第四章[大切なあなたのために]6
彼女は、死にかけだった。
空から落ちた爆弾がまき散らした悪性物質により、爆発で消えうせることだけは免れた彼女の体は、確実に蝕まれていたのだ。
そんな中、彼女はある研究者兼商人に拾われた。
「おもしろいのがあるなぁ?」
研究者、ルーネィ篝フジュァは、彼女を改造し、[星神]の耐久力を測るなどを目的とした兵器、[レクト]へと変えたのだ。
面白いと思ってやったのかもしれないし、[人]を中心にしたパワードスーツの実験でもしたかったのかもしれない。
その後、見事起動し、テラとの戦いに駆り出され、戦闘データ取得に成功した[レクト]……生体ユニットとなっていたときわは、テラが消滅の間際の泣き叫ぶ声を聞いて、意識を取り戻した。
ことが終わった頃に、ときわはある程度は自分の意思で動けるようになり、自分を改造し、大切なテラに苦痛を強いたルーネィを倒そうとしたが、あえなく止められてしまう。
そしてそこで、ときわの体は時期死ぬことが伝えられた。また、ノーザリアからテラの生存と、ときわの生存を知った彼女が新たにできた大切な友達と一緒にやってくることを知らされる。
「さぁて?どうする?」
ルーネィの問いかけに、悩んだときわは、ある決断をした。
「……テラに嫌ってもらって、私の死を悲しまないように」
「キカカカカ!いいさ、戦闘データがとれるようにたたかってくれるっていうんなら、好きにしな」
ルーネィはそう言ってときわを好きなようにさせた。
自由になった彼女はテラを待つ。彼女に嫌われるためにはどうすればいいか、考えながら。
そして、考え抜いた末、あの一撃から、始めたのだ。
フルールに頼み込み、〈守護神〉をあえて奪わせ、テラに嫌ってもらった状態で自分を倒させることで、彼女に決別させる。そうすれば、きっと彼女は自分が死んでも苦しむことはないと。
「ときわ……」
フルールの話を聞いたテラの驚きと心配の混じった呟きが漏れる。
『く………違う、違うなのさぁ!』
ときわは必死になって叫び、機体に巨大な漆黒の球体を作り出させ、それを〈守護神〉に向かって勢いよく投げる。
「………」
全てを飲み込む球体が迫る。
否定したい気持ちでも表すかのように、高速で、地面を抉りながら。
破壊の脅威が迫るその最中、ふとテラが言った。
「……言う通りにして」
「わかった」
直後、球体が機体を飲み込んだ。
巨大な球形の内に、〈守護神〉は消えてしまう。
『……そう、違うなのさ。これで分かった?あなたを降ろそうとする悪魔な……』
ときわは必死にそう言う。
その瞬間だった。
『な……………!?』
球体の中から、一本の極太の光線が放たれる。
ある意味で油断していたときわの機体に向かって、それは一瞬で到達。
それによって頭部の一部が砕け、内側から、割れたバイザーの破片が残る[レクト]が顔を出す。そこには、あまりに長い間流された涙でくしゃくしゃになった、ときわの顏があったのだ。
「……本当に、私のために苦しんで…そういう、ことだったのね……」
『て、テラ……違う、違うなのさぁぁぁぁぁ!』
背後に跳躍したときわの機体は再び光の柱を作り出し、荒野となった周囲の岩石を巻き込み、さらに禍々しい姿に変貌する。
「………フィラ」
テラのその呼びかけには、力が籠っていた。
彼女は力強い瞳で、強い意志を持って顔を挙げる。
「ありがとう、ときわ。私のためにそこまでしてくれて」
『………』
「……なら、私も頑張るわ。あなたを取り戻して、絶対に治療する。そしてときわとの日常だけでも、取り戻して見せるから」
「…………テラ」
「……ねぇ、フィラ」
「なに?テラ」
「お願いよ。私を………私がそんな結末に辿り着けるように橋を架けて。手伝って」
「勿論」
テラには、フィラが笑顔でそう答えてくれたことが分かった。
『……できるわけないなのさ』
「……それはどうかしら」
『え?』
「ときわも知らない私だけが知っているもの。そうね、私がこんな、濡れた紙ぐらいのメンタルじゃなかったら、もっとはやく」
『な、なんの話なのさ!?』
再び決意し、進むことを始めたテラは、静かに笑う。
「……見せてあげるわ。状況を逆転させる神の力を!」
『逆転する、力………!?』
ときわが、力強く言い放たれたテラの言葉に衝撃を受けたそのとき、
「フィラぁ!」
「うん!」
〈守護神〉を飲み込んでいた球体が弾け、そこから何かが空に向かって飛び出す。
ときわが驚いて呆然と見上げる中、それは空へ上り、球体の残滓を払う。
「これは……」
それは、ずっと存在が示唆されたもの。
テラが密かに組み込んだものであり、ある武装の使用不能は、その存在の証明だった。
「見るといいわ。この、〈守護女神〉の姿を!」
いまだはっきりと見えぬ巨大な影の胸元に、その頭部から離脱し、鍵のような形に変形したものが、右手に掴まれて勢いよく差し込まれ、
「解放!」
鍵が回る。
その瞬間、眩い光が辺り一帯に満ちる。
『……な、なのさ!?』
光の中、いくつもの、ボロボロの装甲が剥がれ落ちていくのが見える。
それはまるで、新たな姿へ変わるための、羽化のよう。
『こんなの、知らないなのさ!』
ときわのその叫びの直後、光りはより一層輝いたのちに消滅し、空には一つの美しき巨人が佇んでいた。
「本当は、[地球の断片]を守るためのものだった……それは出来なかったけど……でも、ときわを取り戻すことは、できるわ」
緩やかな曲線を描く天女の羽衣の様なものを一つにまとめ上げたような二の腕、太もも、胴。尖った、意匠の凝らされた装甲がつく膝から下に、肩、胸。先の長い二等辺三角形と長方形を合わせた巨大な板のようなものを五枚、円形のレールに沿ってつけた円柱型の腕。
そして今、鏃型に変形した〈ズメウバ〉がその額に合体した、二つの目を持つ、騎士のような、どこか女性じみた顔。
それらを持つのが〈守護神〉の真の形態、美しき機神、〈守護女神〉だった。
「行くわよ、フィラ!」
「うん!」
〈守護女神〉は、ときわの方へ向かって一気に加速してくる。
『な、くるな、くるなぁ!!!行ってぇぇ!』
ときわは機体に球体や槍をいくつも放たせる。
だが、当たらなかった。あまりに、移動速度が速かった。ときわの操る機体以上に。
『装甲を排除しただけで、ここまで……!?』
ときわは高速で機体を移動させ、〈守護女神〉に殴りかかろうとする。
その時、機体はまた消え今度は反撃を受ける。
背後に現れた〈守護女神〉は腕の円柱に着いた、板状のものを、円柱の外周上で動かし、それぞれが均等な距離になるようにすると、その中心、円柱の真ん中から強力なビーム砲を浴びせる。
『!?』
ときわの機体はゼロ距離でまともに攻撃を食らい、背中の装備が半壊し、よろけるが、直後に背中から例の兵器を射出し、〈守護女神〉が移動した位置に的確に打ち込む。
回避は間に合わない。そんなとき、
『な!?』
ときわの驚きの声が上がる。
四肢を切り落とす目的で放たれたようである兵器群は、全てが意図的に作られた腕の隙間をすり抜け、方向転換し、腕の板を円柱の外周上を動かし、スコップのようにした〈守護女神〉の一撃によって全て破壊される。
『……当たらないよ』
『く………っ』
地上に降りた〈守護女神〉と悪魔は対峙する。
『……こうなったら、一撃で終わらせてやる』
「もう、戦う意味なんてないんじゃないの?」
『うるさい、うるさい、うるさい!私は、あなたたちを殺してでもテラに嫌われなきゃ…………』
「………テラを傷つけないため、嫌われて、テラが私たちと一緒に幸せになる。そうなってほしかったんでしょ?それじゃ意味、ないよ。少なくとも神威は、テラにとって大切だから」
『………』
沈黙の返答。
ときわは残っている左腕にエネルギーを収束させ、巨大な漆黒の槍を作り出す。
フィラはそれを見て、〈守護女神〉の右腕を突き出す。
「………」
『………』
両者一歩も動かず。タイミングを見測る。
お互いに武器を構える。
悪魔は槍を、〈守護女神〉はカノン砲……ではないものを。
「………」
荒野に風が吹く。
空が徐々に明るくなる。
そんな時に、双方は動いた。
『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
ときわの叫びとともに、悪魔は〈守護女神〉に向かって槍を突き出し、高速で飛行する。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
〈守護女神〉は、カノン砲を前に突き出す。そこにエネルギーが高速で溜まっていく。
『そんなもの撃ったって、この槍で貫いて……』
だが、ときわは重大な勘違いをしていたのだ。
フィラが、〈守護女神〉が繰り出したのはゼロ距離射撃などではない。
カノン砲のエネルギーはそのままに、腕の円柱に着いた板を移動させ、とがった先端を全てくっつける。
『それは………!』
溢れ出る力の奔流。唸る一針。螺旋を現すその姿は、
「橋を架けるために、どこへでも飛んでいく、ドリルだよ」
〈守護女神〉は、ドリルを高速回転させ、勢いよく打ち出した。
『たぁぁぁ!』
ときわは負けるまいと槍を突き出すが、ドリルが纏うエネルギーの奔流が、それを打ち消す。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
唸るドリルが、悪魔と言う鎧を打ち砕く。
全てを抉り、進み続け、目的の場所へと橋を架ける。
『……………ぁ』
残った左腕も破壊された悪魔の頭部横にドリルが突き刺さり、周囲の装甲を粉々にして吹き飛ばし、驚愕で目を見開くときわの姿を露わにする。
「これが、叶える橋……名づけるなら、かなえバシ!行って、テラ!」
ドリルは、〈守護女神〉と繋がっていた。………そこには、テラがときわの元へ行くための、橋が架かっていたのだ。
『ええ!』
〈ズメウバ〉は〈守護女神〉の頭部を離脱し、巨大な悪魔の装甲の破片が飛び散っていく最中、唯一安全なドリルで作り出された橋に着地し、一気に加速。
向こう側へ。橋の、向こう側へ。
望んだもの、成したかったものが手に入る、目的の達成と言う結果が待つ、向こう側へ。
「テラ……」
ときわが脂汗を浮かべながらその名を呼んだ時、〈ズメウバ〉は、テラは、既に向こう岸についていた。
「ときわ………」
テラは神威に機体の操縦を任せ、ハッチを開けてもらい、飛び降りる。
そして、剣を作り出して〈レクト〉の正面装甲の隙間を的確に叩き切って破壊し、中のときわを抱き上げた。
「……取り戻し、たよ」
「……でも、私はもうじき……」
「いや!もう絶対、失わないから!」
「……そう」
テラは力なく答えるときわを、精一杯抱きしめた。