第二章[穴埋めの日常]4
「ますたぁ。侵入者の処理ヲ完了シマシタ」
『キカカカカ。そりゃ結構』
フルールがいた謎の空間。
その中で唯一立っている孫が一機。背中には地球で言うところの鳥の羽を持ち、青色のボディスーツで固めたもの。この世界にいる、地球で言うところの天使のような見た目の有翼種族である[漣]を模した形である。
その足元には、とても直視はできない肉塊があった。……フルールの成れの果てである。
「フェアリオンガ、何処カニ機体ゴト捨テタト言ッテマシタケド。ソノセイデスカ?ココニ来タノハ」
『キカカカカ。かもな。オマケのそいつは適当にされたんだろ。愛しのお父様とやらの、命令には入ってなかったんだからな』
「ハイ」
孫は翼(型のマニピュレーター)を動かし、背中に取り付けられているタンクからチューブを伸ばし、肉塊を回収する。
『キカカカカ!いいか?その生ごみの回収が終わったら、そこのメカの解析、再開だぞ?』
「ハイ。心得テ居マス」
『…思い出の品、ね。キカカカカ!スーパーロボットがそうとか、おもしろいもんだ』
「ハイ」
肉塊を吸いとっていきながら頷く孫。
それがほぼ終わったころ、彼女がその瞳を一瞬光らせる。
すると、暗黒の空間に光が宿る。
各所に設置された照明が付き、巨大な空間の全貌が露わとなる。
「回収完了。デハ、作業ヲ再開シマス」
そこは巨大な格納庫だった。高さは優に五十メートルを超え、横幅はその数倍ある。
彼女の周囲には水道が存在しており、格納庫の中心を囲むように螺旋を描いていた。
その中心にあるものと言うのは、巨大な、とても巨大な、ロボットだった。
「飛翔開始」
孫がそう言うと、その翼が動き、ばさりという音と共にその体を宙にあげる。彼女はロボットの方を見て、一直線に飛んでいき、そのうなじあたりに着地する。
「開錠」
彼女が武装のない右手をその表面装甲にかざすと、七色のラインが一瞬現れ、直後にそこが展開し、コクピットが現れる。
「作業再開」
彼女はその中にするりと入り、完全に電源の落ちたモニター類をいじり始める。
「難解。再起動ノ条件、不明」
そう言いつつ、彼女が時間をかけて作業をしているときだった。
ガタゴトガタゴト………
「?」
背部のタンクが、奇妙な振動を始める。
彼女が振り向いたその瞬間、タンクを突き破って出てきた手が、その顔面をがっちりとつかんだ。
「どうも、ありがとうございますわ」
その声は、とても怒った様子のフルールの声だった。
「……………」
孫は静かに自身を掴んだ手が出てきた所に視線を移す。
「さぁ、覚悟するのですわ。肉片にまでしてくれた仕返しを…………」
フルールはタンクの中から強気の口調で言っていたが、ふと詰まり、
「仕返しを………はて。腕一本でどうしましょう。これだけしか出ませんでしたのに」
「分離」
「のわぁ!?」
孫はコックピットから飛び上がり、タンクを分離、フルールの手をはたいて剥がす。
「ちょ、ぐちゃぐちゃに、ぐちゃぐちゃにぃ!」
腕一本だけが突き出た不気味な見た目のタンクが道に落ち、転がっていく。
「邪魔ヲスルナ」
孫は飛び降り、転がっていたフルール入りのタンクを踏みつける。
「!?」
「ドウヤラ、焼却処分ガ適切ラシイ」
孫はタンクを勢いよく頭上に放り投げる。タンクが瞬時に見えなくなるまで飛んでいってしまうと、背中についている円柱型のチューブ付きのものを手に持ち、
「燃エロ」
あくまで無表情で、大火力の火炎放射器を放つ。
ゴォォォォォォォォ!!!
「え、なんで熱いんですの?ものすごくあつ………のわぁぁ、なんですの!?熱いって何ですの!?………あ、火か。ってそれどころでは………燃えるぅ!フルが燃え尽きるぅ!?」
突き出た片腕が無意味に、せわしなく動き回る。
炎に包み込まれたタンクはじわじわと溶けていく。
「………暇。ハヤク燃エロ」
欠伸の真似をする孫の頭上で、タンクはグルグルと回っていく。そしていつしか、その真ん中に亀裂が走る。
「ハヤク戻ッテ作業ヲ再開シナケレバ…………」
ふと、孫が頭上を見上げると、
「フルは、物理的炎上を勘弁してほしいと思ってるのですわ!するならネット上だけで十分ですわ!くらえ、王家秘伝最きょ………」
孫の左手より射撃が一発、チュドン。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
タンクの表面が溶解して柔らかくなったところで、フルールはそれを力技で裂き、孫の脳天に向かって拳を突き出そうとするが、孫の腕から飛び出た銃火器により、タンク諸共撃ち落されたのだった。
「………ひどい、ですわ…………」
プスプスと音を立てながら、握りこんだ手を横に伸ばしながら床に突っ伏すフルール。
孫はそれを冷たい目で見る。
「雑魚」
「ひどい………です、わ」
シクシクとフルールは泣きながら言う。
「サァ、死ネ」
孫は再びフルールを蹴り上げようと、先の火炎放射器を持って接近する。
そして、そうしようと足を動かし、彼女を打ち上げた時、
「我が王家秘伝!『最強あなたのとろろろる』!」
フルールは握りこんだ手を開き、その中の頭にあったドリルを思いっ切り孫の足にぶつける。
「!」
直後、超高圧の電流が孫を襲う。
その足の動きが一度止まる。
フルールはその瞬間を見逃さず、孫に覆いかぶさって、押し倒す。
「っ」
「あははははは!やったのですわ!勝ったのですわ!これぞ王家秘伝の………」
密着した状態で勝ち誇り、油断したフルールの頭がむんずと掴まれる。
「へ?」
首の骨がどうなろうとしったことではないと言わんばかりに、それは振りかぶられ、宙を舞う。
「的確ニ打チ上ゲ」
「ごぶごぶ!?」
「下半身機能停止。ヨクモヤッテクレタナ」
孫は上半身だけを起き上がらせ、決して背を見せず、再び銃火器を宙で螺旋状に回転しているフルールに向ける。
「………!」
しかし、孫の計算より、フィラの機動が奇妙な物を描く。そのため、打ち出された銃弾の大半は外れ、フルールは右足を吹き飛ばされるにとどまる。
「いたぁぁぁぁいですわぁぁぁぁぁぁ!」
涙目でフィラは孫の脳天に落下する。ちなみに、先のドリルは握ったままで、それは美味い具合に孫の背中に突き刺さった。
「ナ。背中ハダ……メ……」
そこで孫は急に力を失い、がくんと前に倒れ、寝落ちしたような体制になる。
「………え、何ですの?」
既に気合で右足の半分が再生させたフルールは、自分の真下を見る。そこには孫の開いた背中と、その中にある画面、電源と公用語で書かれたスイッチ、従順形態と書かれた、下げられたレバーがあった。
「……なんですのこれ」
ちなみに、ドリルを握っている彼女の手は、レバーを押していた。どうも、ドリルでカバーを外し、手で思はず下げてしまったらしい。
「………ますたぁ、ヨクモ。ダカラコンナ機能ツケルナト反対シタノニ。面白ガッテ付ケルカラ………」
口だけは動くのか、愚痴を言い始める孫であった。
「………………勝ちましたわ!ざまぁみろですわ!あははははは!」
調子に乗ってフルールは笑う。しばらくそうしていたのだが、
「………さて。従順形態ってかいてありますわね」
フルールは孫の顔をちらりと見てから言う。
相手は無言を貫く。
「まさかとは思いますけど。これって言う事なんでも聞くってこと、ですわよね?」
「………」
無言はそのままだが、全力で孫は首を左右に振る。執拗に何回も、だ。まるで、気付かれて欲しくない事実を必死に隠蔽しようとしているのかの如く。
「…………そうですか。違うのですわね。残念ですわ……」
安心したのか、ほんの僅かに孫の顔がほころぶ。
それを見たフルールはにやりと笑い、
「さぁさぁ!なんでもいう事を聞いてもらいましょう!肉塊にしてくれた恨みですわ。フルはひき肉となって精肉店で売られ、料理の時に復活するなんて事態は嫌ですの!」
何を言っているんだと呟く相手。
「お礼ですわ!全てを喋ってもらいましょう!あんなことやこんあこと、秘密なことから、非常に危険な事までも全部!」
そう叫んで暫くの間、体が動くようになった孫(ノーザリアというらしい)に奇妙なポーズをとらせまくりながら様々な情報を吐かせていたフルールであった。
だが、ある情報を聞いた時、
「……何ですって?」
真剣な表情をして呟いたフルールは、ノーザリアに[ミタッタ]の修復をどうにかするよう、命令した。
「………カシコマリマシタ。……オノレ。ますたぁ……」
凄く不満そうな表情で、ノーザリアは動きだす。
「フィラ………」
フルールは服を探しながら彼女のことを考えた。
そんな彼女を見たノーザリアは、にやりと笑った。
「……しっかし、お腹減りましたわね」
「ハ?」
[煌]の再生能力は、当然のことながらカロリーなどのエネルギーを消費するため、肉塊から再生するようなことをすれば、当然空腹になるのだった