないが、怪我人は毎年出ているし、死亡者がいる年もあった。
それでもこれが周辺住民らによる注意喚起を含め、ある程度の抑止力とはなっているようだというのは、数字からも充分窺えた。
だが伝承が機能するということは、もっと過去に遡ればそれなりの頻度で危険なことや不思議なことがあったからこそ。
自分が調べるべきだったのは、調べたよりも更に昔の記録──この土地にしか残っていないようなモノ──だったのでは。
それこそ真偽の程がわからないような、土地の民からの訴えの記録などを。
レスリーはそう思い、漠然とした不安抱いた。
(今更……)
そう思いながらも同時に『何故あの時エディにもっと色々話を聞かなかったのか』という気持ちが湧き上がる。
少女には『待ち合わせ』と言ったけれど、実際は約束などしていない。
普段通りならば、彼は仕事を終えると例の酒場にいる筈だが、今日は祭りな上にまだ時間も大分早かった。
逡巡をしたままの頭で、どこにいくのか分からないまま、足は勝手に動く。
「あら……雨?」
すれ違った婦人の声に、空を見上げたレスリーの頬にもポツリと水が落ちた。
見上げた空はまだ青く、太陽が眩しい。
天気雨は、パラパラと水を天から落として地面を少しだけ潤すと、どうということもなくすぐに終わった。