夏至祭り
キャシーとレスリーとの関係は、今迄通りに見えてやや変化していた。
勿論立場が変わったからもあるが、それよりもジョージナのことをあまり良く思わない上、あからさまではないがどこか探るようなレスリーの動向を気にしたキャシーが、彼女との付き合いを控えるようになっていったことが大きい。
騎士ではないが、辺境伯の娘として一通りの武術と指揮官としての教育を受けていたレスリーは、キャシーが王太子妃となったら側付きとして王宮に残るつもりでいた。
女性騎士は少なく、実質いないに等しい。
忠誠心が高く健康な侍女の中に多少の護身術を仕込み、更に選ばれた者達の中に女性騎士として名乗ることを許される者がいる、程度。
女性騎士育成の為にも残る意味はあるが、あくまでもキャシーの為に残りたかったのだ──と今更自覚したレスリーの気持ちは定まらず、気持ちに伴い立場も未だ定まっていない。
表舞台に立たなくなったジョージナは国王夫妻とランサム家に守られているようで、その情報は一切入って来なかった。
それでも彼女のことをしつこく調べずにはいられなかったのは、ジョージナではなくキャシーへ抱いていた想いの未練と執着から。
エディの言葉でようやく自身と向き合えたレスリーの心は柔らかな諦念に凪いでおり、それは思いの外前向きともいえるものだった。
もうあの村にも、行くつもりはなくなっていた。
最後のエディの、社交辞令とも慰めとも取れる誘いがなければ。
──だから。
「!」
夏至祭りの為にやってきたレスリーが、人混みの中にお忍びで赴いている王太子夫妻を見付けたのは、全くの偶然だった。
(見間違いか……? いや、私がキャシーを間違える筈がない……)
とはいえ夏至祭りはこの辺りの風習で。
今レスリーがいるのも村よりも手前の少し大きな街であり、そこここで催しも行われている。
王太子夫妻成婚後、数ヶ月。
近隣諸国や国内の重鎮達への顔見せや交流もようやく落ち着いてきた頃であり、本格的な社交シーズンに入る直前だ。まだ夫婦となったばかりのふたりの息抜きとして、純粋に祭りを楽しみにやってきていてもおかしくはない。イヴリン・マッコイとの関係もあって、お忍びに使うなら最適とも言える。
(だが……)
これまで調べたこともあり、レスリーはなにか不穏なモノを感じずにはいられなかった。
「お兄さん、お兄さん」
暫しその場に立ち尽くしたレスリーを現実に引き戻したのは、10代前半位の少女の声。
「えっ」
「あれっ? お姉さん?? ごめんなさい、綺麗なお兄さんかと」
そう笑って舌を出した少女のおさげ髪には花の刺繍の入った赤いカチュームと白い夏椿。エプロンドレスの下にはやはり花の刺繍の赤いスカートを纏っている。
周囲には似たような格好の娘が多く、これが夏至祭りの装いであることを物語っていた。
この娘が他の子と違うのは、大きな籠を持っていること。どうやらなにか商品が入っている様子。
少女は売る気があるのかないのか、籠にかけられた布を取る素振りもなく、屈託なく話し掛けてくる。
「お姉さん、他所の人でしょう?」
「わかる」
「わかるわ。 こんな綺麗な人ここいらじゃ滅多に見ないもの。 それにその格好、まあ祭りの本番は夜だけど……」
この一年で最も日が長いこの日。既に街はお祭りムードではあるものの、少女の言う通り祭りの本番は夜。
夏至は最も短く神秘的な夜の日とされており、夏至祭りは夜通し行われるのだ。
「はは、おかしいかな?」
「ううん、とても素敵よ。 だから余計に危ないの」
「ああ……夏至祭りの言い伝え?」
「あら、知っているのね。 じゃあコレ、どうかしら? お連れ様は?」
そこで少女はようやく籠の布を取った。
中には可愛らしい、手作りのブレスレット。
「生憎、待ち合わせでね。 でもそうだな……ありがとう、ふたつ頂くよ」
──この地には不思議な伝承が沢山あることを、レスリーは知っている。
ジョージナを調べた結果だ。
ジョージナが見つかった経緯や場所は伏せられており、初動の良さからイヴリンを経由しすぐランサムに伝わったことで、ほぼ秘密は守られていた。
ランサム公爵家の血に間違いはなく、王太子に気に入られた娘のことをわざわざ探るなど、他貴族にとっては薮をつついて蛇を出すようなモノ。
勿論レスリーも知らなかったし、家の力を借りようとすれば反対されただろう。
だが、ジョージナが離脱することになった事件がこの地で起きたことや、キャシーに疑いを向けたことから徐々に色々なことが見えてきていた。
『ジョージナは、かつてのジョージナ』
そんな荒唐無稽な想定をしたのは、かつてのジョージナが行方不明になったのが旧道だったことがきっかけだった。
周辺を調べた結果、出てくる不思議な伝承。
エディと会ったのは、実際に妙な体験をした者に話を聞きたかったから、というオカルトじみた理由がひとつ。
もうひとつは割と現実的で、ジョージナを発見しイヴリンに保護を要請したのが彼ではないかと考えていたから。
これは調べた結果によるが、イヴリンの事後処理が巧みであった為、間違いをつかまされたのだ。
伝承云々に関しては、馬鹿馬鹿しいのは承知。
なんなら自身が一番そう思っていたけれど、そもそもレスリーは自身が納得できれば構わなかった。
真実かどうかなどはどうでも良いことだ。




