狙われた日本人
1
時乃は、有明の中にいた。椅子に腰かけ、グレートソードを床につけて柄を両手で支えている。時々、剣の表面に目が幾つも現れる。その目を時乃は、茶色の綺麗な瞳に映す。長い真鍮色の髪が、引力に引かれるように、垂れ下がっている。
フィンは、有明のメインコンピューター室に篭っている。
フラットは、相変わらず現場に出て仕事をしている。体を動かしているほうが、気がまぎれるからである。
メイティは、弟メルティを亡くし、しばらくは、泣き入っていたが、亜空間に棺を流したころには、何時ものメイティに戻りつつあった。そして、後藤家のメイド作業をしている。まだ、幼い輝には、メルティとメイティの区別もあまりできなく、メルティおねいちゃんと呼んでいる。
フィンは、作業を終わり、自分の体に、記録させた。そして、シールドウェーブ通信機で。
(みんな。敵新型バトルPの解析終わりました。正式名称は、バトルHM、人間型戦闘兵器。一番の違いは、シールドウェーブ、私の目が届かないように、プロテクトされています。敵には、残念でしょうが、すでに対処完了しています。敵を感知することが可能です。ただ、ハッキングは、無理です)
(ご苦労さまフィン)時乃は、剣から目を離す。
(今から、地上に出ますから、探知かけますね)
(たのむ)時乃は、剣をわき腹にしまい。格納庫に向かった。
格納庫の照明に灯を入れ奥へ歩く。数々のハルバ・エボリューション(空間機動兵器)が並ぶ。そして、赤を基調とした機体に手を触れる。
「メルティ、お前には何もしてやれなかったな。だから、お前が守った輝のため、わたしは、戦う」
時乃は、格納庫を後にした。
フィンは、後藤家の七畳半の部屋に立っていた。そして、体にオレンジのラインが血管のように流れる。そして足元を中心に光の輪が広がっていた。
「感度良好!次からは、常時索敵できる。んー。一機いますね。これはもしかしたら、体育祭に澄香を狙った機体かも。今いる場所が
学園ですし」
(敵バトルHM発見。現在、虹の原学園内)
(俺が行く)フラットが即答した。
(わかった。たのむ)時乃もフラットにまかせた。
町の中は、自衛隊、警察、マスコミが、忙しく動いていた。虹の原学園も厳重に警備されていた。
そこに、シルバーメタリックのベンツが裏門から入ろうとしていた。ベンツの窓が下げられ、真鋳色の髪をポニーテールにしているフラットが現れる。服装は、黒のベストに黒のパンツ、白い半そでシャツを着ている。身分証明書の掲示が求められ、警察に渡す。直ぐに返され、敬礼される。総理事であることが証明されたのである。
フラットは、学園校舎に入り、フィンの指示する方向へ移動していた。上履きに履き替え、黒の分厚い指だし手袋をする。移動の間、何度か教師に呼び止められたが、身分証明書を見せると、頭を下げられた。
(フラット。二階の踊り場付近。詳細な座標送ります。敵は、撃ってこないでしょうから、格闘攻撃を!)
(了解した)
階段を上がるフラット。前から一人の生徒が来る。一年二組の高遠である。指定座標が近づいてきた。高遠は、フラットとすれ違いざま、軽く会釈した。
フラットは、高遠の視界から出たことを確認すると、両手の手袋の甲から鋭い爪を出した。そして次の瞬間、バトルHMは、音も無く崩れていた。頭とコア、急所に直撃である。
バトルHMは、無警戒であった。
フラットが、学園をベンツで出ると同時に、パトカーと自衛隊の装甲車が入って来た。
再び警察官に止められたが、総理事であるため、何の疑いも掛けられることなく、行くように指示された。
二階の踊り場には、無残な死体が転がっていた。しかし、血液の代わりに潤滑油そして、機械の配線が見える。
死体を見た教師、生徒は、唖然とした。体育研修生の小田学であったからである。
学園は、休校になり、保護者が生徒を迎えに来ていた。保護者同士の会話に、引っ越しや転校のことを話している者も多くいた。
2
スクエアーフォーの第二工場は、順調に稼働していた。この工場では、蜘蛛型の警備ロボットの製造をしている。量産すれば、飛躍的に治安が回復する。
寮やマンション、アパートの建設を急ピッチで進んでいる。
時乃達の新しい住まいも完成しているのだが、有明のゲートが、後藤家にあるので、まだ、移動していない。逆に後藤家の方々を移動してもらおうかとしたのだが、輝のお婆さんに病があり、本人も頑なに拒むので、それも無理であった。
時乃は、しばらく休んでいたが、久しぶりに登校することにした。
冬の制服に袖を通し、スカートを履く、靴下は、地味な黒である。真鋳色の髪は、シールドウェーブ通信機を常時装着しているので、縛ることをしていない。
真鍮色の髪が秋風に舞う。太陽の光を受けると、不思議な色を放つ。
いまだに、警察、自衛隊、マスコミは、多いが、ひと時よりは、減っている。町もわりと活気を取り戻していた。
教室に入ると。生徒達は、時乃に視線を注いだ。まるで、珍獣でも見るがごとくに。席に座ると、時乃は、石原に挨拶をした。
「おはよう」相変わらず棒読みである。
石原は、嬉しそうに目を丸くして。
「お久しぶり、もう大丈夫?」
「大丈夫だ」
「そう、良かった。みんな心配していたんだよ」
「そうなのか」
「そうですよ」
錦野も時乃に挨拶をした。時乃は、嬉しく感じた。しかし、小田が宇宙人だったと言う話になった時は、少し目をそらした。」
ホームルームで、長原先生は、文化祭のことを話している。時乃は、一応聞くふりをしている。
「では、出し物は、メイド喫茶でよろしいですか」
男子生徒が、喜んで「はーい」と言って、手を叩いている。
時乃は、心の中で、健二と同じで結構みんなマニアックではないかと、考えていた。
女子生徒は、顔を見合わせている者、反対意見を言う者などさまざまであった。でも、多数決でメイド喫茶になった。
女子は、全員メイド服着用となり、各自用意することとなった。
時乃は、帰りに石原に誘われた。断る理由もなかったので、家に行くことにした。
時乃は、石原、錦野に憑いて行く。家にあがると誰もいないようである。石原の「ただいまー」と言う声が響いた。
リビングのソファーに座り、クッキーと紅茶をいただく。文化祭のメイド服の話になり、時乃は、以前秋葉原のメイド喫茶行った時の話をして盛り上がった。
「メイド服、二人のも用意するよ」と時乃
「悪いですよ、高いものでしょ」
「いや。大丈夫。それに、二人にはお世話になっている」
「ただいまー」
石原瑠奈の兄真咲が帰ってきた。リビングに入って、時乃と目が合ったので、少し視線をずらした。石原瑠奈は、なにげに兄の後押しがしたくてしかたがない。
「お兄ちゃん、文化祭来てね。うちのクラス、メイド喫茶だから、楽しいよ」
兄の真咲は、顔を赤らめて、
「行きますよ。そう行くよ」
真咲は、時乃のメイド服姿を想像し興奮していた。
「お兄ちゃんどうしたの」
瑠奈は、不思議そうにしている。
「何でもない、勉強あるから、失礼するよ」
「はーい」瑠奈は、兄に返事をする。
色々話は、弾み。メイド服は、時乃が用意することで、意見は一致した。
「では、気を付けてね」石原は、手を振る。
「ばいばい」と錦野も手を振る。
「またな」と時乃は、普段言葉で手を上にする。
後藤家に帰ると、二階にあがり、七畳半の和室に入る。そこには、時乃の母艦有明の出入り口がある。
時乃は、有明に入ると、居住区のショピングモールに行く。メイド服を探してみたけれど、今ひとつ現代的な品がない。やむをえずフィンに連絡を入れる。
(フィン。今風のメイド服が三着欲しいのだが、用意できないか?)
(んー。どんなデザインでもいいの?)
(そうなだー。ネットで少し調べてから、資料送るよ)
(はい。了解です)
時乃は、自分のブースに入り、ネットから、満足いくデザインのメイド服を選ぶ。ファイルをコピーして、フィンの端末に送信した。
3
文化祭当日。時乃は、フィンからメイド服三着フル装備を受け取る。かなりの荷物になった。紙袋に入れ学園に向かう。
教室は、前日に飾り付けを終えていた。あとは、クラスの女子が、メイド服姿になるだけである。一年二組は三十五名、女子は、十六名。
メイド服に着替えた女子生徒が、教室に入ってきた。
男子生徒のどよめきが起こった。私立の学園だけに各自メイド服の仕立てはとてもいいものであった。
時乃、石原、錦野は、フリルカチューシャ、ミニ丈のエプロンドレス、オーバーニー、胸のリボン、綺麗な革靴、あまりにもマニアックなため、男子生徒の目をひいた。
もう一人、異さいなメイド服の生徒がいた。頭に古風なメイドキャップを被り、エプロンドレスも古風、だぶついた感じはなく、しっかり体のラインを出すタイプである。背は低いけれど、胸の膨らみが、補っていた。時乃の後に転校してきた高遠である。
花火の音と共に、文化祭は、始まった。噂を聞きつけた男子生徒が、一年二組に殺到した。車椅子の石原といつも一緒の錦野は、入口で挨拶をする担当である。
「いらっしゃいませ。ご主人様」
「はー。ご主人様ばかりね」と石原。
「予想はしていたけどね」と錦野。
時乃は、高遠と案内役をする。
「ご主人様こちらへどうぞ」と時乃。
「ご主人様メニューです」と高遠。
そんな感じで、珍しい時乃と高遠のツーショットがあった。男子生徒は、スマートフォンのカメラなどで写真を撮りはじめる。
石原は、入口に知った顔を見た。
「お兄ちゃん、遅いよ。もっと早くこないと」
「ごめんごめん」
「いらっしゃいませ。ご主人様」と錦野。
時乃が真鍮色の髪をなびかせながら、やって来た。
「ご主人様、ただいま満席になっております。番号札を持ってお待ちください」と時乃。
石原真咲は、時乃を見ると、心臓の鼓動が大きくなり。たまらない気持になった。
「やあ!時乃さん」と挨拶してみる。
「石原のお兄さん。どうもです」と時乃。
時乃は、白い手を前に組み、笑みを浮かべてお辞儀をした。
石原真咲は、何かに限界を感じて。
「あ…後できます。じゃー」
石原瑠奈は小声で「もーお兄ちゃん」と言った。
文化祭も午後になり、メイド喫茶も空席が出始めてきたので、各自、交代で休憩を取り始めていた。
一人の少女が、学園の廊下を歩いていた。真鋳色の髪に、白い肌、茶色の綺麗な瞳、身長は百五十センチ位で、ゴシックロリータの服に身を包み、革靴の子気味良い音がしていた。その妖艶な姿から、行きかう人の目をひときわ引きつけていた。
少女は、一年二組の教室の前で向きを変えた。
石原瑠奈は、少女に気が付き。
「いらっしゃいませ!お嬢様」と言った。
時乃は、お客さんの方へ歩み寄った。
「いらしゃ…」時乃は、言葉が出なくなった。
少女は、言葉を発した。
「時乃澄香!少し話したいのですけど。無論断ってくれても結構、でも状況的に断れないかな」
石原は、少し考えて。
「澄香、休憩していいよ。他の人にたのむから…」
「気が利く、日本人のようね」と少女
「わかった」と時乃。
二人は、廊下に出て校舎の外へ移動した。
「ここにいる人を人質にして、わたしを殺すつもりか」と時乃
「今日は、話し合いに来たのですよ。お兄様」
「メルティを殺して、何をいまさら」
「だからこその話し合いですよ。わざわざ空間転移しないで、鉄道と飛行機を乗り継いできたのですから。まあ。今!攻撃の意思がない証拠に、少し空間転移しましょう」
「わかった。深さ一分」と時乃。
「空間転移、深さ一分」
時乃は、足元に聖方陣を形成し見えなくなった。
「空間転移、深さ一分」
少女、時乃真奈も魔方陣を形成し見えなくなった。
4
時乃達は、亜空間深さ一分までを、表層亜空間と定義している。通常の装備、服装で存在できる空間である。同一空間にいる二人は、攻撃し合うことも可能である。時乃澄香的には、他の人々を巻き込まないので、有利である。
「お兄様、これ以上の戦闘は、無意味では、ありませんか?」
「無意味とは?」
「部下の犠牲を出してまで、日本人を守ることです。それに、お兄様は、一度死んでいるのです。何も考えず、余生を送ればよいではありませんか」
時乃は、茶色い瞳に力を宿し。
「では、聞こう。お前が日本を攻撃する理由を」
「お兄様、私には時間がないのです」
真奈は、少し間を開けてから。
「私達は、バイタルプラントを、プレアディス星系に分散しています。それは、ウィルスによる同時感染を防ぐものでした。ですが、今、脅威となっているウィルスは、そんな対策では対処できないものでした。プレアディス星系のバイタルプラントは、ほぼ壊滅。無事だったポットを回収し、艦船に収めました。そして月日は流れ、ポット内のパイロットの寿命も近づきつつあります。そこで、私の力を使って、新しい肉体を手に入れる計画が始まったのです。それは、本当はしてはいけない禁忌。でも時間の限られた私達は、決意したのです。お兄様も、空間跳躍をして生き延びた者だから、わかるでしょ」
「要は、人の体が欲しいのか?」
「そうです!お兄様もそうでしょ」
「少し違うな。わたしのは、プログラムなのだよ」
時乃は、続けて。
「わたし自身の魂とプログラムが、後藤健二の中に飛び込み、健二の死と共に、わたし自身が再構築された。人の体を乗っ取るのとは、違うのだよ」
「詭弁ですね、お兄様」
「お前なら、理解できると思ったがな」
「馬鹿にしているのですか」
「そうだ」と時乃は、苦笑した。
「お兄様は、和解の道を閉ざすつもりなのですか?」
「そう言うなら、もう少し聞かせてもらいたい。何故、日本人なんだ?」
「お兄様、わからないですか、ご自分も日本人の中に飛び込んだのに。適合率が高いのですよ」
「何故!適合率が高いことを知っている」
「すでに日本人で実験済みです」
「そうか」
「お兄様、私は、個人的に一つ日本人の肉体が欲しい理由があります」
「言ってみろ」
「私、時乃真奈は、女になり、カールを男にしたいのです」
「愛欲に溺れた弟の言いそうなことだな」
「恥を忍んで、話したのです。私達の計画を邪魔しないでください。それに、今度は、部下一人ではすみませんよ!」
「それは、どうかな」時乃は、笑みをもらす。
「日本人のために戦うおつもりですか?」
「真奈、わたしは、学んだのだよ。学ぶ前に、お前がこのように会いに来たのなら、見てみぬふりをして、亜空間で、生活していただろう。だけど今は違うのだよ。健二が愛し、わたしの友がいる。この日本、いや地球が好きなのだよ」
「話し合いは、無駄でしたか」
真奈は、手に力を入れる。
「いや、話せてよかった」
「では、条件を受け入れてくれるのですね」
「残念ながら、違う!お前達の計画、時乃澄香が潰す」
「戦われると言われるのですね」
「その通り」
「わかりました。最後に言っておきますが、お兄様よりも、私のほうが、能力は上ですよ」
「知っている」
時乃澄香は、真奈を睨みつける。
「では、お兄様、今度会う時は、死の覚悟を」
「空間転移。通常空間へ」
真奈の足元に魔方陣が形成され消えた。
「空間転移。通常空間へ」
時乃澄香も足元に聖方陣を形成し消えた。
その後、時乃は、教室に戻り早退させてもらった。さすがにメイド喫茶を続ける気持ちにはなれなかった。
真鍮色の髪を秋風にまかせながら、時乃は、後藤家へ向かっていた。シールドウェーブ通信機で、真奈との経緯を話し、今後について語りあった。
5
スクエアーフォー第二工場の生産は軌道に乗っていた。蜘蛛型警備ロボット『コブMR』見た目は、グロテスクだが、その性能は、素晴らしいものであった。
フィンは、この警備ロボットを町の警備にあたらせるため、市長、県知事、警察、自衛隊に顔を出していた。
最初は、無人ロボットと言うこともあって、反対意見が多かったが、フィンのコブMRのデモンストレーションを見て関係者は、両手を叩いて感心した。
『宇宙人に関する事件が多発している昨今、県では、警備ロボット、コブMRの採用に踏み切った』
と新聞に書かれていた。スクエアーフォー第二工場では、量産体制にシフトした。
そんな忙しい中、フィンは、倉庫にあるハルバ・エボリューション1の組み立てを手伝っていた。
「フラット、エンジン始動」とフィン
「了解」とフラット
フラットがエンジンキーを回すと、子気味良く、ロータリーエンジンが起動し、SPCのトルネード型コンプレッサーが動き出す。
後方に空気の塊が、飛び出す。
「ブースター点火」フィンが指示を出す。
「了解、点火」とフラット。
後方の縦に並んだ噴射口から凄まじい火炎が飛び出す。組み立て半ばの機体が大きく揺れた。
「OKいい感じ、エンジン切って」
「了解」フラットは、エンジンを切る。
それまでの爆音が、嘘のように静かになる。フラットとフィンは、他の部品の組み立て
に入った。
真鍮色の髪をツインテールにし、耳に通信機をかけた時乃が、ふらっとやってきた。フラットとフィンに声を掛けようと思ったのだが、ためらった。それは、手伝うと言ったら、止めてくれと言われるのが分かっていたからである。
時乃は、整備とか、製造とかをことのほか、苦手としている。いや出来ないのである。以前も無理をして手伝い。整備するどころか、壊したことがある。邪魔をするといけないと思い。倉庫を後にした。
秋も深まり、風も冷たくなってきていた。
今日は、祭日と言うこともあり、私服姿の子供や学生の姿を多く目にする。
時乃は、白いビスチェに黒のミニスカート、黒のオーバーニー、黒のローファーを履き、上着に黒の薄手のコートを着てボタンは留めていない。
真鍮色の髪を風に任せながら、町の方に、足を向ける。
商店街に入ると、以前よりも明るく活気が出ていることが見て取れる。一番の違いは、オタク御用達の店が増えたことである。『オタッキー』とか『ゲマゲマランド』とか派手な看板が目に飛び込む。
宇宙人事件が多発したにも関わらず、人口も増え、町に活気が出たのも。スクエアーフォーのおかげである。生産も順調なため、大手アニメ会社のCGを担当することも多く、OS以外でも有名になってきている。
時乃は、商店街の一角にある鮮魚店で、足を止めた。水槽の中を見ながら。
「はまち、鯛、蛸、サザエ、ふな、違うな、セイゴ、エビ」
時乃は、魚の姿と名前を完全に覚えてるわけではない。詳しい人が見ていたら、指で指している魚と名前が違うので、笑えただろう。
「おーい!澄香」と元気な声がする。
石原瑠奈である。車椅子は、兄の石原真咲が押している。
時乃は「こんにちは」と可愛く挨拶をし、少し頭を下げる。ツインテールの髪がふわりと前にくる。
「こんにちは」と石原真咲も明るく挨拶する。
「澄香暇?」と石原瑠奈は、聞いてきた。
「手伝いしたいことはあるのだが、結局できないで、暇にしている」
「美味しいコーヒーを入れてくれる喫茶店があるの、行かない?」
「行ってみる」と時乃。
「決まり!お兄ちゃん。喫茶桜の花に出発」
「恥ずかしいな。もう少し小さな声で言えよ」
と兄の真咲は、ぼやく。
商店街を少し離れた県道沿いにある、ログハウス調の雰囲気の良い喫茶店である。
石原真咲が、お店のドアを開けると、ベルが、可愛らしく鳴る。
「いらっしゃいませ」と店員が来る。
店員は、石原瑠奈を見て。
「瑠奈ちゃん、こんにちは」
と店員は、挨拶をする。どうやら瑠奈は、常連客のようである。
店の奥の六人掛けのテーブルを選び、真咲は、瑠奈の車椅子を固定した。
「ここのブレンドコーヒーは、最強だよ!」
「そんなに強いのか!」と時乃は言う。
「日本語が可笑しかったね。とてもコクがあって美味しいの」
「なるほど」
「それにしても。澄香のファッションセンスって、微妙だね」
「がんばって、自分で選んだのだが、可笑しいか?」
「可笑しいけど、似合っているから、不思議」
石原真咲は、少しうつむきかげんで、さりげなく、時乃を見る。
しばらくして、コーヒーが、運ばれてくる。時乃は、一口飲み美味しいと感じた。その味を旨く言い換えたいのだが、思いうかばず。
「美味しい」と可愛く言った。
「でしょ」と石原瑠奈は笑みを浮かべる。
何気ない話をしたあと、石原瑠奈はトイレに行くため席を外した。
時乃と二人になった石原真咲は、勇気を出して。
「時乃さん、以前出した手紙なのですが、読んでもらえましたか?」
時乃もそう言う事もあったなという顔で。
「読んだ、返事がすぐ欲しいのか」
石原真咲は、手を振りながら。
「いえ、何時でもいいので、どちらか決まったら返事をください」
「わかった。重要なことだからな」
石原真咲は、ある意味『どっき』とした。
石原瑠奈は、トイレ出口付近にある観葉植物の隙間から、そのやり取りを見ていた。
「お兄ちゃん、奥手すぎる。澄香のようなタイプは、もっとぐっと強いタイプに引かれるのよ。たぶん。ここは、私がお兄ちゃんを後押ししてあげないと」
石原瑠奈は、観葉植物の陰から出てくると、車椅子を加速させた。そして勢いよく、時乃達のテーブルに衝突し、テーブル上のコップなどが、ひっくりかえった。水は勢いよく、時乃のスカートを濡らした。店員達が、音に気が付いてやってくる。石原瑠奈は、素早く姿勢を戻し。
「あ。大丈夫ですから、大丈夫ですから」
と言って店員達を安心させた。
店員は、テーブルを拭き、新しいコップを用意した。
石原瑠奈は、兄!真咲に小声で。
「お兄ちゃん!澄香拭いてあげないと」
石原瑠奈は、漫画みたいな『べた』なことしていると思いつつ言った。
石原真咲は、ポケットから紺色のハンカチを出すと、時乃のスカートを拭き始めた。その瞬間、真咲は、自分が、今、していることの現実を実感し、体に強力な電気信号が流れた。そして、何も言わずトイレに走っていった。
石原瑠奈は、心の中で(もーお兄ちゃん)とぼやいていた。冷静に考えてみれば、これは、逆効果だったのかなと考えていた。真咲は、過敏だからである。
時乃は、わけがわからず、可愛らしく笑っている。
しばらくして、石原真咲は戻って来たので、喫茶店を後にした。瑠奈は、もっと兄の後押しをしたくて考えた。
「澄香、今度家に遊びに行ってもいいかな?」
「ん。家に」時乃は少し考えた。
「萌と私とお兄ちゃん」
時乃は、新しい家に来てもらえばいいかと考え。
「来てもいいぞ」
「うわー楽しみ」石原瑠奈は、喜ぶ。
石原真咲は、緊張しながら「楽しみにしています」と言った。
二人と別れた後、時乃は、家に来てもらう時の接待方法を色々考えた。また、フラット、フィン、メイティのことをどう配置するかも考えていた。
6
スクエアーフォーの開発した警備ロボット、コブMRは、見た目こそ不評であったが、市での検挙率は、各段に上昇した。
今まで、宇宙人の町として、怖がる人も多かったが、夜になっても安全になったと市民から感謝の声が聞かれた。
時乃真奈から日本への攻撃宣言を受けているので、何時攻撃されてもおかしくない状況なので、フィンは、シールドウェーブの反応をこまめに索敵している。しかし全く反応の無い日が続いていた。同時に空間の歪が起こるかをフィンも時乃も心を尖らせていたが、反応がない日が続いていた。
テレビのニュースでは、度々起こる失踪事件を流している。仮にそれが、真奈と関係があっても、時乃達の今の戦力では、カバーできない。これから先のことも考えて、日本人の理解者、協力者、仲間が必要となってきていた。そのため、スクエアーフォーの従業員から、少しずつ人選し、関係を深め、候補者を決めつつあった。
そのように、準備は、進めているが、敵の本拠地も出方もわからないので、いつも通りの生活を丹念にこなすように心がけていた。黒板消しを掃除する時は、風下でとか、虐めや暴力、悪戯をする者を懲らしめるとか、必要以上に力が入っていた。
昼の休憩が終わり、五時間目の授業。時乃は、少し眠気を覚えていたが、黒板に書かれた内容をノートに写していた。
瞬間!シールドウェーブ通信機から、フィンの声が入る。
(熱源反応多数!場所、北朝鮮、数百二十、ミサイルと思われます。タイプは、スカッド改良型百以上、テポドン二十、弾頭通常火薬、着弾予測、スカッド九州全域、テポドン関東までの広範囲、詳細座標は、分かり次第転送します)
時乃は、静かに席を立ち教室の出口に向かう。途中、石原に「どうしたの?」と言われたが、綺麗な茶色の瞳を向け(大丈夫、守るから)と心の中で言った。
時乃が、教室を出た後、消防のサイレンが鳴り響き、Jアラートも流れた。学園のスピーカーから緊急放送が始まった。
『北朝鮮が、ミサイルを発射した模様。市民の皆さんは、外出を控え、火の元を始末し、雨戸カーテンを閉めて、机の下など、安全な場所に移動して下さい』
生徒は、一斉にざわめき、カーテンを閉め、机を中央に寄せて、その下に身をくぐらせた。石原は、車椅子を降りて、錦野と机の下に入った。
時乃は、フィンの情報が早かったので、校舎の外に出ていた。
(アリス!拡散粒子砲、小型ミサイル最大搭載し、高速SPCをたのむ)
『了解、バックパック送ります』
(空間転移)時乃は、わき腹からグレートソードを取出し地面に刺す。足元に聖方陣が形成され、ライムグリーンの装甲をもつSPCが装着される。両肩には、巨大なミサイルポッドが付いている。
(アリス!デジタル迷彩)
『了解』
時乃は消え、エンジン音と空気の塊が地面反射し砂埃が舞った。
(フラットが先行しているので、なるべく関東方面へ移動してもらいます。澄香は、九州地方おスカッドをお願い)
(わかった)
時乃は、高速でミサイルの方向へ飛んだ。なるべく分散しないうちに叩きたかったで、低空で直線的に移動した。スカッドは、高高度とらないので、素早く射程に入る。
(ミサイル補足、全弾発射!)
両肩のミサイルポッドから同時に打ち出される。途中分離して、更に小型のミサイルとなり、敵ミサイルの熱源を狙う。
爆発が次々起こり、火炎と煙が舞った。幾つかのミサイルが、煙の中から飛び出してくる。
続けて、時乃両手に支えられていた拡散粒子砲を発射した。
ミサイルの軌道を全て押さえ、爆散させる。
フラットは、長距離レールガンと赤外線誘導弾でミサイルを狙う。テポドンは、高度が高いので、ロックオンに時間がかかる。丁寧に一発ずつ確実に落としていった。
(フィン、関東全域のテポドンには追いつけない)とフラット。
(澄香、行けそう?)
(まかせろ!)
(お願い)
(空間転移のほうが、時間がかかるな)
時乃は、ミサイルポッドを破棄して、SPCを最高速で移動する。
(現在十二発撃墜)
フラットが息を荒げながら連絡を入れる。
時乃は、東京上空まで移動していた。残骸の被害は出るが、この位置しか間に合わなかった。
テポドンが落下角度に入ってくる。
(拡散粒子砲発射!)
粒子砲を二発、三発と撃つ。東京を目指していたテポドンは、爆散した。破片が町々に落下していく。フラットも移動し二発のテポドンを落とした。あと三発は、時乃がグレートソードで細かく切り裂いた。
二人ともデジタル迷彩を使用して、帰ってきた。
時乃は、考えていた。今の人数では、関東エリアまでは、カバーできない。それに、何時、第二次攻撃が始まるかわからないと。
緊張感を持ちながら、スクエアーフォー第二工場横の倉庫に入り、迷彩を解除する。
市の緊急放送が入る。
『緊急放送をいたします。九州地方に向かっていたミサイルは、日本海において爆発。九州地方への被害はありません。続けて更なる攻撃に備えて、避難所を解放いたしますので、自主的に危険を感じる方は、避難してください』
「第二波の攻撃に備えよう」と時乃。
「自衛隊は、行動遅いな」とフラット。
(今のところ、次の熱源反応はなし)
「アメリカ軍は、何をしている。本番に弱いのか」フラットは、毒づく。
「地球人同士の戦争にしては、不自然だな」
時乃は、新しいミサイルポッドを付けながら言う。
「そうなのか?」とフラット。
「今、日朝政府間は、上手く言っていると、オンラインゲームの仲間が言っていた」
「あてにならない情報だな」
フラットは、ミサイルの補給をしながら、横目で見る。
「そうか」
「そうだとも」
重装備での待機時間が長いので、二人とも疲労を隠せなかった。
メイティが車で来てくれた。
「二人とも疲れたでしょう。飲み物、食べ物、テレビ、気が利くでしょう」
「ありがとう、助かる」
時乃は、飲み物を取ると、地べたに、足を伸ばして、お尻をついた。下向きに出ていたSPCのノズルが、くにゃっと上を向く。制服のスカートから、白くて細い足が見えて、いかにも弱そうに見える。
「フラット。私が、待機するから、装備貸して」とメイティ。
「いいのか?」
「休憩の間だけね」
「助かる」
フラットは、メイティに武装を渡していく。
フラットは、飲み物を飲むと、テレビを観ることが、出来るようにした。
『日本政府は、自衛隊を山陰地方の日本海側に戦力を集中しつつ、アメリカ軍との連携を深め活動中です。作戦行動中のため報道を自主規制してお送りしております』
『ミサイル攻撃に対して、未確認の飛行体が、迎撃したと言う情報が寄せられています。宇宙人との関連も視野に入れ、確認中です』
フラットは、テレビのスイッチを切る。
(フィン、アメリカ軍動いているのか?)
フラットがテレビを片付けながら聞いた。
(いいえ。見ている限り、哨戒しているだけに思えます)
(何か引っかかるな)とフラット。
(フィン、アメリカの人工衛星どう)
時乃が聞いた。
(移動していないみたい)
(おかしいな)
時乃は、ストローで飲み物を飲みながら話す。
(日米同盟があるから、爆撃にでるだろ)
(そうなのか)フラットは聞く。
(学校で習った)と時乃。
(あてになりそうだ)とフラット。
「メイティ、交代する。武装渡してくれ」
「了解、フラット」
フィンから連絡が入る。
(自衛隊進軍、戦闘機も各基地から発進)
(少し様子を見よう)と時乃は言う。
(アメリカ軍の動きも気になりますからね)
メイティは、後藤家に戻った。時乃は、相変わらず地べたにお尻をつけている。フラットは、予備のミサイルポッドの上に腰かけている。
(自衛隊交戦)とフィンが連絡する。
(日本との戦争に何故、ミサイルをもっと撃ち込まない!普通核を使うだろう)
(準備に手間取っているとか)
(時間がかかり過ぎだ。戦争しかけるなら、先に、第二波、第三波の攻撃を用意するはずだ)
時乃は、軽くSPCを動かして立ち上がる。
瞬間!時乃もフィンも感じた。
(空間転移反応!大きい)
(座標特定、北朝鮮、原点からX二千四百二、Y五千九百六十一)とフィン。
(ついに真奈姫、動き出したか)
フラットは、武装の準備をする。
(空間の歪増大、通常空間質量増大)
フィンが忙しく通信を入れる。
(質量安定、推定される敵兵力、空母一、巡洋艦一、軽巡洋艦一)
(大気圏に空母を入れるのか、正気ではないな)時乃は言う。
(日本人の体をいただくなんて、最初から気が狂っている。狂悪姫真奈だな)
(フラットが日本人のこと考えるのは珍しいな)
時乃は、フラットの綺麗な茶色の瞳を向ける。
(俺も、澄香みたいに、人を、日本人を好きになれるかな)
恥ずかしそうに、フラットは言う。
(今度、わたしの友達を紹介する)
時乃は、なんとなく嬉しそうな顔をする。そこに、フィンの連絡が入る。
(現在の戦力での戦闘は、不利です。自衛隊が防衛ラインを死守している間に、ハルバ・エボリューション1を組み上げましょう。そうすれば、勝利率五パーセントは出ます)
(なければゼロパーセントいやマイナスか)
フラットは、武装を外しだす。
(わたしは、先行して、自衛隊を援護する)
時乃は、SPCを起動する。
(澄香まって、あなたは、一度有明に入って、休眠してください)
(フィン!そこまで命令するのか)
時乃は、怒り顔になる。
(澄香、私は、あなたの参謀です。一番確実な方法を提案しているのです。命令ではありません。決めるのは、あなたです)
時乃は、しばらく目を瞑り、肩の力を抜く。
(アリスSPC解除)
『了解』
「空間転移」時乃の足元に聖方陣が形成され、武装が解除される。
(澄香ありがとう)
フィンは、少し潤みながら言う。
フィンが、倉庫に来たので、入れ替わりで、時乃は、後藤家に向かう。
真鍮色の髪が、月と星の怒りを受け、輝く。