第二章[穴埋めの日常]3
入り口に対して広めな部屋。そこにはシャッター付きの窓があり、天井には電源が独立している、貼り付ける方式の照明がある。
家具などの類としては、ソファーや布団があり、おもちゃとしては様々なものがある。
「ここは、私がつくった神威のための部屋よ」
テラが、神威の事を慈愛に満ちた瞳で見ながら言う。
「なんで?」
「あんたを修理するまで結構時間かかったから。暇を潰す場所をあげたのよ」
「へぇ…………」
(作ったって、能力で(・・・)?それとも手作業?)
「フィラ姉ちゃん!」
「ってわぁ!?」
神威はよほど会いたかったのか、あまり自由に動かせない足を使ってフィラの胸元に飛び込む。
フィラはそれをうまく受け止める。体への負荷は、ほとんどかからなかった。
「おおっと。……結構、ちゃんと直ってる」
「時間かけたんだから、当然よ」
フィラはややどうでもよさそうに言う。
「っていうか、神威。足悪いんだから無理しないでね」
「あはは、すまん。でも、またあえてうれしい!」
「……あ。神威、心配させたよね。ごめんね」
フィラは神威の手を取る。
「いやいや!なおってよかった!うれしいぜ」
「うん。……ところで、再会できたのは良かったけど。どうしてここに?」
慈愛顔で、飛び込んできた神威を見ていたフィラは、顔をあげる。
「…ああ。俺も、フィラ姉ちゃんもテラ姉ちゃんにたすけてもらったんだ」
「そうなの?」
「そうよ」
嬉しそうに頷くテラ。
それを見たフィラは、
(っていうかなんか、神威はテラを知ってて、テラは神威を大事そうにしてるけど。一体何があって…)
そう疑問に思っていた時、神威が口を開く。
「テラ姉ちゃんは地球の[星神]だってさ。だから俺らのことたすけてくれた」
「へぇ。……………いやちょっと待って[星神]!?」
特に強調もせずに気軽に重要な情報を出してきた神威にフィラは思わず変な反応をしてしまう。
グッとカビを動かし、神威を見、その後テラを見るフィラ。
「……………………[星神]?」
意味もなく、二度テラを見てフィラは言う。
「確かに、私は地球の[星神]だけど。そう……」
テラは頷き、部屋の端に行き、シャッターを押し上げる。
すると、
「これは………」
開かれた窓から、周囲の光景が見えてくる。
眼下には、都市があった。かなりの規模だ。どうもフィラ達がいるところが周囲一帯の中で唯一の高層建築であるためか、全て小さく見えるが。
広がる街並みには、多くの家や店があり、前者の方が大半を占めている。全く統一感のない、明らかにかつてあったであろう地域がバラバラの、過去の、文化色の強い建築物が、それを構成していた。
「私は、この都市[アース]で過ごしている星神、テラよ」
「え?え?ホントに?」
「嘘なんかつかないけど。何よ」
フィラは神威と顔を近づけ、小さな声で、
「(地球の[星神]ってことは、依頼主、だよね?多分)」
「(……あ、そうだな)」
フィラはそっとテラの事を見る。
「何よ」
テラはやや不機嫌そうな顔で、何故かマラカスをお手玉のように扱って芸をしていた。
(何で………?)
「………何やってんだ?テラ姉ちゃん……」
ジト目でテラを見る二人。
「……そういうの、すきなのか?」
「そういうのっていうか、子の作ったものはみんな好きよ」
テラは芸をし続けていると、いつしかその口元はほころんでくる。
「どうしたんだよ、テラ姉ちゃん、そんなにうれしそうに」
「やってると楽しくなるのよね、子の作ったものって」
そう言いながらテラは尻を振るダンスを追加する。
まるで、青い妖精が楽しげに踊っているように見えた。
「………まぁ[星神]、かなぁ」
自身の子に惜しみない、無条件の好意…愛情に近しいものを注ぎ、その創作物を好む。
それは[星神]によく見られる特徴だった。
([封御の輪]がついてないから、分からなかったけど………)
[封御の輪]とは、強大な力を持つ[星神]の力を制限するために、着用が義務付けられている首輪型の装置だ。
これは、過去の大戦で、[星神]が暴れ回って各地を破壊していった(強力な大量破壊兵器を放つなどして)ことがあるので、そういった事態を防ぐため、最高峰の文明レベルを持つ星神によって開発されたもので、一応彼ら全員に付ける義務がある。
これをつけていることで、[星神]は自身の[星の断片]以外で、その能力をほとんど封印される。自身の領域ではいいのは、その方が便利であるということや彼らへの配慮などの理由があるが、詰めが甘いと言える。
[星神]のつくりだしたものは、時間経過、または一定距離(地球でいうところの五百メートルほど)離れると消えるため、[封御の輪]により、遠距離攻撃も、近距離攻撃もできなくなり、戦闘行動は不可能になる。
戦闘を防ぐためのこれは、破壊されないよう、強力なバリアを発生させる装置もついており、大抵の[星神]は、破壊は不可能だ。
(何で、なんだろう……?)
なぜその[封御の輪]がないのかは気になるフィラであったが、今さっきの子に関する発言、以前に見せた[星神]固有の能力。これらの要素から、彼女が[星神]であることは疑いようがなかった。
テラはソファーにちょこんと座りなおし、フィラ達も元の場所に戻る。
「………さて。それじゃ、会議を始めましょうか」
「会議?」
機体に戻した神威が機体を操作して座ったので、フィラもそれになることにした。
「会議って一体……」
「………第一回、家族モドキ会議よ」
テラは嬉しそうに笑いながらそう言った。モドキがついているとは家族、会議と。
「…………んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん?」
思わず耳を疑って異常がないか確認したフィラではあるが、聴覚センサーに異常は検出されない。よって、聞き間違いではない。
「え?え?何でそんな話になってるの?」
「…あ、そういえばおねがい、あったんだった」
(おねがい…。……依頼のこと、かな?)
フィラは首を傾げる。
「そうね、ふふ」
一方で互いに視線を投げかけ、笑う二人。
「……仲いいんだね、神威」
目を見開くフィラをちらりとだけ見たテラは、静かに笑う。
「…………お願いよ、私による。けど神威は、アンタも一緒に、っていうのよ。アンタがいた方が良いのは事実みたいだし、アンタの了解もね」
「う、うん。それで……その、内容は……?」
いまだ混乱が抜けきらないながら、その先を促すフィラ。
テラはゆっくりと口を開き、言う。
「………一緒に、いて欲しいってことよ」
「………。……?」
「一緒に日常を謳歌したいの」
「………一緒に?生活するって?」
「そうよ」
テラは頷く。
(え、じゃぁ………依頼って一緒にいるっていうか……う~ん、日々を楽しく過ごすのを手伝うこととか、なの?)
フィラは首を傾げながら、手伝いということに当てはめて考える。
「………なんで………?」
「……そういや、なんでなんだ?」
「…それは…………」
そこでテラは二人に背を向け、都市の方を見る。
その背はとても悲しそうで。その瞳は何かを求めるようだった。
(ずっと、町の方を見て……あ!まさか……!)
あることを思い至ったフィラは、テラの心に踏み込むことになるために発言をためらうが、しかし重要な事なので意を決して彼女に問い掛ける。
「…もしかして、だけど。友達とか、傍にいる誰かが欲しいの?」
「え?」
「……あ、ごめん。踏み込み過ぎだよね」
テラはぽかんとしており、特に否定はしなかった。
「……そうなんだね。うん。……神威」
フィラは彼に視線を送る。
「……ああフィラ姉ちゃん。おれはそのつもり。しばらくのあいだは、な」
彼は深く頷く。
「まぁ。変わった依頼だけど。もちろんやるよ」
そう言いながらフィラはテラのことを見つめる。
「……ま、まぁ。ありがと」
彼女は、フィラ達の言葉に嬉しそうに笑っていた。
先程のやや威圧的な態度はどこへやら。彼女はいつの間にか、クラッカーを作り出し、パンパン音を鳴らしていた。一緒にいてもらえることがそんなに嬉しいらしい。
星神は過去にあった道具(と定義可能なもの)なら何でも作れるという話だが、これは地球で言うところのトンカチとか、そういう工具以外のものも指し、何かしらの用途のためのものなら、例外も結構あるが、それなりにいろんなものを作り出すことが可能である。
「……そう言えばだけど。神威、何でテラのこと、そんなに慕ってるの?)」
そんなテラを見てふとそんな質問をしたフィラに、神威は「スゲーかんたんなことだ」と言い、
「やさしい」
「!」
テラはその言葉を聞き、さらに顔をにやけさせる。
「…………ああ、あの最初の時の」
フィラは、ぽんっ、と手を叩く。
あの時、テラが彼を慰めていたからか、と。
「フィラ姉ちゃん、ぶっこわれちまってさ。こわくてさ、ふあんでさ、そんときにテラ姉ちゃんがきてさ、なぐさめてくれたんだよ。フィラ姉ちゃんもなおしてくれてさ~。いや~、やさしいってさいこう!」
「あ、そういうこと」
幼い子どもの心情としては、優しくしてくれる相手に好意を抱くのはそこまで不思議ではない。
そう納得したフィラがテラの方を見ると、
「……………」
神威に褒められたせいか、クッションを抱いて赤くなっているテラがいた。
(……なんて可愛い生きも………いや、生き物じゃないけど)
フィラも機械であるためにそうではあるが、テラは別の事で違う。
[星神]は基本色が白の、色が変わる謎の物質だけで出来ており、その内側は地球で言うところの粘土細工と変わらない。子と同じ姿形をしていても。
そのため、とても生物とは言えない。
「嬉……しい、神…威」
顔が真っ赤なせいか(赤くなる原理は不明である)、テラはどこかたどたどしく言う。
「………ありがとう」
そう言った。
「……ところで、私達が倒れていた所に、他に誰かいたりとか、または[星入界塔]の職員に何か聞いたりとかは」
「なかったのか?」
「…………?さぁね。捨てられた人形みたいにぺシャッとなってたけど、それ以上でもそれ以下でもないし。誰の痕跡もなかったわよ」
テラは首を傾げながら言う。
「そう…………」
(襲撃者の手掛かりはなし、か………一体、どうやって私達を?地上に上がる以上、[星入界塔]は通らないといけないのに、とめられないはずがない……)
体が上下分割済みの孫と、大泣きの子なんて連れていたら、引っ掛からないわけがない。国際社会の外にいる者が抜け道の類を知っているとも考えにくい。
(何か背後にいて、その助けで地上にあげれたとしても、捨て置く必要があるの…?)
そう疑問に思うも、今は確かめる術はなかった。