第一章[不思議な手伝い]3
強すぎる衝撃と舞い上がる塵、そして耳をつんざく轟音。
機体が激しく揺れる。
「なななな、何が起こってんですの………!?」
元より安定しているとは言い難かった機体挙動はさらにおかしくなる。側面のブースターが壁と接触し、耳をつんざくような甲高い音を発した後、先端は折れて後方に勢いよく流れていく。
それを見ながら、彼女は歩いて来た。
「誰!」
フィラは天井を開放する。
突風が入ってくるが、彼女は機械らしく最小の動きでその上に飛び上がってすぐに神威に閉じてもらう。
腕は素早く展開、変形し、カノン砲を形作る。
基本、武器の携行が許可されている[星の断片]以外では、武器の携帯は許されていないが、フィラ達の様な、国際的な組織に所属する者はどこでも携帯や装備を許されていた。
「……そこにいるのは」
金属同士がぶつかる音を立て、彼女は揺れる機体の上に乗る。
彼女の視界に映るのは、粉塵と共に立つ誰か。
センサーを別のものに変更し、彼女は襲撃者の形を見る。
「六方一球形の、種族…………けど………これは………」
その体には、生えているものがある。[竜]のように何かが生えているものはいるが、しかし。それに生えている者は、今までに知られていない種族のものだった。
「ふ……」
国際社会は、星の一定範囲のみをその勢力圏内としている。
[地球の断片]などの田舎がその境界線となっており、その先は未だ、未踏の領域。
空の[炎の殻]の放つ熱で溶けるために衛星も打ち上げられず、むやみに領域を広げようとして、もめ事が発生するのを危惧しているのもあり、調査はあまり進んでいない。
そのため、未踏領域には今なお、社会に知られていない[星の断片]、知性種族も、かなりの数がいる。
「知らない、種族………」
人のように身体能力の面で劣っている種族も、秀でている種族もいる。
何の前触れもなく、高速で飛行する[ミタッタ]に、見たところ生身で強襲をかけてきた当たり、後者と見ることが出来るだろう。
「………」
粉塵も消えてくるころに、襲撃者の姿が見えてくる。
最初にシルエット。次に徐々に服装なども見えるようになっていき、その全貌が明らかになっていく。
「……………あはは」
襲撃者は、笑う。
背中に、地球で言うところの蝶の羽のようなものを生やした、妖精のような風貌の彼女は、左手に杭が入った箱型のものを持ち、黒い外装をつけ、下に露出の多い、これまた幻想的な雰囲気の植物そのままの服を着ている。
彼女は左手の箱をいじりつつ、
「こんにちは、孫」
小刻みに、地球で言う蝶が羽ばたくように動く、背中に生えた二対、計四枚の、エメラルドグリーンの羽は好きとおっていて美しく、ピンクの瞳には不思議な魅力がある。肌は色白で、地球で言うところの真珠のようにも見える。
「ちょちょちょ、何ですの!フルの[ミタッタ]に損害与えて!先約を!来るなら事前通告!」
頭を出し、どうでもいいことを言うフルール。そして、状況が状況なので全員に無視された。
「…………」
フィラはカノン砲を襲撃者に向けながら、その体と持ち物を、自身の機能で調べられる範囲で調べる。
(箱は………なにこれ?)
体には何か危険そうなものがあるわけではなさそうだったが、襲撃者が持つ箱は、そうではない。しかし、中にくぎに近い形をした何かが入っており、それが非金属のものと分かっただけで、その正体は知れない。
「さて行くわ」
襲撃者は真面目な顔で、冷たい声で呟く。
「あなたは、何?」
何があってもいいように、全センサーの感度を挙げ、突風吹き荒れる今の場に合わせた調整にする。
「ワタクシは、こ・ど・も」
少しだけ嬉しそうに言う襲撃者。
「……ようがないなら、ごめんだけど、直ぐに退いてくれるとありがたいけど」
(ないなら、襲撃行為が好きでもない限り、こうはしないだろうけど)
「ようなら、ある」
「そう。まぁこういうやり方の時点で、ロクなことじゃなさそうだけど」
そう言って、フィラはまずは牽制のため、低出力でカノン砲を撃とうとする。
「はっ!」
「ろくなこと、いいこと」
襲撃者は、指をパチンと鳴らす。
と同時に、発射のためのエネルギー臨界に近かったカノン砲が、自壊した。
「!?」
光があふれ、爆発が起きる。
「腕部分離……!」
彼女の、自滅を防ぐための緊急用プログラムにより腕が根元から分離され、彼女は飛び退る。
空中で一回転した後、彼女の靴は機体の球体部分にかぎづめ型のストッパーをかけ、彼女の姿勢は強引に固定される。
「…………っ」
(誘爆は、しなかったけど………)
「ふん」
箱を横に振るったのち、フィラの方に歩いてくる襲撃者。
フィラは残った腕を変形させ、近接用ブレードに変える。
「いいことを、始めるのよ」
襲撃者のその足は機体を踏みしめ、彼女は飛び上がり、フィラに飛びかかる。左手の箱を前に突き出して、
「………っ」
(出力上昇!)
ストッパーが解除されると同時にフィラは飛び上がり、襲撃者の横を通り抜けたのち、機体の反対側に着地するが、
「……くらえ」
「!」
すれ違ったはずの襲撃者は、フィラの真後ろにいた。
(何て動き………!)
「くらいなさい」
襲撃者は羽を大きく動かし、勢いよく箱をフィラに突き出す。そしてその手前側を勢いよく殴る。
直後。
「!?」
木箱のようにも見えたそれの奥。闇に包まれ、見えないそこから、それは出てくる。
それは、得物を仕留めるための、凶悪なる一刺し。
即ち、杭打機の一撃であった。
「!?!?!?」
穿つ。勢いよく回転しながら打ち出された杭は、フィラの腹を貫き、誘爆を起こさせる。
「っ……ぁ………」
火花を散らし、粉々になった部品を散らしながら、フィラは機体の上を転がる。
(なんで、あんな、もの………)
損傷により、やや不鮮明になった視界で、操縦席に向かう襲撃者を見ながら、フィラはそう思う。
「フィラ~、[地球の断片]の入口、今さっきすぎてしまったの………ですの!?」
襲撃者は飛び上がり、様子見とばかりに顔を出したフルールを勢いよく蹴り、昏倒させる。
「…うぐっ」
そのまま彼女は崩れ落ち、フィラの視界から消える。
(一旦、シャットダウンを……データ破損は)
そこでフィラの機能は、一時的に停止した。
「フィラ姉ちゃんが…!フィラ姉ちゃんが……!やだやだ、こわい!こわい!なんなんだよ、なんなんだよぉ………つ……ぁ……わぁぁ……!」
「怖かったんだね。大丈夫、大丈夫。安心して、神威」
そこには恐怖に震えて泣きじゃくる神威と、彼の体を受け止める、誰かの姿があった。
「私が守ってあげる。大切にしてあげる。だからもう、怖がらなくていいから。安心して、眠って……私の、子。大好きな、子」
少し顔を赤くして彼を抱く、水色の和服を纏った、彼の感情を受け止める彼女。
ほんの数秒だけ再起動したフィラは、その誰かが、何かを求めるように虚空を見上げ、涙するのを見た。