第二章[穴埋めの日常]1
「あれ」
フィラはいつの間にか、見知らぬ場所に立っていた。何故か、完全に修復された状態で。
どうやらそこは通路のようで、木目が目立つように設計された、温かみのある場所だ。カーブを描くように上に向かって坂が出来上がっているその光景は、フィラが前に見た
ものと明らかに違っている。
そして。
「…………あの」
「……………」
目の前で小さな誰かが、フィラに向かって巨大な金槌を振り上げ、今まさに彼女の脳天に振り下ろそうとしていたのだから。
フィラはジト目で相手を見る。
「あの、何を?」
「起動が遅い電化製品は叩いて直すものよ」
「むしろ壊れる方に一直線!……っていうか電化製品ってひどくない……?」
思わずツッコむフィラ。
「そこはまぁ、どうにかなるわよ」
「いやいや、ならないから」
叩いて直るような単純な構造はしていないフィラである。治るどころか壊れる、打ちどころによっては、誘爆からの木っ端みじんの結末への直行、待ったなしであった。
「…………全く、遅かったじゃない、起動。遅すぎるわ」
不満そうに言うその誰かは、フィラが前の短時間の起動時に見た、あの誰かであった。
少女のような彼女の背は、フィラより少し低い。
服装は水色の着物に、腰には群青の布を巻いており、足元は着物と同色の、尖った機械的な見た目の靴。
瞳は緑、茶色の髪はやや長めで、後ろで結わえてある。
そんな誰かは、剣呑な目つきでフィラを見ているのだった。
「遅すぎるわ、遅すぎるわ。いつまで待たせるの、よ!」
「え、ええ………ってわぁっ!?」
目の前の誰かは指をびしりと指し、フィラに文句を言いながら金槌を振り下ろす。
彼女は急いで回避したため、戸惑い曖昧な返答しかできなかった。
「なんなのよ、なんなのよ」
相手は金槌を担ぎ、不満そうにしながら悪態をつく。
一方でフィラは、
(………あのとき、神威を抱いててくれた誰かと、完全に一致したけど。あなたは…)
「あなたは………誰なの?」
文句が終わる気配がなかったので、フィラはそう言って無理やり相手に言葉の矛を収めさせる。
相手の少女(?)はため息をつき、金槌を消滅させる。
「!」
テラの目が驚きで見開かれる。
物を消滅させる。持っていたそれを消滅させるという行為は、ある者たち(・・・・・)にしかできない。目の前の者は、それをやって見せたのだった。
「ついてきなさい」
彼女は苛立ちだけわずかに残し、そそくさと通路の奥の方に行ってしまう。
「あ、ついてこなかったら」
今度はその手に猟銃のようなものが出現し、銃口がフィラの目と同一線上に置かれる。
「その脳天、ぶち抜くわよ」
少女(?)は銃を消滅させ、さらに足早に言ってしまう。
「……え、ちょ、ちょっと待って!」
訳が分からなかったが、取り敢えずフィラは、相手の背中を追う。
「あの、あなたは………」
フィラは撃たれないよう、相手を刺激し過ぎないように聞く。目に装甲なんてあるはずがない。そこに当てられた場合、頭が木っ端みじんになるのは想像に難くないからだ。
「あなたって………前に神威……子供を、抱いてなかった?」
フィラは追いながら尋ねる。
「………」
相手は見向きもせず、ずんずん進んでいく。
(無視された………)
そうであっても、何か分からない事にはついて行く以上のことは何もできない。
「あの」
「………」
相手は本一言も発しないため、フィラは黙ってついて行くほかなかった。
「……………」
彼女は、ついていく相手のことを考える。神威を抱いていた時の記録映像と、大槌を消滅させたときの記録映像を頭の中で再生しながら。
(神威のこと、大事そうにしていたけど………あそこまで大事そうに、ただの子が抱擁する、わけないよね…)
あの抱擁は、本物の愛情にも近しいものを感じられた。
それは彼の家族以外(彼の家族は全員死亡している)では、ある者にしか出せないものだ。
(それにあの能力。知り合いでもないのに、あそこまでの思いで、神威を……)
「着いたわよ」
「……え?」
「え?じゃないわよ」
「え、あ、うん」
彼女等の目の前には、横にスライドするタイプの自動ドアがあった。
銀色のそれがゆっくりと右にスライドすると、
「ん?………フィラ姉ちゃん!よかった!さいきどう、したんだな!」
入り口に対して大分広めな部屋に、謎の六方一球形の二足歩行機体に乗った神威がおり、フィラ達の事を見てうれしそうに笑った。




