変化
貴族令嬢とは家の駒であり、貴族とは国の駒──
この国で当然のその価値観に一定の理解を示しつつも、内心で『全くクソだ』と令嬢にあるまじき言葉で毒吐いているのは、バーセル辺境伯令嬢レスリー。
しかし彼女が王太子の婚約者候補として王宮にいるのもまた、家の為であり国の為だ。
次代の王妃を担うに相応しい令嬢がいなければ、その役を担わなければならなかった。
幸いにして、それは早々に回避できたものの、彼女には見届け、辺境へと報告する役割が残っていた。
(なんだかおかしなことになっているな)
アントニアが選ばれたなら辺境も独自に軍の増強を考えねばならないところだったが、意外にも当の本人がアッサリ引いた。
このままならおそらくジョージナに決まるだろう。
キフト公爵は腹黒なものの、弁えてもいる。どうやらランサム相手に自ら動く気はないらしかったが、スタレットなら別だ。
当初のレスリーの思惑通り、アントニアがキャシーから標的をジョージナに変えたことでキャシーは難を逃れたと言っていい。
標的がジョージナに変わった以上、結果的に難を逃れたのはキフト公爵家もだ。不穏な動きはいくつかあったものの、問題にできない程度で済んだ。
キャシーも同じ様な自衛はできただろうが、彼女の場合、もっと暴力的な方法を使われてもおかしくなかった筈だ。
なにしろ選定まで、もう一年を切っているのだから。
ここにきていち早く自ら辞退を述べたアントニアの決断は賞賛に値するものの、レスリーには彼女がこのままで溜飲を下げるとも思えなかった。
そして案の定、ジョージナに接触した。
しかし、その後は特になにもない。
それに気味の悪さを感じていた。
レスリーはアントニアが嫌いだが、同時に認めてもいる。
アントニアには能力もカリスマ性もある。
けれどそれを、私利私欲にしか使わない。そしてその私利私欲がわかりにくい……金や権力は既にあるだけに、そこを突き詰めようなどとは思っていない節があり、なにを仕出かすかがよくわからない。
サミュエルにアレを御せるだけの力があるのなら別にアントニアでも良かったけれど、彼にはそれがない。だからこそ彼女はキャシーを推して庇護し、ジョージナを推したのだ。
(アントニアの興味がサミュエルからジョージナへ移ったのなら、まだなにか起こる)
レスリーはキャシーの安全を再度強めるべきだと考え、配下に命じた。
アントニアがどうあれ、彼女はもう離脱した身だ。彼女が王太子妃として選ばれることはない。
だがキャシーにはある。
潰し合うのは構わないが、誰も残らないのは困る。レスリーは責務だから仕方なく候補者として立っただけであって、王太子妃になるつもりなどないのだから。
色々思惑はあれど、キャシーについてのみは純粋に心配だという部分も強い。
しかも最近急に、ジョージナがキャシーと距離を置き出したのだ。
「やあジョージナ嬢。 ひとりかい?」
「いいえ、王宮ですもの」
そして──この返事だ。
にこやかにはしているものの、ジョージナは明らかにレスリーを警戒し、それを隠そうともしていない。
「……随分つれないな」
「ふふ、私達は一応ライバルなのでしょう? 適切な距離なのでは?」
「ライバルなんてとんでもない、淑女として私が貴女に勝てるところなど微塵もないのだし」
「まあ、ご冗談を。 ご謙遜も過ぎると嫌味になりましてよ?」
「……」
彼女の心を探ろうにも、こうして慇懃無礼に返されるのみ。妙に挑発的だ、と感じる。
キャシーとは違い今までだって一線引いた遣り取りしかしなかったのに、こうしてわざわざ示す意図はなんだ、という疑問。
しかしレスリーとて、自分の采配で使える手駒が多いわけでもなく、また今以上家の力を借りられる程の説得力のあるなにかを持ち合わせているわけでもない。
手が足りない中辛うじてわかったのは、ジョージナがゲートスケル家の双子と接触しているようであることくらいだった。
そして、サミュエルが初めてジョージナをエスコートする夜会がやってきた。
選定を目前に、突然の婚約者候補として現れた彼女。一応はそれらしい理由を広めてある上、『ランサム公爵家のご令嬢』だけに、表立ってなにかを言う者はいないものの、不審がる者は少なくない。
これはジョージナの立場をハッキリさせる為の夜会とも言えた。
ジョージナはそんなことを全く圧とも感じていないような、堂々たる振る舞いと美しさで現れた。エスコートする王太子殿下の、彼女に対する隠しきれていない思慕は勿論のこと、他候補者……特にキフト令嬢と仲良くしている様子に、陰口を叩いていた者達は一様に口を噤むこととなったのである。
この夜会を警戒していたレスリーだったが、特になにも起こらずに終わった。
しかしその夜会以降、ジョージナを中心に、周囲を取り巻く人間達の空気がまた微妙に変わっていた。
レスリーが気になるのは、やはりキャシー。
ジョージナは何故かまた彼女と仲良くするようになった。なのにキャシーはこのところ、なにか悩んでいるようにレスリーには感じられた。
しかもそれを自分に話してくれることはなさそうで……いつも微笑んで、やんわりと躱されてしまう。
レスリーはそれがとてもショックだった。