第014話 イザベルの答え
それから、1ヶ月が過ぎた。
「マスター。明日、休ませてください」
「ん?あぁ、明日が誕生日だったっけ。行くのか?」
「えぇ。家の方はもう見つけてありますし、娘さんの心情も多少落ち着いてきているかと。ただ、ジョヴィンさんの親戚というのが出てきてて、ジョヴィンさんの遺産と娘さんを引き取るとかで揉めてるみたいです」
「ディアックに勤めてたんだったな。そりゃ、金もたくさん残ってるだろうが、いやらしい話だな」
「とりあえず、明日、プレゼントを渡すだけ渡してきますね」
シェリーは食器を洗いながら、カールマンとそんなやり取りをした。
シェリー’s ビューポイント――――
翌日、シェリーは昼を過ぎた辺りで、ジョヴィンの家へと向かっていった。
ジョヴィンの家の付近まで来ると、娘が一人で外に出て座っているのが見えた。
家の中からは、親戚たちが遺産と娘をどうするかで言い争っている声が聞こえてきている。
ハァ~とため息をつきながら、シェリーは後ろにプレゼントの袋を隠しながら、娘に近づいていった。
「あなた、ジョヴィンさんの娘のイザベルちゃん?私、シェリー・レイっていうの」
シェリーが確認するように話しかけた。
「そうだけど、何か用?お父さんの話だったら、家の中で話して。今もちょうど話してるし」
イザベルは、シェリーを見るや、また財産分与の話かとばかりに嫌な顔をして、シェリーを家の中へ促した。
「ん~。あなたのお父さんの話といえばそうなんだけど、私の場合は、ジョヴィンさんからあなたに渡すよう頼まれてるの」
シェリーはそう言うと、イザベルの目の前にピンク色の袋を出した。
「ジャーン!お誕生日おめでとう!」
イザベルは目をパチクリさせている。
「生前、ジョヴィンさんがあなたへと買っていたプレゼントよ」
「そ、そうなんだ……」
そう言いながら、イザベルはピンク色の袋を受け取った。
「それじゃあね」
イザベルがしっかりとプレゼントを受け取るのを見届けて、シェリーは踵を返し歩き出した。
あまり長居すると自分が泣き出しそうで、早歩きで帰っていこうとした。
その時、背中にボンっと何かが当たる感触があった。
振り返ると、足元にプレゼントの袋が落ちていて、袋の中からプレゼントの中身が少し出ていた。
それは、グローブとボールだった。
イザベルが投げ返したようだ。
「どうしてっ!」
「誰とキャッチボールをしろっていうの!お父さんは死んじゃったじゃない!」
シェリーがイザベルと諫めようとした時、イザベルは泣きながら叫んだ。
シェリーは涙をこらえて、袋を拾い上げ、再びイザベルの元へ歩き出した。
そして、もう一度イザベルに袋を渡した。
「私も投げるの得意だよ。一緒にやろう!」
シェリーは、少し涙声でイザベルに声をかけた。
それから暫くの間、二人は涙を流しながらキャッチボールをしていた。
「ねぇ、イザベル。私の家にくる?」
「えっ?あいたっ!」
シェリーがボールを投げながらそんな事を言った。
びっくりしたイザベルはボールを取り損ねて、おでこで受けてしまった。
「あ、遊びに来る?って意味じゃなくてね」
そう言いながら、シェリーがイザベルに近づいてくる。
「やっぱりお姉さんもお父さんの遺産狙いだったの?」
不安そうな目をしながら、イザベルがシェリーに聞いた。
「ううん。遺産なんてどうでもいい。あなたがあの親戚たちの家に行った後の事を考えると、あなたがかわいそうで。もちろん、あなたが親戚たちの所へ行きたいならそれでいい。でも、もし居場所がなくて、私の所でもよかったら来ないかなって」
「なんで?親戚でもないし、全くの他人なのにそんな風に思うの?」
イザベルの問いに、シェリーはその場にしゃがみながら答えた。
「なんでだろうね。私も孤児だったから?ううん、言葉じゃ言い表せないけど、なんか助けたいって感じかな?こんな言い方だとめっちゃ上から目線だけどね」
そう言い終えると、シェリーは少し笑った。
「ま、急いで答えを出さなくていいよ。もし、私とでもよかったら、『暗夜の灯火』っていうお店に来てね。大通りから一本脇道に入った所にあるから、ちょっと分かりにくいかもだけど。居酒屋だからイザベルはまだ行った事ないだろうね」
シェリーは、そこまで言うと立ち上がり、イザベルに手を振って帰っていった。
それから毎日、『暗夜の灯火』の入り口の戸が開く度に、シェリーはすぐに入り口へ目をやるようになった。
だが、その後、少し残念そうな顔をするのも定番になってきた。
そんな日が5日程過ぎた頃、開店してすぐに入り口の戸が開いた。
ガラガラガラ。
「いらっしゃい。これはまた小さなお客さんだな」
カールマンの声を聞いた後、テーブルを拭いていたシェリーが一瞬遅れて入り口の方を向いた。
「シェリーお姉さん、いますか?」
大荷物を持ったその子は、この店のマスターであるカールマンに尋ねた。
「イザベル!」
シェリーが慌ててイザベルに駆け寄る。
「遅くなってゴメンね。やっぱり遺産相続の関係で時間かかっちゃってさ。いやいや、それよりも、お姉さんの説明が足りなさ過ぎ!『大通りから一本脇道に入る』って、大通りに何本の脇道があると思ってるの!?それだけで2日かかっちゃったよ!」
「そ、そう?ちゃんと説明したつもりだったけど……。で、どうするか決めたの?」
「うん。どっちの親戚もお父さんが死んじゃってから初めて会った人達だからよく知らないんだけど、もしかしたらいい人で、私の居場所が見つかるかもって思ってたんだ。」
「そっか……」
シェリーは、少しさみしそうに言葉を漏らした。
「でも、シェリーお姉さんと出会って、あ、この人となら、『かも』じゃなくて確実に居場所がある!って思ったんだ。だから、シェリーお姉さん!今日からお願いします!!」
その言葉を聞いて、シェリーは瞳を潤ませていた。
そして、一呼吸おいてから、カールマンの方へ向き直った。
「マスター!明日から皿洗いのバイトを1人増やしてもいいですか?」
「ふふっ、ノーと言えない質問をしてくるヤツだな。だが、雇うからにはしっかり働いてもらうぞ」
「はい!」
それを聞いて、イザベルは満面の笑みを浮かべて答えた。
その後、すぐにシェリーと抱き合って喜び合っている。
「ちなみに、いやらしい話だけど、遺産はどれくらいもらってきたの?」
シェリーがすごく聞きにくそうに尋ねた。
「え?お金ですか?お父さんとの思い出の物と私の物だけ持って出てきましたから、ないですよ」
「えぇ~!だってディアックの社員だったんでしょ!?めっちゃお金持ってたんじゃない?」
「あれはお父さんが稼いだお金。私は私で稼げばいいかなと」
「どんまい!」
リージョがシェリーの肩をポンと叩いた。
「いゃ、別にお金目当てじゃないし!」
今日の『暗夜の灯火』は、開店から大騒ぎだった。
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