第032話 リーンの報告
夕方、カールマンたち3人が雑談をしているところへトレルが仕込みをしに入ってきた。
「おっ、2人とももう大丈夫なのか?」
「走ったり、激しい運動は禁止だけど、まぁ大丈夫だよ。だから、今日は俺、ウェイターとしては休みね」
リージョがトレルにVサインを出して答えた。
「でも、他の連中は来るんだろ?じゃあ、問題ないな。昨日は大変だったんだぞ。まぁ、お前たちも大変だったんだろうがな」
リージョは、トレルのグチに捕まった。
そうこうしている間に、『暗夜の灯火』の面々が集まりだした。
「わぁ、リージョ兄ちゃん、久しぶり!」
イザベルがリージョに抱きついてきた。
「イザベル。フロアに出てるんだってな。がんばってるか?」
「うん。落とさないように、少しずつだけど運んでるよ!」
「うん。エラいな」
「おはようございます」
そこへ皿洗いのバイトのジェイが入ってきた。
「おや?見た事のない顔の人がいますね。マスター、新しく雇った人ですか?」
「あ、いや。コイツは前からいるウェイターのリージョだ。ちょっと旅行に行ってたんだ」
「あ、先輩だったんですね。私はジェイ・ホワイトといいます。今は皿洗いをやっています。よろしくお願いします」
「ジェ、『J』!?」
「はい。ジェイ・ホワイトです。以後、お見知りおきを」
「あ、あぁ。こちらこそ」
ジェイはそう言うと、ニコリと微笑んだ。
「な、なぁ、イグナス。アイツが『J』なのか?」
「さぁ、どうだろうな」
「でも、このタイミングで、だよ!?限りなくクロに近くない?」
「だけど、名前はクロじゃなくて、シロだぜ」
2人は小声でコソコソと話していた。
イグナスとそんなやり取りをしているリージョに、更にロイが話しかけてきた。
「そういえば、一昨日かな?女の方の警官が1人で来て、リージョの事を探してたぞ」
「えっ?リーンの事?なんで??」
「さぁ?暫くいないって答えたら、また来ますって言って帰っていったよ」
「誰彼構わず、手を出すからよ」
「何だよ、それ」
「さぁ?」
心当たりがなく、考え込んでいるリージョを見ながら、シェリーが口を尖らせて言った。
「そろそろ開店だぞ。メンツが多いからって気を抜くなよ」
カールマンから喝がとんだ。
今日も『暗夜の灯火』は、通常通り営業開始だ。
『暗夜の灯火』が開店しても、イグナスとリージョは療養中のため、特にやる事がなくカウンターでつまみを食べている。
もっとも、イグナスは『暗夜の灯火』の従業員でもないのだが。
時間が経つにつれて、だんだんと客も増えてきた。
「あまり長居しても邪魔になっちゃうから、俺たちもそろそろ帰るか?」
「もう充分過ぎる程、長居してるけどな」
リージョの言葉にカールマンが軽くつっこむ。
「ま、2人とも今はゆっくりと身体を休める事だ」
カールマンがそう言って、2人を送り出そうとした時、店の入り口が開いた。
ガラガラガラ。
「こんにちは。リージョさんは……いた!」
入ってきたのは、リーンだった。
リーンとリージョは、3番席に通された。
イグナスは、そのまま帰っていったようだ。
「この前も来たんだって?何か用だったのか?」
トールの件で気まずいのか、目も合わさずにぶっきらぼうに話すリージョ。
「実は、トールの事なんだけど……」
(きたぁぁ!ヤバい!後遺症が残ったとかかな?それとも意識が戻らない?まさか死んじゃったのか!?)
リージョが内心取り乱しているが、リーンは気づかず話を進めてきた。
「この前、意識が戻ったの。とりあえず後遺症もなく、暫く安静にしていれば退院できるって話みたい」
「えっ?」
「えっ?……聞いてる?」
「あ、あぁ。もちろん聞いてるよ」
「トールが襲われた事を自分の責任みたいに思ってるんじゃないかって思ったから、報告しにきたのよ」
リーンがジッとリージョを見る。
「いゃ。気にしてたさ。ただ、悪い報告かと思って焦ってただけだから。そっかぁ、無事、退院できそうかぁ」
横を向きながらニヤけているリージョの横顔を見ながら、リーンも少し微笑んだ。
「ただ、トールを襲った犯人が見つからないままなのよねぇ」
「そんなのっ・・・」
リージョが言いかけてやめた。
「えっ?何?心当たりがあるの?」
「……そんなの、悪いヤツに決まってるよ」
リーンがリージョをジーッと見る。
「当たり前じゃない。誰かって事よ」
リージョは、犯人がランドルだという事を言いたかったが、それを言うと素性がバレてしまう恐れがあると思い、口をつぐんだ。
「ま、それを調べるのは私たちの仕事だし、ジョー係長も自分の部下がやられてる件だけに、率先して調べているみたいだけど、なかなか糸口が見つからないようなのよねぇ」
「早く捕まるといいですね」
リージョは、当たり障りのない返事をするしかなかった。
「さてと、そろそろ行こうかな」
「あ、もう行くの?何も注文してないけど」
「トールの容態を報告しに来ただけだし」
「そっか……。もし、この後、何も予定がなかったら夕飯、一緒に食べていかないか?俺、今日はオフだし」
「私、トールみたいに警察の話、出さないから。情報が欲しいならムダよ」
「あの時は、たまたまその話で盛り上がっただけで……」
「ふふっ。冗談よ。いいわ、一緒に食べましょうか」
リーンを誘えてホッとしたリージョは、リーンと一緒に注文する物を選んでいった。
こっそり2番席に入っていたシェリーが壁から盗聴器を外し、2番席を出てカールマンの所へ向かった。
「トールの容態を伝えに来ただけみたい。他は何もないわ」
シェリーは、カールマンにそう言うと、他の席へ注文の料理を持っていった。
シェリー本人は気づいていないようだが、ややむくれた顔をしていたようだ。
「青春ってやつか。いいねぇ、若いってのは」
カールマンは、それを見て少し笑みをこぼしながら呟いた。
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