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ふたりのジョージナ  作者: 砂臥 環


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16/34

焦燥

 

 先の夜会。

 ジョージナは、ドレスに合わせた手袋を纏って現れた。その下の爪がどうなっているか、わからないように。


 少し前のジョージナならば、サミュエルに爪紅のことをやんわり諌めだだろう。だが今のジョージナにそれは愚行に外ならない。

 代わりに彼からの爪の色への遠回しな質問には、可愛らしくはにかんでやり過ごした。


 アントニアの希望の為に、サミュエルとの関係はギリギリまで上手く維持せねばならない。

 彼にはまだ、恋の熱に浮かされた愚鈍な青年のままでいて貰わば困るのだ。


 その一方、キャシーに爪紅を贈った際につけた手紙には、未使用のまま殿下の贈り物を彼女に贈ったという経緯とその詫び、そして『貴女も贈られたことにすべき』という旨を記した。

 ジョージナは、キャシーが微笑ましさから彼を唆したことを知っているわけではない。ジョージナにしてみれば、『問題になりかねないから、二人とも貰ったことにしましょう』と持ち掛けることで『今の時点で事を荒立てるようなことは容認すべきでない』という懸念を伝え、それを共通認識としたかっただけである。


 サミュエルには必要以上に恋に溺れないよう、不器用で清廉なままでいて貰うのが望ましい。

 元王太子であるあの男(ルパート)のように、暗い情熱に本来の能力が傾けられないように。

 そのいい塩梅を保つ為にも、キャシーは必要不可欠なパーツだ。


 少々邪魔であるレスリーは、あからさまに遠ざけた。一番期待する効果は、キャシーに自分の彼女への警戒が伝わること。一旦キャシーと距離を置いた理由の一番もこれだ。


 キャシーはレスリーを信頼しているだけに、三人で仲良くすれば余計なことを喋りかねないが、情が深く生真面目だ。

 爪紅のことも含め、『貴女にしか言えない』と寄りかかれば口は割らないだろうし、いい仕事をしてくれる筈だ。

 彼女の役目は主にサミュエルに対してだが、王太子妃になるのは彼女で決まったようなモノなのだから、ある意味当然の責務。

 彼女になにをどこまで話すかは、今後の状況と記憶次第といったところ。





 こうしてかつてのジョージナが培った機智を駆使し、上手く立ち回った今のジョージナの周囲は、それなりに穏やかだった。


 レスリーはそれをさも不穏であるかのように受け取っていたけれど、それも間違いではない。概ね立場による視点の違いであって、アントニアや双子がなにかをする可能性だって、今もあると言えばある。

 最もレスリーが間違っているのは、アントニアの危険性がどうとかよりも、彼女を『貴族令嬢』として見ていることだ。


 もともと彼女は美しいものが好きで、他人の才能や努力だって認めない人間ではない。

 気に食わなければ潰す、という苛烈さはあるにせよ、分別も困らない程度には持ち合わせている。


 逆に言うと、困らない程度にしか分別がない。

 彼女の価値観は貴族令嬢としてのソレからは逸脱しているのだが、困らない程度にある(問題にならない)ので、表面的なお付き合いしかせずにいたレスリーにはその点を踏まえて警戒するのは少し難しかったようだ。

 そのあたりが『なにをするかわからない』という懸念になるのだろう。


 だが実際のところ、サミュエルを見限った今、アントニアはキャシーに特になにかしようとは考えていないようだった。キャシー・スタレットという個人で言えば、アントニアにとって嫉妬心を抱くような存在でも、気にする程目に余る存在でもないのだ。


 アントニアは、想像していた以上にジョージナを面白がった。


「それで貴女、これからどうなさるの?」


 こうして安全な(断りづらい)場所で困らない程度に誘い共に過ごしたりと、好意的に接してくる。その割に良くも悪くも、なにかをしてくる様子はない。

 そこにはジョージナの動向を楽しんで観察しているような節があり、『どのみち(タチ)は悪い』と言わざるを得ない。


「……アントニア様は、やはり精霊かなにかなのでは?」

「またそんなことを仰って。 貴女こそそうだわ、ジョージナ(・・・・・)


 時にこうして、比喩を正確に理解した貴族令嬢の表情をして同じ当て擦りで返し、また都度呼び方を変えてきたりもする。

 どこまで理解してのことかわからない……話してすら理解できるとは思えないし、話してもいないのにそんな気にさせるところが、恐ろしい。


(レスリー様より余程厄介ね……)


 気の抜けない相手であり、同時に、なにもかも喋ってもいいような気を起こす相手でもある。


 彼女が誰を……いや、なにを(・・・)思い起こさせるのか、もうジョージナにはわかっていた。





 ジョージナの記憶は、日々鮮明になる夢と共に徐々に戻っていった。


 だが、ここにきて再び迷いが生じてもいた。


 混ざり合い、溶けるように統合されると思っていた意識──それを状況が阻んでいた。

 当時とは、まるで違う。

 そのことが大きく作用している。


 アントニアに崇拝にも似た気持ちを抱く双子のように、以前のジョージナは、待ち焦がれている『誰か(あのひと)』にそんな強い気持ちを抱いていた筈だった。


 だが……今のランサム公爵家に、ジョージナを道具のように都合よく扱おうとする者はいない。

 記憶がハッキリすると共に、当時の状況や向けられる視線との乖離から、抱いていた強い不安に曇っていた視界のモヤまで晴れてしまっていた。


 今も望みは変わらないし、サミュエルを愛せる気もしない。


 ただなりふり構わず(・・・・・・・)、という気持ちは薄れ、できれば後腐れなく(・・・・・)という気持ちが強くなっている。


 これがどれだけ大きな負荷になるのか、わからないわけではないのに。


『ジョージナ・ランサム』の記憶が戻っても、諦念や怒りまでは同期できなかった今のジョージナは、やはり胡乱な存在のまま。


 自ら欲する気持ちだけは継続されていることが唯一の救い。


 それすら薄まっていくのではないか、という焦燥感と、早くなんとかしないと、という逼迫感の中。何食わぬ顔で日常を送りながら、ジョージナはただひたすら機を窺い、息を潜めるようにその時を待っていた。


 そしてそれは、唐突にやってきた。


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