はなさかじいさん
わしの家の隣には底抜けに頭の悪い老夫婦が住んでおる。
人を疑うことが悪徳だと考える二人は人を信じ続け、多くを失った。
愛してやまない息子を失った時は流石の二人も人を恨み世を恨み
正気に戻ると思ったが、ますます盲目的に人を信じるようになったしまった。
アホの二人のうち一人はわしの弟じゃった。
弟はボケも入って来て、今ではあの夫婦に疑いを持たせることの方が難しいと笑いものになっておった。
事あるごとに助けてやっていたんじゃが、そのせいでわしは業突く張りの
基地外じじと言われるようになった。
二人の元にあの犬がやってきたのは春先のことだった。
この犬どう見ても駄犬であったが
二人は犬を連れてきた町の者からこう聞いたそうだ。
この犬は、ありがたい犬で神のみ使いに違いない
この犬が掘るところからは金銀財宝が出てくる。
自分は十分に儲かったから、いつもお世話になっている二人にあげよう。
ただそんなお犬様をタダで貰ったと噂が立って二人が後ろ指刺されるのは
忍びない。
そこで私に米を二斗程用立ててくれまいか、さすれば私がちゃんと納得出来る金額でお犬様をお二人にお譲りしたと町の者に説明しよう。
なに確かに金銀財宝を掘り当てるお犬様にしてみればタダ同然ではあるが
町の者らもお二人に感謝しておる。
そこも含めわしが説明すれば文句を言う者などいまいて。
わしはあきれてものが言えんかった。
怒鳴りつけてやろうかと思ったが、目元が息子に似ておると嬉しそうに話す二人を見てこやつらの家の事だと言葉を飲んでしまった。
その犬が駄犬以下だと分かったのは少したってからじゃった。
町の者が言った通り、この犬あちらこちらを掘り返す。
勿論、金銀どころか馬の骨すら出てこない。
それどころかわしの畑まで掘り返して荒らす始末。
少なくとも畑を掘らんように躾けをせねばなるまい。
そう思って、今も無我夢中でわしの畑を荒らしている犬にわしは近づいた。
一、二度叩けば止めると思って近づいたが、近くで見ればこの犬の様子
尋常ではない。
所かまわず掘るせいか、前足、後ろ足、口に至るまで血が滲んでいた。
にも拘らず、掘るのを止めようとはしない。
この犬、狂っとる。
思い当たる節があったわしは直ぐに家に戻り、桶で水を汲んできた。
思った通り、その犬は近くに水を置いただけで、水を異常に怖がった。
このままではまずい
何が神のみ使いじゃ、とんでもないもんよこしおって。
決断したわしはその犬を桑で打ち据えた。
二人にはとんでもない駄犬だったから殺して燃やしたと正直に話した。
病気だったと説明しようとしたがいつまでもいつまでも二人して泣き止まず。
あまつさえ燃え残った灰でいいからくれと言ってきた。
駄目だと言ったら、形見だ、後生だと泣きついてくる。
恨まれた方がましじゃ。
まあ骨も残らぬ程念入りに燃やしたから大丈夫であろうと灰をくれてやった。
灰を町中にばら撒く爺がいると噂がたったのはその後直ぐの事じゃった。
そんなアホな事をする人間は一人しか思いつかんかった。
家に行くと、弟はおらんかった。
嫁に聞けば、あやつ花を咲かせに行っていると言う。
何でも、夢にあの犬が出てきて、僕の灰を撒いてくれ、そうすれば
枯れ木にだって花が咲くと言ってそうだ。
アホじゃアホじゃ、夢の中の犬にまで騙されて、犬が喋る訳なかろう。
馬鹿垂れが。
だだの馬鹿垂れで済めば良かったが、この話が既に殿さまの耳に入ってしまっておる。
小さな城下町じゃから、わしの耳に噂が入ってくる頃には、殿さまがそいつ呼び出せと言う段階になっておった。
いくら小さいとは行ってもボケた爺さんを相手にするほど殿さまも暇では無かろうが
あやつが灰を撒く際に死んだ犬の灰だと丁寧に説明しておったのがまずかった。
狂い犬の灰を撒く爺。謝って済む問題では無いな。
わしは嫁にあやつを迎えに行かせた。
その時に通りの桜並木で十分に咲かせたからあの犬も満足してると伝えろと言づけて。
幾分正気な嫁は城からの沙汰を気にしている様子だったが、
そちらは任せろと言うと足早に出て行った。
心配するな、わしは業突く張りの基地外爺じゃからな。
小さいとは言っても城は城
お庭も立派なもんで、こんな風に呼び出されて無ければ喜んだかもしれんな。
その庭にて座して待っていると殿さまのご登場じゃ。
「町中に灰をまき散らしておると言うのはお主か。」
「さようでございます。」
「何故、そのようなことをする。」
「この灰、一撒きすれば枯れ木に花が咲きまする。」
「世迷言を、お主が撒いていた・・」
「咲きますとも!・・・・・灰を持って持ってまいりましたので是非お目に入れたく。
見事、咲きましたらご褒美を頂けますでしょうか。」
「灰を・・・だと。」
「左様でございます。さてさて枯れ木に花を咲かせましょう。」