無自覚な協力者
ひとつ溜息を吐いた後、キャシーはまた視線を落とし、自嘲するように頼りなげに笑う。
「こんなことを口にするのは、貴族淑女としても殿下の婚約者候補としても良くないとは思うのですが……私、ジョージナ様のお気持ちがわからなくて」
『贈り物をしない』という決まり事の本質を見誤ったキャシーは、本来諌めるべき立場にありながら軽率にも殿下の気持ちを優先し、唆すという愚行に及んでジョージナを困らせたことを猛省していた。
手紙にそうとは書いてなかったけれど、ジョージナはきっとそのあたりも知っているのだ、と思ったので尚更。
「あら? まあ……私、存じ上げませんでしたのに」
「ふふ、私も最初こそそう思ったのですが、もしかしたら違うのかしら、と」
ほとぼりが冷めると知らないのでは? と思えてきたものの、唆したのが事実なだけに聞くことは憚られた。少し浮かれていた自覚と反省もあったキャシーは、全体的に一歩引き俯瞰で眺めることで、諸々を客観視しようと試みたそう。
どうやらそれが、彼女の周囲への態度の変化だった様子。
キャシーはおっとりと大人しそうに見えて、非常に能動的。申請で残るモノだけでなく、社会的な意味で功績を一番挙げているのは彼女だ。
知識欲が高く、真面目さ故に突き詰めていくタイプ。ただしその分いざ集中すると、他のことに気を配るのが疎かになりがち。
それを自覚している彼女の機微は、アントニア程敏くはないが、考えることがそもそも好きな質だ。
爪紅を贈ったことの意味を幾つか推測し、その後のジョージナの態度を見てその真意を探っていた。
「ジョージナ様のお心は殿下にないのでは? いえ、それ自体不思議だとは思いませんのよ……ただ」
キャシーは言葉を濁す。
その割に夜会後のジョージナは、サミュエルに対しどこか思わせぶりな態度で接していた。そこが気になったのだ。
そしてアントニアと同様に、『王太子妃になりたくないのでは』と感じるに至っただけに、今回のことも。
「キャシー様……」
「ジョージナ様!」
顔を上げたキャシーは、先程より更に真剣な表情で、スカートの布を握りしめながらこう言った。
「もしやキフト令嬢やお家の方から、何か言われてお困りなのでは?」
「──」
(なにを言われるのかと思いきや……)
これはまるっきり想定外だった。
キャシー・スタレットという女性は、とんでもなくお人好しらしい。
彼女の悩みは『ジョージナの本心がわからないこと』であり、情であれ責任感であれそれが自分の意思なら構わないが、他人に強制されて辛い思いをしているのでは、と心配されていたのだ。
「貴女は王太子妃として相応しいお方。 殿下もお望みですし選定まであと僅か、このままでしたらジョージナ様で決まるでしょう……暫く領地に戻っておりお会いできなかった期間に、私もどうすべきか考えておりましたが、結局のところ、私にできることはお支えすること程度かと」
「まだ決まっておりませんわ。 それに私は、キャシー様が選ばれると思ってますのよ?」
逃げるから、という前提ありきではなく、ジョージナはその可能性もそれなりにあると思っている。
実際、夜会後のキャシーはサミュエルの気持ちを慮りながらも、やんわりと諌めるようになっており、ふたりの距離は縮まっている。
元々、初恋に浮かれながらもままならない気持ちを持て余しているところのあったサミュエルだ。彼女の親しみやすく穏やかなところもあって、苦言にも素直に耳を傾けた。
そのお陰でジョージナもサミュエルといい距離感が保てたし、なによりキャシーの存在は、彼が元王太子のようにはおかしくなっていない大きな要因のひとつと言っていい。
「勿論私も、選ばれるよう努力はして参りましたし、今もそれは変わりません。 ただ、そうなるだろうと予測し、覚悟してもおりますの」
ジョージナが望むなら、女官か侍女として王宮に残ることも考えているらしかった。
どこまでも善良で、ジョージナは呆れた。
(どう育ったらこんな風になるのかしら?)
特別なにかをせずとも勝手に理想的な動きをしてくれたのは、彼女が賢く善良で、優しい女性だからだ。事実、彼女の推測は概ね正しく、今までジョージナに聞かなかったのも配慮と無力さの理解から。
悪意や嫉妬を受けたこともそれなりにある筈なのに、思考や努力の方向性が真っ直ぐなことに、驚きを禁じ得ない。
少し情が厚過ぎるところは問題だけれど、スタレット家の教育の賜物ならば『親の顔が見たい』と思う。通常使われるのと逆の意味で。
「不幸な事故の最中に不謹慎とは思いますが、こうして王宮外で、直接お伺いする機会があったことには感謝しておりますの。 今回の件で申請なさったのは、ご自身のお考えと受け取っても?」
申請が通り、王太子妃の割り当てを使用──つまり公的資金がなにかに導入されれば、功績として残る。
だからこそコレを使ったジョージナに、返事を躊躇うことはない。
「ええ」
キャシーの善良さは有難いが、少し良心が咎める。そんな自分を鼓舞するように、駄目押し的な言葉をジョージナは続けた。
「ですが……仰る通りですの。 私、本当はずっと不安で。 いいえ、誰かになにかを言われたとかではございませんのよ?」
「ジョージナ様……」
「せめて今できることを、民の為に、と。 言い訳ですが、そう考えないと動けなかったのです。 不謹慎なら私の方が。 申請した理由は結局自分の為ですし、今キャシー様のお心に救われてますもの」
キャシーならばこの言葉を信じるだろう。
尤も、殆ど事実ではある。
根底が違うだけで。
──兎にも角にも、これで今までの行動の矛盾に理由がつき、ジョージナが葛藤しながらも王太子妃になる覚悟を決めていた、という伏線ができた。
アントニアや双子に話し、『ジョージナがこう語った』と言わせたところで然したる説得力はない。だがその点、キャシーには大いに期待ができる。
ジョージナは、逃亡計画を早めることにした。




