02.ミノタウロス、瞬殺
職業。
この世界の人間が生まれたときに、天の神様から与えられる特殊能力のことだ。
たとえば、剣士の職業を与えられたものは、剣を自在に操れるようになる。
魔法使いなら、人よりも魔法習得に掛る時間が短くなるなど。
この世界の人間はみな、天の神の恩恵を授かって生まれる。
俺の職業は、盗賊。
聞き耳、鍵開け、など手先の器用さを必要とする技能を持って生まれた。
それらは確かに迷宮探索には必要とされるだろうが、しかし、魔物との戦いにおいては全く役に立た【なかった】。
そう、過去形だ。
職業は一生変えられない。
でも、努力すれば、職業は進化する。
俺にはすごい妹がいる。
そんな妹に並び立つため、俺は必死になって腕を磨いた。
そして、俺は二つの、すごいスキルを手に入れたのだ。
☆
最難関ダンジョン、ボス部屋付近。
「BUBOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
このダンジョンのボスらしきモンスターが、俺たちの前に現れる。
2つの腕を持つ、見上げるほどの、巨大なミノタウロス。
■上級ミノタウロス
種族:モンスター(亜人型)
ランク:S
ミノタウロスがこっちに襲いかかろうとする。
「っ!」
そこで、俺の妹マイがすぐさま、移動阻害の魔法をかけた。
俺たちを逃がすための時間を稼ぐため、マイナスの付与魔法を、相手にかけたのだ。
ああ、なんて優しい子なんだ、妹よ。
「き、君たちも逃げろ! 殺されるぞぉお!」
このボス、ミノタウロスに挑み、おめおめと逃げ帰ってきたムノッカスが、情けなく言う。
「逃げたきゃ逃げればいい。俺と妹が、こいつをぶっ殺す」
「できるわけないだろ!?」
俺は腰のナイフを抜いて構える。
妹のマイも、ムノッカス同様に思っているようだ。
あの化け物には、勝てないって。
「し、シーフ兄さん! 逃げようよ! 死んじゃうよぉ!」
俺は振り返って、にっと笑う。
「俺は死なないし、逃げないよ。大丈夫、兄ちゃんに任せとけ」
今までの俺だったら、そんなカッコいいセリフは言えなかった。
盗賊は戦闘職業じゃないからな。
でも俺は、【あの人】のもとで修業し、血のにじむような努力の末に手に入れたのだ。
妹を守れる、強さを。
「ば、馬鹿兄妹が! 勝手に死にたまえ!」
ムノッカスのごみは一人で逃げていく。
ボスを部屋から出した張本人だっていうのに、無責任なやつだ。
「おいカス、取り巻きの女はどこいったんだよ?」
「そいつの腹のなかさ!」
「ああそうかい……」
どうやら女どもをおとりにして、自分は逃げたようだ。
とんだカス野郎だ。
「BUBOOOOOOOOOOOO!」
「ひ、ひぃい! ぎゃあぁああああ!」
カス野郎が逃げていく。
まあそれはどうでもいいんだ。
……妹が、その場に残っていた。
そっちのが重要なんだ。
「妹よ。戦う気になったな?」
「……うん。だって、あの魔物のおなかのなかに、二人が、いるんでしょ? 助けて、あげないと!」
……ああ、マイ。おお、マイ。
お前は本当にやさしくて、強い子だ。
自分を馬鹿にしてきた女たちのことまで、心配してやるとは。
もう女どもは死んでるかもしれないが、丸呑みされてるとするなら、生きてる可能性はまだ十分ある。
マイは、こわがりだ。
でも、優しい子だ。
……俺は耳を澄ます。
「マイ、大丈夫。あの化け物の腹の中で、取り巻きどもは生きてるよ」
俺のスキル、超聴覚で、二人の心臓の音を聞き取れた。
二人が生きてると知って、マイは心から安堵の息をついてるのが、わかった。まじ、妹、優しい。
「やるぞ、妹よ」
「でも、兄さん。どうやってあんな化け物と戦うの?」
「こうやって、だ!」
俺はまっすぐにミノタウロスへと突っ込む。
ちょうど、妹の移動阻害の付与が切れる。
「兄さん!? 危ない!!!!!!!!!!!」
「BUBOOOOOOOOOOOO!」
上位ミノタウロス。身長は3メートル、いや、4メートルか。
2対の腕の巨大な化け物。
そのすべての手にデカイ斧が握られてる。
巨腕が俺に向かって振り下ろされる。
俺はその攻撃を……回避。
「! すごいよ兄さん! でも、どうやって……?」
俺は耳がいい。
だから、俺は敵の筋肉の収縮音を拾って、相手がどのタイミングで攻撃を仕掛けてくるのか、予期することができる。
が、敵の攻撃がいつ来るかわかっていても、完全に回避するのは不可能。
それを可能にしてるのは、マイが俺に、速度上昇のバフをかけてくれたからだ。
「マイ、さんきゅー。速度上昇のバフ、タイミングばっちりだ!」
マイは、すごいんだ。
相手が欲しいタイミングで、欲しい支援魔法をくれる。
支援魔法。バフともいう。
攻撃力を上昇させたり、スピードをアップさせたりする魔法。
マイが凄いのは、その人が欲しいタイミングで、欲しいバフをくれること。
ミノタウロスから攻撃がきて、俺が回避するのを見て、彼女は俺に速度上昇のバフをかけたのだ。
俺の超聴覚。そして、マイの速度上昇バフ。
この二つが組み合わされば、どんな攻撃だって、回避可能だ。
「BUBOOOOOOOOOOOO!」
攻撃が全く当たらなくて、ミノタウロスがイラついてるのがわかる。
怒れ怒れ。
それが、俺の狙いなんだ。
「シーフ兄さん、避けてるだけじゃ勝てないよ!? どうするの?」
「大丈夫!」
そろそろだ。
連続で攻撃を放ってきたミノタウロスに、疲労の色が見えた。
連続攻撃の手が、少し、ほんの少し……止まる。
「ここだ!」
俺は回避ではなく、ミノタウロスめがけて、特攻する。
「兄さん!?」
マイ、おまえすごいやつだよ。
兄が魔物に突っ込んでいる、そんな危ない状況で……。
俺が欲しいバフを、瞬時に理解し、俺にかけてくれた。
「【速度上昇】、【切れ味向上】、【攻撃威力向上】……!」
さらに、ミノタウロスの移動速度を減少させる、阻害魔法……デバフをかける。
そう、マイはバフだけでなく、敵にとって不利になる支援、阻害魔法デバフをかけられるのだ。
ムノッカスは馬鹿だから最後まで気づかなかったが、いつも敵を余裕で倒せていたのは、的確なタイミングでバフ・デバフをかける、マイがいたからだ。
「マイ! 伝説の幕開けだ! よく見てろ!」
俺はミノタウロスの腕を駆け上がる。
「シーフ兄さん!? なにするの!?」
「こいつの命を、奪う!!!!!!!!!!!」
「命を奪う!?」
盗賊のスキルに、【強奪】というものがある。
これは、相手のアイテムや武器、装備品を、ランダムに盗むスキルだ。
だが、俺はこの強奪スキルを、今まで一度も使ったことがなかった。
妹に誓ったからだ。
この力で、決して悪いことはしないって。
……俺の職業は盗賊。
物がなくなると、たいてい、俺のせいにされた。
俺は孤児だった。そして、盗賊持ち。みんなが俺を悪者にしてきた。
でも、俺は一度も盗みなんてしたことなかったのだ。
誰も俺の言葉を信じてくれなかった。
ただ一人、妹だけだ。(俺たちは本当の兄妹じゃないが、今は割愛)
俺が、やってないって、かばってくれたのは。
俺は誓った。
俺を信じてくれる妹のために、盗賊の強み、強奪を使わないと。
だからこそ、俺はこの領域に至ることが出来た。
「エクストラスキル、【奪命】発動!」
瞬間、俺の目の色が、変わる。
ミノタウロスの体に、いくつもの【点】が出現する。
あれは、弱点。
師匠曰く、生物にはいくつもの弱点があるそうだ。
エクストラスキル、奪命。
これを使うと、俺の目には、敵の弱点が見えるようになる。
ミノタウロスの首の後ろ、第二頸椎。
そこに、特に大きく、赤く輝く光の点が見えた。
あれが、弱点の中の弱点。
命を失うほどの……すごい弱点。
そこめがけて、俺はナイフの一撃を放つ。
「奪命の一撃!」
死に至る弱点。
そこめがけて、俺はナイフを当てる。
そう、当てるだけでいい。
このスキルを発動中に、弱点をつくことで、俺は一撃で命を奪うことができるようになるのだ。
盗賊は、戦闘職でもないし、魔法職でもない。単体で敵を倒せない職業だ。
でもこのエクストラスキルを手に入れたことで、ようやく、俺は魔物と戦えるようになった。
妹を、守れる強さを手に入れた。
「その命……俺が貰ったぁあああああああああああああ!」
ナイフが弱点を突く。
瞬間、
「BUBOOOOOOOOOOOO!」
ミノタウロスが悲鳴を上げながら、その場に崩れ落ちる。
「す、すごいよ……シーフ兄さん。ボスを、一撃で倒すなんて……」
マイが驚愕してる。
そりゃそうだ、こないだまで雑魚だった俺が、ボスを瞬殺してみせたんだから。
「いやいや、妹よ。すごいのはおまえだよ。バフとデバフで俺を支援してくれたじゃないか」
だからこそ、俺は弱点に正確に、攻撃を与え、命を奪うことができたのだ。
そう、妹が相手の動きを鈍らせてくれれば、俺がいくらでも、奪命で魔物を倒せる。
「言っただろ? 俺とマイ、二人がいれば、ボスに勝てるってさ」