第四章[大切なあなたのために]5
「…………」
フィラは震える。
ときわの言葉に。
彼女を思えば思えば思うほど、その痛みは強くなる。
彼女の言い分は勝手だ。逆恨みをして、暴言を吐いてくる。
「……ひどい、ひどいよ…」
全ての思いを拒絶し、切って捨て、テラを傷つける。
ふと、彼女は思う。
(……もう、いいんじゃないかな)
弱い心が語り掛ける。
あんな最低な奴のこと、思ってやる必要はないんだ。勿論、悩む必要も、苦しむ必要も。
私の思いを踏みにじるあんな奴なんていらない。
あんなの取り戻すものじゃない。捨てるものよ!
楽になりたい、楽になりたい……もうこれ以上は、嫌だ……
だから………いっそのこと。
「いっそのこと………」
嫌いになれば、いいんだ。
思い、思いやりを踏みにじり、逆恨みで暴力を振ってくる奴なんて、嫌えばいいんだ。
「………」
テラはゆっくりと顔を挙げる。
「……テラ、姉ちゃん」
それを見た神威は、声を震わせる。
彼女の瞳は、死んだような色で、涙にぬれる顔が形作る表情は、見ていられないようなものだった。
(嫌いって言って、本当に嫌いになればいいのよ………)
「あは、はは、は……」
乾いた笑いが出てくるなか、テラは口を動かし、ゆっくりと言葉を……。
「あんた………」
綴られ始める言葉に反応し、悪魔は動きを止める。
〈守護神〉が打って出ることは決してない。
「あんた………なんて」
彼女の弱い心は叫ぶ。
言え、言うのよ。言ってそうなる踏ん切りをつけなさい、と。
「なんて……」
口が震える。次に中々繋がらない。
「なんて……き」
『………そう』
ときわの期待のこもった声が聞こえてくる(・・・・・・・・・・・・・・・)。
「き……ら」
『そうするのがいいなのさ!』
先を急かすように、ときわは叫ぶ。
「き………………ら」
体が震える。
涙がこぼれる。
瞳が揺れる。
口は揺れる。
テラは何も言わず、神威は言えず、ときわが先を促す中、テラは。
「……あんたなんて………」
(逆恨みで攻撃してきて、散々ひどいこと言ってきて……そんな、ときわなんか……ときわ、なんか)
「………きら……」
そしてテラは、自身のありったけの思いを込めて、叫んだ。
「嫌いになるなんて、できるわけないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
『……な、のさ?』
(無理、無理……ときわを、嫌いになるなんて…私の最後の、大事な……)
嫌いになることなどできない。彼女がそうなったのは単純だ。
ときわを諦め、嫌いになる、拒絶するほどの強さが、彼女にはなかったのだ。
あまりにも柔な彼女のメンタルは、楽になるために大切な誰かを嫌いになる、拒絶することなど、できはしなかった。
ときわを取り戻すことは、元から失ったものを取り戻したいという感情があったことや、神威やフィラの説得、励ましやときわが生存したことへの驚きと喜びなどの多くの要素があったからこそ、決断出来たことである。
それらがない以上、今の自分を変えてしまうような行為など、彼女にはできるわけもなかったのだ。
「好き、好きなの!ときわを、友達として、親として!ときわを嫌うなんて嫌なのよ!…………それに」
そして弱いからこそ。
「ときわが私を嫌いっていうのも、攻撃してくるのもよ!ときわが心の底からそう思ってやったって、私には受け入れれない……ときわを取り戻すのだって、諦められないの…」
踏ん切りのつかなさ。
それが今のこの状況では。
『取り戻すことをあきらめない、強さになったね』
フィラがそう呟くように、普通なら、ときわを嫌いになって取り戻すことなんてやめてしまうところを、放棄なんて絶対にしない、強さに変じている。
弱さが強さに変じるとは、これまた奇妙なことではあるが。
『……そんな』
ときわは明らかに動揺した様子で、
『………テラには嫌ってもらわなきゃ……そうしないとテラのため………、……っ!』
想定以上にヘタレだったテラへの驚きが相当だったためか、彼女は失言をしたことに少ししてから気づき、慌てて口を閉じた様子だ。
『……テラのために、なんなの?』
『……………』
フィラは、すかさず問い掛けた。
彼女は目を細める。
ときわの、畳みかけるようなどこか奇妙な暴言の数々。
テラたちがのる〈ズメウバ〉のある頭部への攻撃を避け続けたこと。
〈守護神〉の強奪に驚いたことから、機体のコックピットぐらいは知っていておかしくはないのに、そこに攻撃しない。また、全員を殺すなら機体を爆散させればいいだけの話であるのに、そうなるような攻撃はしてこない。
どこか手加減を感じてしまうのだ。相手が本気なら、それはあり得ない。
そして何より、今のときわの失言、「テラのために」だ。
(事情はよく分からないけど…ときわ、あなたは……)
「テラのために、何なの?」
『………』
ときわは、決して答えない。これ以上ボロを出さないようにか、一切言葉を発さない。
「……はぁ。仕方ない………フルール」
「ぎくっ」
フィラは、足元に転がっている、彼女を見て言う。
「…おかしいとは思ってたんだよ。妙にあっさりと、都合よくこの機体は奪わせてくれたし、とっくに首の骨直ってるのに、あなたが文句ひとつも言ってこないなんて」
「………ななな、な~んの、ことや~ら」
フルールはダラダラと汗をかき、口笛を吹き始める。
「何か知っているか……または関わってるんじゃないの?」
彼女は、今のこの状況において、一切口を出さず、ずっと黙り込んでいた。
空気を読めない所もある彼女がそうなのは、果てしなく怪しいのだ。
「……知りませんわ」
「フルール」
「知りませんわ!」
「……フルール!」
「!……知り、ませんわ」
彼女も、簡単には応えようとはしない。汗は相変わらず滝のように流れている事から、確実に何かあるのだが。
「……フルール」
「……あの子の気持ち、亡国の姫のフルには、よく分かりますの。だからこそ、言えませんわ」
(……テラのため、か)
フィラは目を閉じ、また開いて言う。
「………あのときわって言う子と同じようにね、私はテラのために、フルールの知ってることを知りたいの。あなたに言ってもらうことが、きっと助けになる」
「……同じように、……のために」
「……分かるんでしょ?」
「…………一応は。でもフルには、あの[星神]を手伝う事情も義理もありませんわ」
「そんなのはいいんだよ」
フィラはフルールの顏を持ち上げて言う。
「ふとした、ちょっと手伝ってあげようかな、なんて気持ちだけでもいいの。手伝いの始まりなんて、そんなものだから。一時の気の迷いってことでもいいの」
「はぁ…?」
フルールはあまり分かっていない様子。
「お願い、フルール」
フィラが彼女の手を強く握り、真剣な眼差しで彼女を見てくる。
「………フィラ」
それによってフルールは迷った様子を見せる。しかし、ぐいぐいと顔を近づけ、力強過ぎる視線を向けてくるフィラに押されていき、
「……えっその……」
「……」
「…ええっとですわね」
「……」
「………ええ……その」
「……」
フィラの視線、何気にかなりの力で捕まれてる腕、迫る顔面の圧力。
「……そ、そのぉ~……いやでもさすがに……フルは」
ゼロ距離のフィラの真顔。
「……」
滝のように流れるフルールの汗。
「………っ~!……っ~!」
そしてついに、耐えかねたのか、
「………ま、まぁ、今更隠してもあんまり意味ないですわね」
フルールはそう言ってフィラを見つめ返す。
「……まぁ、友達のここまでの必死なお願いですし、言いますわ」
『な。………守秘義務はどこに言ったなのさ!』
「……すみませんわ。でもこれ以上は無理ですの!フィラの顔面圧力の制圧力が凄いんですの!仕方がないと受け入れるのですわ!不可抗力ですわぁ~!」
『このアホ。やめろ、なのさ!』
ときわが焦ってそう叫ぶ中、フルールは全員に聞こえるように、
「……実は、こんなことがありましたの」
『やめろってぇ!』
ときわのその叫びとともに、[レクト]の背中にある二等辺三角形に近い形をした兵器が射出され、四方八方から〈守護女神〉に襲い掛かる。
まるで地球の蛇のように、射出された兵器は高速で飛行しながら、うねうねと細かに軌道を変えて〈守護神〉に迫り、
「つぅ…………!」
コックピットがあるうなじの装甲の隙間から、その中に何本も突き刺さる。
「……な、フィラ!」
フルールの叫んだ時、フィラの左腕は貫かれるどころか、相手の武装の大きさゆえに先端がぶつかった衝撃で部品の破片を散らしながら砕け、ついで小規模の誘爆が起きる。
「つぅ、あぁぁぁぁぁ!」
自身の体が欠損し、砕け散る喪失感にフィラは叫び声をあげ、一度蹲る。
腹に破片が掠っただけのフルールは心配そうに彼女を見る。
だが。
「………教えて、フルール」
フィラはゆっくりと顔を上げ、左肩から時折火花をあげながらも、フルールに真剣な眼差しを投げかけ、苦しそうながらもそう言う。
「………分かりましたわ」
『言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
ときわの叫びと共に更なる攻撃が加えられ、〈守護神〉の装甲までも削り取られていく。
そんな中で、フルールは語っていった。