原始理論
群れには不文律が浸透していた。『自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい』という精神によって律則された。原始において生命が自身の種を繁栄させ、また保存するためには、個体の栄養摂取に同種を対象とする種は個体数の減少、それからくる環境悪化そして絶滅する。このルートを回避しえた能力を有することが生命には必要であり、偶然にせよ『自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい』という本能行動を行うことが要された。集団カイはこのマインドを有する群れだった。
カイは群れの行動を自由のもとに支配していた。十二匹のそれぞれは自由に、緻密に果実を探索し食し、自由に魚をとらえることに熱中しまた穂の実を集めた。カイは集団メンバーの食糧探索の情報を、メンバーと緻密に話し合うことで得ていた。時には指示を出しアドバイスを与え、自らの指図が失敗に終わったときは柔軟に反省し、メンバーの自由探索に集団の運命をゆだねた。集団はその構成メンバーの多様性を反映した多様な生存可能性を有することができた。
もし、カイが群れに対して厳格に役割分担をおこない、あるメンバーに「この木が成す実はおまえたちが取れ」と指図し、また魚、穂の実についても同じようにメンバーをそれに特化させたとしたら、もちろん言語ではなく身振りなどによる威圧によってであるが、その結果は、役割が形骸化、固着化することで、群れの食物の探索は隙間だらけとなり急減し食糧危機におちいったであろう。群れが自由に捕食対象を探せないのであるから
カイはこのような思考実験と些細な経験から、現在の自由な群れの捕食と暮らしの安定を客観視することのできるサルだった。カイは現状に満足した。
種の発生において、自己を栄養源とするような種は増殖できず、他者を捕食するものが数を増やした。そのなかでも、自己間に『自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい』という機能を内在することで繁栄することができた。しかし、それは下位に豊富な捕食源があることが条件であった。下位の捕食源が急減したとき、自己間で共食いをおこさずデバイスを起こし生き残りを行う知能を獲得したものが世代をつなぐことができた。このとき知能のデバイスを生じたのは『自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい』というバイアスがあったからである。
この『自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい』というバイアスは、デバイスを集団にもたらし、また世代をおいて種の、知能の発達ももたらした。知能はデバイスの発達の誘因となり、種は繁栄するのであろう。
集団カイはこの”原始理論”ともいうべき思考回路をもった群れだった。これこそが野性とういべきものだった。