第一章[不思議な手伝い]2
フィラは地下通路を進んでいるわけであったのだが。今、彼女が乗っている機体には、彼女の他にも乗っている者がいた。
「…………」
「…………」
「いや、ホントすまないんですの。ホントに」
機体が自動操縦で動いている中、フィラはその中心の座席の前に立っている。
次に神威。実はGを抑える役割のあるジャケットが、不安定な機体の起動のせいでパンパンに膨らむために球体状になり、市販の通信機器を握って転がっている。
そして最後に、二人から数歩分離れたところで、どこで知ったのかは不明だが、地球由来の事である土下座をする、[煌]と言う種族のフルールと言う少女である。
「ご、ごめんないさいですの。………いや~、まさかネジ一本をにんにゃくっていううねる面白食べ物にすり替えたら、まさかホントに面白事態になるとは……」
「アホか」
神威は転がりながら、半眼でフルールを見る。
金髪の碧眼で、ミニスカートのオレンジのひらひらした服を着て、頭に小さなドリルが刺さっている彼女は、土下座の体勢のまま、抗議する。
「失礼な!亡国の姫であるフルがこんな屈辱的らしい体勢でいますのよ?姫らしからぬことしてるんですのよ?それをアホなんて!」
「………反省してないね………」
フィラも半眼でフルールを見る。
「……ぼう、だからひめじゃねぇだろ、いま」
「それ言っちゃお終いですわ」
彼女らが乗っているのは〈ミタッタ〉。[星進志機関]が所属者のために開発した乗り物で、長い航続距離、優れた機動性と加速力を併せ持つ優秀な移動手段だ。
名前は、「未確認だった飛行物体」の略。
非常に高い性能だけでなく、それなりに居心地もいいので動く住居として使う者もいるが、フィラは行く先で宿を借りるなどして過ごすので、自機をそう風には使わない。
……そもそも、今乗っている機体は彼女のものではなく、フルールのものだ。
彼女が軽い気持ちでフィラの機体をいじったために、壊れて使えなくなったので、責任をとり、彼女は機体をフィラ達に提供していたのである。
「ねぇ、フルール?」
「ん?何ですの」
フィラは笑顔のフルールの手を取る。
「……って…いだだだだだだだだ!?フィラ、フィラ、痛いですわ!ちょ、何で出力を挙げますの?フルの、手、フルの、手が……………!」
グシャッ
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
フルールは左手を押さえて叫びながら床を転がる。
「いやフィラ姉ちゃん、あいかわらずフルールにだけ、ようしゃねえな」
「………ほんとは、したくないんだけど。すっごくいたくて、つらいだろうから」
そんなやりとりをする彼女等が通る通路があるのは、[咆器の断片]だ。この星に広がる巨大な地下世界であり、各[星の断片]間を移動するための共通の、唯一の通路として使われている。
そう、地上での移動は禁止されているのだ。
過去、大戦終結後。参戦した各地の者たちは、大戦の恐怖から、無断侵入や危険な兵器の輸入など、問題の種になることが発生しないよう、各[星の断片]間の移動及び、物流を徹底管理したいと考えた。
最初は地上でそうしようとしたが、そもそも別の[星の断片]同士で交易するうえで通らねばならない[無名の断片]が、大戦時に主戦場であったことで汚染が進んでいた。
そのうえ、それらの過酷な環境に適応した、各地から出てき、突然変異した凶悪生物が蔓延っているために危険地帯が多く、地上の使用自体が現実的ではなかった。
それでも仲よくする以上は、交易はまずしたい。だがちゃんと管理もしたいと困る中、[咆器の断片]、地下世界の文明として発展していた者たちの提案で、彼らの管理下にある地下の巨大通路を使うことに決定。
また各地への出入り口を一つだけに固定して管理をしやすくし、安全上の理由などからも地上の移動を禁止し、厳重な管理の下に置いた。
しかし、時間の経過により、最近はかなり杜撰になってしまっているところも多かった。
「うぅ……目が回る……」
変な軌道をする機体の中で、神威は目を回す。
フルールが知識もないのに勢いでいじくり回した機体は、安定と言う概念をどこかに捨ててきたようで、本来安全なはずの自動操縦でも、全く安定しない。
元よりフルール自身も操縦が下手なので、総合的な平均墜落率は八割を超える。
「フィ、フィラ!親しくてもやっていいことと悪いことがありますわよ!」
痛みで転がり回っていたフルールが起き上がり、フィラに抗議の声を上げる。
「どのくちが」
神威がジト目でツッコむ。
「この口が」
フルールは自分の口を指差して言う。
「……それにしても。いくら[煌]が、再生能力が高いとはいえですわ!」
見れば、フィラに指を突きつけるフルールの左手は、既に元の形に戻っていた。
その再生能力は、ひき肉になっても復活するほどのものである。そんな機能が必要なほど、[煌]が生まれた[星の断片]は壮絶な自然環境をしていたという事にもなるのだが。
「まぁ、うん。ごめん。じゃぁ……フルールも謝ってね?」
「……く。し、仕方ありませんわ」
その後渋々ながら謝ったフルールにツッコミ入れた神威と、彼女との口論が始まり、それをいさめるのに、フィラは時間を食われたのだった。
(……それにしても、地球の[星神]って何考えてるのかな。よく見たら一人でもいいって書いてあったけど。子は他にたくさんいるのに……手が足りないってわけでもないだろうし)
地球の[星神]が何をどう考えているのかは、フィラ達には知れない。
「…………う~ん。それに、[星神]の手伝い、うまくできるかな?」
そんなとき、フルールが世間話をするぐらいの軽さでフィラに尋ねてきた。
「フィラは、どうしてそんなに手助けにこだわりますの?前から気になっていましたけど」
「うん?何の脈絡もなく、どうしたの?」
急な質問にフィラはきょとんとする。
「フルには今一、分かりかねますわ。手伝いって。それなら助けるとかの方がいいんじゃなくって?」
首を傾げるフルール。彼女も[星進志機関]の一員ではあるものの、彼女は星神以外の手伝いによる報酬と、自由に使える足(〈ミタッタ〉)欲しさに入ってきた。
例の[竜]の男性が言っていた報酬目当てと言うのは、まさしく彼女に当てはまる言葉だ。よって彼女には、誰かを手助けすることに対して、何か特別な思いや信念があるわけではない。
「………そう、だね」
フィラは、『[星の断片]、またしても壊滅。治安悪化の不安』……などなどの喜ばしくないニュースが表示されている空中投影した画面を背に、フルールの肩に手を置く。
「ふむん?」
「私はね………、助けるのは出すぎた行為だと思ってる」
「はい?」
首を傾げるフルール。
「助けるっていうのは、それをする相手がこれまでやった努力とか、全部隅に追いやって、勝手にしてしまうものだから。相手の全てを、蔑ろにしてしまうことだから」
「ふむ……、それで?」
続きを促すフルール。
「だから、橋渡しをする。自分自身だけでは諦めてしまう事を、負けてしまうことを、覆して、達成を、勝利を手に入れるために。そういうものがある、向こう側に行くために」
「………つまり?」
「私はあくまでサポートとして、相手が折れそうなら支え、沈んでいるのなら、励まして引き上げる。そういうのが、大切だと思ってるの」
フィラは天井を見あげ、二つの照明の隙間に、自分の髪を引っ張り、頭に搭載されている投影機により、ネットから拾ってきた橋の画像を、掲げた手の間に映し出す。
「あくまで、最終的に、何をどうするのかをするのは相手が決める。そしてそれを手伝う。……それが、最もいいことだって、私は思ってるの」
「…………ふむ?私にはやっぱり、分かりかねますわ」
フルールは、腕を組んでそう言う。
「まぁ、私独自の意見でしかないけど」
そう付け加えるフィラであったが、
「いえ、何やら小難しいこと言ってて、全く頭に入ってこず」
「え」
頭を振って若干の間抜け面をさらしたフルールに驚き、実質的に聞き流されたことに絶句するフィラ。
「難しいことは分からないんですので」
「きいといてそれかよ」
神威がすかさず突っ込む。
「まぁ、すみませんわね」
手を合わせ、多少は申し訳なさそうに言うフルール。
「うん……まぁ、うん」
流石アホ。共感とかそういうこと以前の問題だった。
(……でも)
今、フィラは自身の信念を再確認したことで、初めての事への緊張や不安が多少和らいだのを感じている。
(……私は、自分の心に従って、いつものように誰かを思ってやればいんだよね)
ちなみに、フィラは今の会話で結果的に励まされたわけだが、フルールは狙ってやったわけではないのだろう。彼女はフィラ程他の誰かのことを考えてはいないためだ。よってただの偶然である。
「まぁそれはそれとしてさ。フィラ姉ちゃん、俺たちってどこむかってるんだ?」
神威は頑張ってフィラの所に転がって来て言う。
「ん?そういえば…言ってなかったね。[地球の断片]だよ」
彼を見てフィラは言う。
依頼主が地球の[星神]かもしれないのだから、そこにまず行ってみるのだ。連絡はとれないので。
[星神]は基本的には自身の[星の断片]にいるし、鎖国状態ならなおの事、他の場所に行く理由もないだろう。
「けど、なんでよんだんだろな」
「?暇つぶしじゃ、ないんですの?」
『いやまさか』
首を傾げて適当なことを言うフルールに、手を左右に振って否定するフィラと神威。
「兵器の開発実験が失敗して、他の子が全滅して精神不安定だから子に会いたいとか」
今度は、学校の生徒のように手を挙げて言うフルール。
兵器を取引するのはほとんど禁止されているが、国際都市があるところ以外の[星の断片]内はその効力が及ばない。
むしろ外に害さえ与えなければ、自由に法を作れる。
それによって各地に独自性が形作られたりしている。
「…う~ん?まぁなくはないはなしだけどね…」
「あったらやだな……」
そんな会話をしたのち、一向は目的地に関する情報収集などをして移動時間を過ごした。
途中、神威が安定しない機体にイラついて操縦を変わったりもしている。彼は、幼いながら乗り物の扱いがそれなりには得意であったためだ。
結局乗り心地の悪さは全く改善しなかったが。
「………結構時間かかったけど、そろそろ[地球の断片]の入り口、近くなってきたね」
[ミタッタ]は通路を進んでいく。周囲には他の機体も、もういなくなった。近くに発展した都市のある[無名の断片]もなく、これと言って来る理由もないので、当然かもしれない。
いっそ不気味なほど静かな空間を、機体は相変わらずの不安定軌道を駆け抜ける。
「神威、通行証あるよね?それないと入れないけど」
「もちろんだ!」
「フルールは?」
「全然問題ないですわ。この超高級強化繊維服の内側に。なんなら見せてあげますわよ?全開放サービスして」
「いやなにかんがえてんだよ」
特に考えなく服を脱ごうとするフルールをフィラが諌めているときだった。
「………、何か、接近するのが……!」
フィラは、機体の索敵反応に声を上げる。
密かに通路内に設置されたコンテナから飛び出した彼女は少し笑い、飛行を開始。
四枚のエメラルドグリーンの羽と流れていく鱗粉のような物が、通路内の僅かな光を受けて輝く。
「あの侵略者を、排除するために」