空間の鼓動
1
荒野を歩く二人の姿がある。一人は、大きな荷物を背負い。もう一人は、軽装であった。太陽が照りつける中二人は、茶色をベースとした迷彩柄のフード付きマントをすっぽりと着こなし、フードを目元まで下げていた。
時折二人のフードから、真鍮色の髪が風に流されては戻って行く様子が見える。髪の長さから女性であることが素人目でもわかる。大きな荷物を背負った方は、身長百六十五センチ位、軽装の方は、百五十五センチ位で、時折見せる手の白さが弱々しいと感じられる。
背の高い方の女性が、小声でもらす。
「暑い!重い!何気にこんな遠い所なわけ。近場でちゃちゃっと片付ければいいものを」
小柄の女性が、のんびりと答える。
「フラット!これも一つのステップなのだよ。表だって何かを起こせば歴史が動く、この地球もネットで、あらゆる情報が交差している状況なのだよ。できるかぎり遠くで、さり気なく、正しい力によって悪を懲らしめる。そして報酬を得る。我々にはスキルがある!この力無駄にしてはいけない」
「俺は、戦争屋だ!破壊以外のスキルがいるとは思えないがな」
「これは、例えだ。オンラインゲームでは、少し料理にスキルを振るだけで、食糧を自分で調達出来るのだよ。しかも、取引スキル4もあれば、露天で商売も出来る。これは便利だと思う。同じように、我々のスキルも少し振る方向を変えるだけで、この地球では、役に立つ」
背の高い女性フラットは、眼を細めながら。
「健二の記憶が影響しているようだな。腑抜けたものだ。かつては、帝とも呼ばれた澄香が…泣けてくるよ」
背の低い女性、時乃は茶色の瞳をフラットに向け。
「フラット、オンラインゲームで、対人戦をしよう。きっと楽しさを理解できるはずだ」
フラットは、頭を振った。
2
それから二時間ほど歩き、二人は足を止めた。時乃澄香は、フードから茶色の瞳を覗かせて、遠くを見ていた。内ポケットから小型の通信機とUSBコードを取り出す。コードは、首に付けている赤い輪に取り付けた。通信機を耳にかけ、フラットと目を合わす。
(ここから、地雷原だな。飛べば簡単なことだが、人質の安全は保障できない)
(まさか!澄香が、人質の心配をするなんて冗談にもほどがある)
(笑うな!しょうがないだろ。もう一つの記憶が許さないのだよ)
二人は、口を動かすことなく、声出すことなくを会話している。テレパシーなのかと言うとそうでもない。通信機から、シールドウェーブと言う電波を飛ばし、脳に直接その情報を入れているのである。
(だいたいフラットは、良心がなさすぎる。わたしの良心はな、丸の中に綺麗な三角形が、くるくる回っているのだよ。そこに円の外から悪い思いが入るとする。すると三角にあたって痛いのだよ。ちなみにフラットは、三角が丸くなっているから何も感じない)
フラットは、目を吊り上げて。
「俺だけが悪者かい!澄香のほうが悪党のくせに!」
時乃は、フラットの口を押えた。
(空間が歪んだ。ありえない。少し移動しよう)
(OK)
二人は、夜になるまで、岩陰に隠れていた。
その間も空間の歪を時乃は感じていた。
(もし術者が、こちらに入っているのなら、迂闊に空間転移できない。しかし現時点では、ありえない。そう思うだろフラット)
(だな。時同じくしてと言うのはありえない。ただ、何かの理由でこちらに先遣隊を送っていると言うのはあるかもな)
時乃はフードを外し、真鍮色の髪を夜風に流されるままにまかせた。地球での最初の戦いのため心に気合をいれた。
「フラット、髪を縛ってくれるか」
「はいよ」
時乃の髪は、ツインテールにきつく縛られた。
(フラット偵察たのむ)
(了解)
フラットはマントをぬぎ、その荷物が現れる。背中に背負われた機械SPCから、無数のノズルが出ている。高周波な機械音と共に、ノズルから空気が勢いよく出る。フラットの体は、千切れた風船のように、軽々と飛んでいく、同時に闇に消え、姿が見えなくなった。これは、デジタル迷彩機能を使ったためである。
(目標上空。敵兵二百六。地対空ミサイル二十五。装甲車十八。ん!バトルP、五。士官機一。いたか。どうする澄香)
時乃の真鍮色の髪は夜空に輝き、力に満ちていた。
(やる。わたしが出る。連絡される前に殲滅)
時乃は、マントを脱ぎ。空を仰ぎながら。
(アリス!SPC高速パック、バージョン2)
『了解。バックパック送ります』
時乃は以前のグレートソードを持ち、地面に突き立てる。
(空間転移)
体を中心に聖方陣が、形成される。
瞬間。時乃の体に、フラットと同じ様な機械が装着される。しかしその規模は、フラットの二倍。各パーツは、ライムグリーンに彩られ、小さな羽が幾つも伸びている。
時乃の体が、軽く持ち上がると、一揆に加速した。グレートソードをわき腹にしまい。今は、対空砲を思わせる大きな機関銃を持っている。
(フィン。リンクOK)
フィンは、母艦有明にいるアンドロイドである。
(澄香OKです)
(敵バトルパックにノイズを)
(ノイズ送ります)
時乃は真鍮色の髪をたなびかせ、大空を舞っている。
(空間転移、深さ十五秒)
聖方陣が展開される。時乃の体が、透けて見える。これは、空間に潜る状態。レーダーでの探知は不可能。肉眼でも発見は難しいだろう。それに加えてマッハ3ほどの速度で移動している。
(フラット攻撃開始!タイミングはこちらで合わせる)
(あいよ)
フラットのスナイパーライフルから、次々に弾が打ち出される。的確に歩兵を倒していく。時乃の攻撃は一瞬であった。高速で、通常空間に戻り、敵本部に百二十ミリ弾を嫌というほど、叩きつけ内部に侵入。敵兵が、振り向いた時には、死を意味していた。通称バトルP地球にあるはずのない戦闘兵器。時乃のもとの世界では当たり前のものである。
(ふっ!旧式量産型が)
時乃は、百二十ミリ砲を後方に下げ、両刃の剣を握り締め、高速で移動。バトルPの懐に入り、六体纏めて一揆に粉砕。フライトレコーダーにも記録が残らないであろう。
バトルPの頭が、虚しく床にころがる。
この日、時乃とフラットは、アフガニスタン反政府組織の本部を壊滅させたのである。
フィンは、ネットを使い、国連軍に情報を流し、人質の救助をしてもらった。
3
時乃とフラットは、大空を飛んでいる。デジタル迷彩で人からは何も見えない。二人の片手には大きなジュラルミンケース。どうみても反政府組織の軍資金である。
ふわりと後藤家の庭に降り立つ。時乃の武装は解除される。フラットは、重い装備を抱えながら家に入る。何時の間にか、時乃達の隠れ家と化していた。
時乃は、静かに二階にあがり、七畳半の部屋に入るとフィンが迎える。
「おかえり。澄香、フラット」
フラットは、目を細めて。
「聞いてよ、フィン。澄香こんなこと言うんだぜ!バンパイアの空中散歩とか。笑っちまうよ。ほんとに」
フィンは、苦笑しながら。
「んー。健二さんの記憶の影響ですね。完全に元に戻ることは、無理かもね」
フィンは、アンドロイドだが、全てが人工物ではない。脳に類するところは、普通の人の思考である。
部屋は、無数の端末が配置され、フィンと接続されている。フィンは、同じ姿勢のまま。
「服を用意しましたので、着替えて下さいね。皆さんのブースに置いてあります。澄香の記憶をベースに作ったので、問題ないとは思いますけど」
フラットは目を吊り上げて。
「問題あるに、決まっているだろ!」
フラットは相変わらず、むすっとしている。決して、服が異常なデザインであったわけではない。地球人からみたら、ごく普通の女の子の服。
「何故に!こんなひらひらの服を着ないといけないわけ」
時乃は嬉しそうに、半回転とかしている。
「まあ。この星では、性別はどちらかだしーわたしの外見は、どうみても女だしー」
フラットは目を吊り上げて。
「女言葉でしゃべるな!澄香」
「まあ。弱点は、胸が極端に貧乳なことだ」
時乃は自分の胸を手で押さえている。黒と白のツーピース綺麗なフリルの袖。黒のオーバーニーが似合うミニスカート。真鋳色の長いツインテールが、ゆらゆら揺れている。
彼女らは、異世界の御使い。その世界で失敗し朽ちていく運命であったが、神からのリバイバルを受けちる。時乃は、己を帝として、その力は同族の中でも大きかった。馬頭星雲第一次大戦、このとき弟、真奈の裏切りにより、アンテオカス帝に捕らえられ、処刑される。
時乃は、死ぬ直前に、空間跳躍の詠唱に入っていた。それは、死と同時に発動した。魂とプログラムの飛び込む先はランダム。そして、飛び込んだ先が、後藤健二というわけである。このような説明を五人は、幾度となく後藤家の皆に語った。
「言葉よりも、現実に何かを示したほうが効率いいのではないか、ほとほと疲れた。わたしは、休憩するぞ」
時乃は、そう言うと、地球仕様に手を加えたPCの前に座る。人差し指で入れる。地球の常識では考えられない速度で、立ち上がる。地球の生活に慣れるため、手打ちタイピングに心がける。ネットゲームのアイコンをクリックする。ディスプレイにパスワードの要求が出る。健二の記憶の一部を共有しているため、パスは覚えている。
『チャットルームにティが入りました』
フラットが目を細めて。
「これが、帝と呼ばれた澄香の姿か!嘆かわしい」
時乃は、チャットをしながら。
「嫌、そう言うかもしれないが、これが意外に日本征服の足掛かりにできるかもしれない」
さらにフラットは、目を吊り上げて。
「ゲームにそんな希望はない!」
※
フィンとメイティ、メルティが、有明からダンボールの箱を運び出してきた。
「澄香、フラット、OS完成しましたよ。あとは、この間のお金で宣伝するだけですね」
現在ある地球のOSよりも二十年先を行く、恐ろしく性能の良いもの。商品名は、健二の記憶から『風林火山』となった。
フラットもダンボール運びを手伝う。
「しかし、四百八十番ゲートとは、製造エリアから遠い」
フラットは、体を動かすことが好きである。こういう作業を率先してするのは、彼女の良いところである。
「んーバトルPの解凍エラー。LANも途中で遮断されるぅ。アンチウィルスの影響かも。澄香、バイタルプラントまで行ってくるので、あとよろしくぅ」
時乃は、ゲームをしながら。
「水生モンスター倒したら、わたしも手伝おうか」
「あはは。いいですよ。私の分野ですから」
そう言ってフィンは、有明に入っていった。
時乃は、ゲームをログアウトすると、大きく背筋を伸ばし。
「OSを売ったお金で、ネットゲームの運営開発もいいかもな」
『澄香様!緊急回線接続』
(了解、繋げ)
フィンの慌てた声。
(澄香!バトルPもバイタルプラントもウィルスに感染しているぅ。ブロックごとパージしないと)
時乃の白い顔が、青みかかる。
(同胞は、全滅なのか?)
(残念ながら、皆の死亡を確認しました)
時乃は、力を抜き。
(ウィルスのデーターは、取れそうか?)
(無理です。接続すれば、アリスも感染します。もちろん私もぅ)
(わかった)
「フラット、メイティ、メルティ、バトルP及びバイタルプラントがウィルスに感染。同胞の死亡を確認。有明の感染エリアをパージする」
メルティは、泣き崩れた。メイティは、うつむき。フラットは、遠くを見つめた。
時乃は、冷静。に
(フィン。パージ実行)
(了解、澄香)
亜空間の闇の中に、それは消えて行った
多くの仲間の棺となって。
4
フラットは、胡坐をかいて座りこんでいた。
「わたしたちも、五人だけになったな」
時乃も、寂しさを隠せない。茶色の瞳が潤んでいた。だが、さっぱりした気質のため、直ぐに気持ちを切り替えた。逆にこの性格が、悪とか、冷酷とか言われる。
「フィン計画は、続行で、OSの宣伝、販売拠点、人員の確保、たのむ」
フィンは、青い瞳を澄香に向け。
「了解!澄香。計画通り進めますぅ」
時乃は、メルティに、優しく顔を向け。
「メルティ!後藤家の人たちのことをたのむ。雑用で申し訳ないが、助けてあげてほしい」
時乃はメイティに視線を移し。
「メイティ引き続き、フィンの補佐をたのむ」
時乃は、フラットのことを一番心配していた。顔には出さないが、部下を失ったことで、一番辛いのではと考えていた。
「フラット!少し休むといい。わたしが、やれることはやる」
フラットは、気の強そうな顔をしっかり保ち。
「いや、大丈夫!澄香の手伝いをしよう。そうだな!日本征服でも」
フラットは、少し目に笑みを浮かべ。
「幼稚園バスでも乗っ取るか」
時乃は、お腹を抱えて笑う。フラットが冗談なのか、そんなことを言ったので。
「フラット!面白いじゃないか。では、こう言うのはどうだ。坊主に強力育毛剤を掻けるとか」
フラットは、薄茶色の瞳に涙を浮かべて、大笑いした。
「澄香!最高。ほんと悪だな、お前」
「そうと決まれば、強力育毛剤を持ってくる」
時乃は、有明に入ると、住居区画に移動した。そして、ショッピングモールに入る。人気はなく、自動自立型のロボットが、清掃などの作業をしている。
時乃は、薬局に入り、強力育毛剤を手に取る。
『一晩で、あなたもロン毛。毛ロヨンハイ』
買い物籠に、五十本ほど入れる。フルオートレジで、カードをスキャンして、清算する。
※
フラットは、デジタル迷彩服を着用。背中には最軽量のSPCシステム。空を飛ぶための機械である。燃料は、圧縮燃料。地球のものではないので、小型で高性能である。
時乃は、有明から出てきた。育毛剤を二人分に分け、フラットに渡す。
「フラット!作戦実行」
「了解!澄香」
(アリス。SPC軽量型)
(空間転移)聖方陣が形成される。
時乃は、窓から勢いよく飛び出す。同時に、SPCが装着され、千切れた風船のように、軽く空へ浮き上がる。
フラットもマニュアル操作で、SPCを起動、空へ浮かんで行く。
「フラット、大きな寺の坊主から適当に狙おう」
「了解!澄香」
フラットは、デジタル迷彩を使用して、夜の闇に溶け込んだ。
(空間転移。深さ十五秒)
時乃の体が、半透明になる。色薄くなった真鋳色の髪が、月の光をあびて、怪しく光る。 時乃は、寺に侵入すると、音も無く移動し、坊主の寝ている枕元に膝をついた。
(通常空間へ)
時乃は、素早く催眠スプレーを使用し、頭に強力育毛剤を丁寧に手で塗りこむ。
「明日が楽しみだな、お坊さん」
(空間転移、深さ十五秒)
時乃は、半透明になり、再び夜の闇に消えていった。
夜の空をロールしながら、飛行する。月の光が、真鋳色の髪に反射し怪しく光る。
時乃は、後藤家の二階に、ふわっと降り立ち。
(通常空間へ)
時乃は、フィン、メイティの前に数歩歩いて行く。突然酷い頭痛が起こり、そして、意識を失いその場に倒れた。
フィンは、慌てて時乃を支える。
「澄香!どうしたの」
日本人が、普通にこれを見たら『ばちが、あたったのじゃ。たたりじゃ』と言ったかもしれない。
時乃は、朝まで目を覚まさなかった。最初に後藤家で眠りについた三畳の部屋に、真鋳色の髪を広げて布団の中にいた。
しばらくすると、時乃は、頭を押さえながら可愛らしい寝巻き姿で出てきた。
「澄香、大丈夫ぅ」
フィンが心配そうに近寄る
「いや。頭が痛い。初めてだ、こんなの」
「んー」
フィンが、頭を少し傾け、手を時乃の生体USBにつける。
「この世界で、空間制御の力を使うと、反動があるようですね。本来、こちらの世界ではないものですから、当然かもしれないぅ」
時乃は、頭を押さえながら。
「そうか、長くは戦えないな」
「ゆくゆくは、亜空間に戻る必要があるかもしれないぅ」
「ふむ」
フィンは、先を見越したように。
「早々ですが、日本人のバトルPパイロット及び士官を育成しては、どうでしょう」
「なるほど。そうきたか、しかしこの地球の人間で大丈夫なのか」
「地球人は、思った以上に優秀ですよ」
「了解した。速やかに実行を」
「了解、澄香」
時乃は、顔を上げて。
「皆は?」
「下で、食事をしていますよ」
「なるほど」
時乃は、頭に手をあてながら一階に下りる。
リビングの扉を開けると、テーブルに、後藤五郎、輝、メルティ、メイティ、フラットが食事をしていた。メルティが料理全般しているので、素晴らしい料理が用意されている。
フラットが時乃に気づき。
「澄香大丈夫か、俺が帰ってきたときには、意識がなくて驚いたぞ」
時乃は、心配かけないように。
「大丈夫だ」と言った。
「ならいいけどな。昨日のことニュースに出ているぞ、ほら」
『今朝、九州各地の寺の住職の頭髪が、ロン毛になるという、怪事件が発生しました。現在、警察では、捜査本部を設置して調査しています』
フラットは、目を細めて、時乃を見る。
「悪だなー澄香は」