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縋るべき運命

 


『一生そうしているつもり?』



 アントニアのこの言葉はジョージナの胸を強く、深く刺した。


 ジョージナは未だ、記憶を取り戻してはいない。けれど、薄々『自分が故ジョージナ・ランサムなのでは』と感じてはいる。

 そんな自分への違和感と不安はいつまで経っても消えず、色濃くなるばかり。

 未だにどこにも居場所がないと感じる気持ちを止める手段はなく、表に出さないように気を付けながら息苦しく過ごすしかない。


 ジョージナは苛立ち、心底ウンザリしていた。

 なによりも、そんな自分に。


 もし自分が死んだとされているかつてのジョージナだとして。今のジョージナがその記憶など思い出したところで、なにができるというのだろう。

 誰も信用ならないと感じるのが記憶の影響からなら、余計に。


 それさえなければ、勝手に追い込まれ自ら判断せざるを得なかった今のこの状況だって、本当は回避できていたのかもしれないのだ。


 思い出せない今ですら、その影響(カゲ)にいつもただ振り回され(・・・・・・・)従っているだけ(・・・・・・・)──問題はそこに尽きる。

 何故失踪当時と年齢が変わらないのかや、失踪の真相などは大した問題じゃない。


(私は私よ……かつての『ジョージナ・ランサム』じゃない!)


 胡乱な存在であるジョージナは、いつまで経っても自分が胡乱なまま。それでも今になってようやく自己を自覚し、かつてのジョージナを拒絶しつつあった。


 外側だけ(かつてのジョージナ)取り繕って(支えに)生きて行くのは、嫌だ。


 その自覚した『自己』とやらも、怪しいモノであり、甦らない記憶が抱かせる不安や恐怖が齎したのだとしても、もういい──そう思わせたのはアントニアの言葉であり、ここにきてイヴリンの名が出て、あの森の風景に再会したこと。


 それはただの奇妙な偶然だが、そんな偶然の重なりを人は運命と呼び、心をざわつかせる。


 それに縋りたい人の心がそう呼ばせるのだとしても、少なくとも胡乱なジョージナに明確なひとつの意志を持たせたのは、この偶然の重なりだったと言える。

 運命という言葉がただの欺瞞に満ちたモノだとしても、彼女にとっては『自分がそれに縋りたいのだ』と自覚したことにこそ、なにより意味があるのだから。


 空っぽかもしれない器の中に、ハッキリと残る、唯一。


 待っていたかった。

 誰かわからない、約束の相手を。


 だからジョージナは、『ジョージナ』という名の何者でもない姿のまま、抗うことを決めた。


 アントニアはきっと、嘘を吐いていない。

 だが決して信用してはいけない相手だ。


(『ジョージナ・ランサム』……もし貴女が私でも、決めるのは私。 今度は私が貴女の培ってきたモノを使うわ)


 自分が立派な器の中の胡乱な存在だとしても、その朧気な輪郭を捉え具現化する画家の名はきっと、サミュエルでもジョセフィンでもない。

 待ち焦がれている誰か(・・)


 それが縋るべき運命なら、できることは約束を守り、待つこと。


 不確かな約束を優先させることを、不毛だとは露ほども思わない。なによりもそれが『ただのジョージナ』の一番の望みなのだから。


 夜の(とばり)が落ちた部屋でジョージナは窓を開け、大きく息を吸い込む。

 森の匂いがした気がした。






「うっかり眠っちゃったけど、結果としては良かったのかな?」


 そうへにょりと微笑む青年の周囲には、いくつもの死体が転がっている。

 やけに空が青く、眩しい。


「感謝してくれるなら──はぁ、疲れた。 連れてって、近いから」



 場面は飛び飛びで、目まぐるしく変わる。



 風に木々の葉がさざめくと、その隙間から射す光と影が美しく揺れる。


「だって『気持ち悪い』って言うじゃない、女の子は特にそう。 ……怖くないって言う君が変わってるんだよ」


 水面が輝く湖のほとりに座った青年は、拗ねたような、照れたような顔でそっぽを向く。



 鬱蒼と茂った森の手前に佇む小さな小屋の中には、独特の匂い。だが古びた家具は手入れされており、部屋の中は薄暗いが常に清潔に保たれ整理されている。


「このままここにいる気かい? いや、迷惑とかそんなことを言っているんじゃない。 アンタだってわかっているだろう」


 神経質そうな老婆の声色は、部屋と同じように常に一定で。あまり感情を乗せることはない。だが、心配してくれているのがわかる。



 賑やかな音楽と人々の楽しげな声。

 流石に少し遠いけれど、家の中まで届く。


「今夜は『夏至祭り』──アンタの待ち望んだ夜だ」


 そう老婆は語り掛け、どこかへと消えた。

 感情は、読めなかった。



「逃げ切れるなんて思わない方がいい」

「──」


 右腕で左腕を掴み、威圧するような視線を向け近寄る美しい男。

 男はサミュエルに似ている。


 サミュエルに似た男に、微笑みを向ける。

 その仕草をする自分の、能動的でありながら同時に俯瞰で見ているような感覚に気付く。



 ──ああ、これは夢だ。

 かつての私(ジョージナ)の記憶の、夢。



 女は自分……否、かつてのジョージナ・ランサム。

 男はルパート元王太子。


 それに気付くと、突如彼女(ジョージナ)の視点が自分のモノではなくなった。

 それ以降は完全に俯瞰で見ることになった。


「誤解だわ。 だって私は」


 ──これが一番、思い出したくないことなのだろう。


 おそらく、心が拒否しているのだ。

 知りたいと思っていても、知ることと感じることは違うから。


 漠然とそんな風に思いながら、ジョージナはかつてのジョージナの言葉を待った。



「貴方をお待ちしていたのですもの」



 それはきっと、心からの笑顔──俯瞰で見ていたジョージナは、そう思った。


 自分の筈の彼女の表情に、息を呑んで。


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