第011話 ジョヴィンの覚悟
八百屋の騒動から数日が経ったある日の夜、また看板の文字が点滅し始めた。
依頼人が現れたようだ。
「シェリー、3番席に料理を運んでくれ」
カールマンが皿を洗っている途中のシェリー・レイに指示を出した。
シェリーは、『暗夜の灯火』でウェイトレスとして働いている若干男勝りな女性で、フォックスのメンバーでもある。
「お待たせしましたぁ」
シェリーは、カールマンの指示通り、3番席に料理と飲み物を運んでいった。
そこには、スーツ姿で清潔感が漂う身なりをした男性が座っていた。
そして、座っている横には、高級そうな黒いカバンとピンク色のやや大きめの袋が置かれていた。
「他にご注文はございますか?」
注文の品を置いたシェリーが男性に聞いた。
「そうだな。これなんか注文できますか?」
シェリーの問いに対し、男性はメニュー表の裏を指差して答えた。
それは、『何かお困りの事がありましたら、ご相談ください。小さな事から深刻な内容までお気軽に』という部分だった。
「えぇ、私でよければ相談にのります」
それを聞いた男性は、一旦ホッとしたような顔になるが、すぐさま深刻な表情になった。
話すのに勇気がいるのか、暫く沈黙の時間が流れた。
そして、意を決したような顔になり、話し出した。
「私はジョヴィン・ボーンといいます。大通りにあるディアックという金融会社に勤めています」
「めっちゃエリートじゃないですか!すごいですね」
「そんなカッコイイものではありません。金を貸す時は優しく貸して、返済時期になると厳しく取り立てていくんです。返済できない場合には、更に金を貸してその金で支払いをさせ、また貸している額が増えるといった悪循環に陥るように。そして、金利も最初はほとんど無いのに、いつの間にか法外な金利になっているなんて事も……」
「そうなんですか。クリーンなイメージがあったんですけどね。でも、借りる側にも責任があるんじゃないですか?」
「確かにないとは言えないですね。しかし、うちの会社は明らかにそうなってしまいそうな人を食い物にしているんです。万一、払えなくなった時のために、その家族や友人関係まで調べて、そこから借りてでも返せるかどうか見越して。やってる事はレイブンと大差ないですよ!」
そう言って、ジョヴィンはテーブルをドン!と叩いた。
「ま、まぁ、落ち着いて」
シェリーはそう言うと、ジョヴィンに飲み物を勧めた。
ジョヴィンは、飲み物を一気に飲み干すと、少し冷静になったようだ。
「すみません。ちょっと熱くなりすぎました」
なんだか気まずい空気が漂っている。
シェリーは、この場をなんとかしようと目についたピンク色の袋に話題を変える事にした。
「ジョヴィンさん、そのピンクの袋はなんですか?」
「あぁ、この袋の物はプレゼントです」
「え?私にですか!?」
「いや。今日、初めて会ったあなたにではないですよ」
「あはは。そうですよね……」
シェリーはとても恥ずかしそうにしている。
「来月末、娘の誕生日なんです。それで、仕事帰りに買ってきたんですけど、やっぱりピンクっていうのは恥ずかしいものですね」
「そんな事ないですよ。立派なお父さんですね。でも、来月末なのに、ちょっと早くないですか?」
ジョヴィンは、また暫く黙ってしまった。
そんなジョヴィンの顔をシェリーはそぉっと覗き込んだ。
それに気づき、ジョヴィンはようやく話し出した。
「先程も言いましたが、私はディアックに勤めています。おかげで給料もそれなりにいいと思います。しかし、違法まがいな事をしたり、人道に反する事もよくあります。私は立場上、そういった情報を得る事ができるポジションにいます。このカバンの中にディアックの悪意の部分をまとめた資料と証拠が入っています。これを持って内部告発をしようと思っています」
ジョヴィンは、カバンをポンポンと叩いてそう言った。
「でも、ホントにいいんですか?生活や環境がガラリと変わっちゃいそうですよ」
シェリーが心配そうに言った。
「昨年、妻を病気で亡くしましてね。それ以来、娘のためにとがむしゃらに働いてきたんですが、その娘に対し、今の自分は誇れる父親なのか疑問に思ってしまったんです。私は娘に誇れる父親でありたいんです。そのための内部告発なのですが、内部告発をする事によって、娘に迷惑をかける事になるかもしれませんけどね」
ジョヴィンは、頭をポリポリとかきながら、しかしその眼は決意に満ちていた。
「娘さんもジョヴィンさんの気持ち、きっと分かってくれますよ」
「ありがとう。これも何かの縁でしょう。今度は娘も連れて報告に来ますね」
そう言うと、ジョヴィンはグラスを持ち上げ飲もうとしたが、中は空だった。
「あっ、すぐおかわりをお持ちしますね。同じ物でよかったですか?」
「あぁ、お願いします」
シェリーは、空になったグラスを持ち、席を離れていった。
「3番席、自分の勤めている会社を内部告発するつもりのようです」
シェリーは空のグラスを運びつつ、カールマンの横を通り過ぎながら状況を報告した。
「そういう事か。何か思い詰めてる感があったが」
シェリーからの報告を受け、カールマンが呟き、何か考え事を始めた。
暫くすると厨房から飲み物が出てきた。
シェリーはそれを3番席へ持っていこうと歩き出した。
「シェリー!」
「ん?なんですか?」
カールマンがシェリーを呼び止めた。
「内部告発をやめさせる事はできそうか?」
「え?なんでです?意志は固いように見えましたけど」
「立派な事なんだろうが、本人の居場所がなくなったり、今後の生活にも影響が出てしまう可能性が高いからな。俺たちが動いた方がいい」
「という事は、今晩、作戦会議ですね!?」
「あぁ、そういう事だ。だから、頼むぞ」
「了解です」
シェリーはそう言うと、3番席に飲み物を運んでいった。
「お待たせしました。おかわりです!」
シェリーは明るく3番席へ入っていった。
シェリーが入ってきた時、ジョヴィンは窓の外を見ていたが、シェリーに気がつくと向き直り、グラスを受け取った。
「ん?外に何かありましたか?」
「いや、ただ眺めていただけですよ」
シェリーは、何か違和感を感じて聞いてみたが、ジョヴィンからはそんな言葉が返ってきただけだった。
「あ、そういえば、このお店、なんか変な噂があるんですよ」
「どんな噂なんです?」
「このお店で相談事をすると、どこかでフォックスが嗅ぎつけて、問題を解決してくれるという噂です!ジョヴィンさんの話も聞いてて、解決してくれるといいですね。そしたら、内部告発なんて危険な道を渡らなくてもよくなりそうですね。まぁ、私はフォックスを見た事はないんですけどね」
「そんな噂があったんですね。もう少し早く知っていれば良かったのに」
ジョヴィンは、少し残念そうな顔をした後、またすぐに覚悟を決めた顔つきになっていた。
その表情を見て、シェリーはそれ以上何も言えなくなり、一礼して3番席を出ていった。
説得しきれず、しょんぼりした顔でシェリーがカールマンの元へ戻ってきた。
「ダメでした。決心が固いみたいです」
「そうか。ならば、上手くいくように裏で動くしかないか。他に気づいた事はないか?」
カールマンから質問され、シェリーは少し考えてから、来月末なのにもう娘の誕生日プレゼントを買っている事、何か外を気にしているような素振りを見せていた事などを挙げた。
「来月末のプレゼント、周りを気にする。もう少し早くフォックスを知っていれば。ふむ……」
カールマンは難しい顔をして、考え込んでいる。
考えるのはカールマンに任せたとばかりに、シェリーは他の席の片付けをしに行った。
暫くしてジョヴィンが3番席から出てきて、カールマンの所へ勘定を払いにきた。
「ありがとう。ご馳走さまでした」
「また来てくださいね」
そう言うカールマンにジョヴィンは、にこやかに会釈をして店を出ていった。
「あ、3番席、空きましたか?」
食器などを運んできたシェリーがカールマンに声をかけた。
「あぁ、3番席も片付けに行ってくれるか?」
「は~い」
シェリーは、今持ってきた食器を洗い場に置いて、3番席へ向かった。
片付けをするために3番席へ入ったシェリーだったが、少しすると慌てて飛び出してきた。
そのシェリーの手は、ピンク色の袋を持っていた。
「マスター。ジョヴィンさん、娘さんへのプレゼントを忘れていってる!今から届けに追いかけていい?」
「はぁ……。そういう事か。時すでに遅し、だったんだな」
「何を言ってるの?とりあえず行ってきますね!」
「ダメだ。それはお前に託された物なんだ」
「どういう事!?全然分かんないよ!」
シェリーはそう言うと、前掛けを外して、店の出入り口に向かって走っていった。
「おい。シェリー!行っちゃいかん!」
カールマンの言葉も聞かず、シェリーはジョヴィンを追いかけて店を出た。
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