第019話 リードの置き土産
翌日の医師たちのミーティングで、リード・ワーズの執刀医変更の話が議題に挙がった。
他の医師からも、ロンドがE棟の担当医になる事を強く希望している事を聞いたという話が出てきた。
「やらせてみてはどうでしょう。コピス上がりで技術はあると思いますし」
更に別の医師からも意見が挙がってきた。
「う~ん」
レイズ主任が唸り声を上げた後、腹を括ったような顔つきで言った。
「症状を診る限り、手遅れの可能性が高い。それでもやってみるか?」
「はい!全力を尽くします!!」
ロンドは、力強く返事をした。
手術当日。
リードが手術室に運ばれていく。
その途中、ロンドがリードに声をかける。
「おばあちゃん、大丈夫だよ。必ず助ける!」
「お願いします。先生」
おばあちゃんは、にっこり笑って言った。
手術室の中に、リードが入ってきた。
手術室の中には、他の医師たちも待機している。
その手術室を窓越しに理事長とレイズ主任も見ている。
そして、天井の通気口には、イグナスとリージョが合流して潜んでいる。
そんな状態で、リードの手術が始まった。
スリープと呼ばれるキノコを刻んだ眠り薬と、マヒマヒという魚のトゲの根元にある痺れ液を調合して作った麻酔薬をリードに投与した。
「それでは、宜しくお願いします」
ロンドは、皆に声をかけてから、リードの腹部にメスを入れた。
慎重にかつ素早く身体を開き、患部が見えるように他の臓器を移動させる。
「ほぅ、手際がいいな。しかも正確だ」
「さすがコピス上がりといったところでしょうか」
別室で見ている理事長とレイズ主任が話す。
手術は順調に進んでいき、患部が見える状態になった。
「これは!こんな事って……」
「ほぼ患部の臓器全域が死滅しています。悪い部分だけ切り取り、良い部分を残すという事ができません」
患部を見て愕然とするロンドに、サポートしていた医師が言った。
「まだ何か手があるはず。コピスでもこの手術の成功例はあった!まだ何か……」
「ロンド先生、患部の臓器だけではなく、その周りの臓器も少し死滅が始まっています。切除すると、ほとんど臓器がなくなってしまいます」
「なに……か……」
その時、リードの体調を管理していたオペレーターが声を上げた。
「患者の体力が低下してきています!」
「ロンド先生!」
「くっ!……ポーションを入れて、縫合を行います」
ロンドは力なく、そう言った。
ロンドは、サポートしていた医師と共に患部付近にポーションを固定して、身体を閉じていった。
術後、リードは病室に移動させられた。
そして、その隣にはロンドが椅子に座っている。リードは、まだ麻酔から覚めていない状態のようだ。
「おばあちゃん、ゴメン。いっぱい切ったのに助けてあげられなかった」
ロンドはぽつりと呟いた。
暫くして、リードが目を覚ました。
隣に孫がいることに気がつくと、にこやかな顔をして話しかけた。
「いつの間にか立派になったんだねぇ。ありがとね、先生」
「ま、まだ傷口がちゃんと塞がってないから、安静にしててね」
ロンドはそう言うと席を立ち、病室を出ていった。
「治せてないのに、ありがとうなんて言うなよ」
そう呟くと、そのまま屋上へ向かった。
顔をくしゃくしゃにして。
誰もいない屋上でロンドは、声を押し殺して涙を流していた。
ロンドを尾行しているリージョは、それを黙って見守る事しかできなかった。
暫くして、理事長とレイズ主任も屋上にやって来た。
もちろん、彼らの位置を把握しているイグナスも。
理事長とレイズ主任に気づいたロンドは、涙を拭いて振り返った。
「君の腕前は見せてもらった。だが、その技術をE棟の患者にふるっても助けられない事も分かったと思う。その腕を振るうには、他の病院からE棟に搬送される前の時点でないと意味が無いという事も分かっただろう」
「理事長!搬送される前って、他の病院に行かせるおつもりですか?それは我が病院にとっても痛手では……」
「助けられる命が増える事の方が、大事だと思うがね」
レイズ主任は、理事長の言葉に反論したが、理事長の返答によって、自分の考えが浅はかだった事を恥じているようだ。
「すぐに答えを出さなくていい。暫くE棟にいてもいい。だが、その技術をしっかり活かせる方法を考えてみたまえ」
そう言うと理事長は、屋上を後にした。
レイズ主任も理事長の後を追い、降りていった。
夕方、グレーンがカールマンに報告しに来た。
「リチャードの時もリードの時も特に目立った金銭の動きはなかったっす。臓器売買の可能性もないっすね」
「分かった。中央病院の件は善という事で、今回の作戦はこれで終了だ」
その夜、ロンドはイグナスと一緒に暗夜の灯火に来ていた。
「イグナスさん、どうしたらいいんでしょうか?」
ロンドは酔っ払いながら、イグナスに今後どうするべきなのかを聞いていた。
「俺も専門家じゃないから、どの道を選ぶのが正しいのか分からない。もし、おばあさんの状態が今日の段階まで進んでない状態だったら、ロンドさんなら助けられたと思う?」
「う~ん。確かに難しいと思いますが、コピスでも成功例があるからできたと思います」
「なら、手遅れとして中央病院に運ばれる前に、つまり、かかりつけの病院的な所の方が助ける確率が上がるかもですね」
「そうですか。参考にさせてもらいます」
ロンドは、そう言うと手に持っているグラスを飲み干した。
この日、『暗夜の灯火』が閉まってから、地下室で報告会が行われた。
「中央病院の件だが、皆が動いたくれたおかげで、E棟で行われている案件は悪ではないと判断できると思う。様々な人がいて、確実に善とは言い切れない部分もあるかもしれないが、俺は善だと思っている」
カールマンはそう言うと、イグナスの方を向いて話し出した。
「それから、ロンドという医者が今後、どういう決断をするのか、それは俺たちには関係のない事だ。ロンド自身が決めて進んでいけばいいと思う。それを詮索する必要も導く必要もない。よって、今回の活動はこれで終了だ。以上」
カールマンが報告会を終了させた。
そのすぐ後、イグナスが手を挙げた。
「あの~。確かに中央病院の件は善でいいと思うんだが、最近、裏稼業での収入が全くないのだけど、その辺りは……」
「えぇい!善なる者たちから盗むわけにはいかないだろう!そもそもお前は裏稼業以外、何をしているんだ!働かざる者食うべからずだ!」
「いや。めっちゃ潜入してたし!」
「俺も潜入してたし。ちゃんと裏稼業分も給料に反映させてもらわないと!」
カールマンとイグナスの言い合いに、リージョも混ざってきた。
「それを言うなら、リージョがいない間の私の『暗夜の灯火』での働きも見て欲しいわ。忙しかったんだから!」
「俺も忙しかったんすよ!」
「お前の芋の皮むきは、いつもと変わってないだろうが!」
シェリーやグレーン、トレルまでも加わって、地下室は収集のつかない騒ぎになっていった。
こうして、いつも通り、次の日を迎えるのであった。
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