第三章[真実の中の真実]2
テラ自身が肯定をしたし、自分も実際に見た。
彼女がやってないなどとする、否定の要素はないはずだった。
それでも僅かな違和感がある。けれど、僅か。大きく行動を変えるほどのものでは、なかったのだ。
もっと大きなものでなければ。
「テラ!」
彼女の体を貫通した呂廠の杭。
血の代わりに白い物体を散らす彼女の姿に、フィラは思わず声を上げる。
「……うぅぅぅぅ…ろしょう……ろしょうぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
一瞬、体のほとんどが消えたテラは、瞬時に再生し、右手に銃を作り出し、乱射。
呂廠は宙返りして回避。着地後すぐ、大量の杭がテラに襲い掛かる。
「!」
テラは大剣を作り出して振りかぶり、その風圧と広い表面積で持って杭をはじく。
「まったく、君は……。何を怒っているんだい?そんなことする権利は、君にはないだろう?」
「何、言ってんのよォォォォ!」
テラは涙を流しながら、呂廠に剣と銃を交互に使って攻撃を仕掛ける。
だが、それは繊細なものでは無く、かなり雑なものであり、力任せなものである。
まるで、感情をただぶつけているようだ。
「やめなよ」
彼が一度目を閉じ、また開いてそう言う。すると、その頭上に次々とフェアリオン達のものと同様の杭打機が出現し、彼が羽を動かすと同時に杭を次々に放つ。
「………ぁ」
再び体中に穴が開き、テラは床に崩れ落ちる。
「……お父様、そのままやって……」
「いいですわ。そのまま」
フルール自身も懐から取り出した銃を撃ち、テラの作り出した武器を外に弾き飛ばす。
「フルール!」
フィラはテラを追い詰めようとする彼女に声を荒げる。
「……どうしたんですの?あの悪魔をかばいたてる気で?」
「……それは……でも、テラが……」
フィラは未だ、迷いの中から抜け出せず、俯く。
「………いたい……どうして……どうし……て、こんな…」
「まさか、まだ分かっていないんですの、あの悪魔」
フルールが怒りを越え滲ませる。
テラは痛みに震え、穴だらけの体のまま、床に転がっている。
「……終わりなのか、テラ?もう?」
落胆したようにため息をつく呂廠。
「……僕の子を一瞬にして全て殺しつくした君は……」
「……!ふざけるのも、大概に、しろぉぉ……!」
爆発が起き、部屋の一歩の壁が粉々に吹き飛び、その脅威は奥の部屋まで及び、結果広大な空白が生じ、上の階は傾き、崩れ落ちていく。
巨大な瓦礫がフィラたちの上から落ちてきて、迷いで思考が制限されていた彼女は回避が間に合わず、下半身が瓦礫に下敷きになり、足は壊れこそしなかったものの、彼女は動けなくなる。
「……何、ふざけてるのよ。……戯言はもう……やめなさいよ」
テラの手には、小型のミサイルポッドがあった。
小型とはいっても、それでも個人で持つには大きすぎるそれは、今しがた半身が吹き飛び、再生したところであった呂廠に向けられていた。
「……それは、文明の利器と言う奴かい?」
「この!」
ミサイルが撃ち込まれる。呂廠は回避する前に爆風に巻き込まれ、羽を千切られ、腕をもがれ、白い欠片をまき散らしながら吹き抜けになった奥の部屋へ転がっていく。
「お父様……!」
フェアリオンが心配そうに言う。
「この野郎………この野郎」
テラは呂廠の方に歩いて行きながら、ショットガンやガトリング砲、手榴弾など、過剰な火力を持った武器を作り出しては、呂廠に暴力の豪雨を降らせる。
「……や、やるじゃぁ、ないか………」
呂廠は体を生々しい音と共に潰され、打ち抜かれ、爆ぜさせられ、その度に再生するが、もう抵抗する暇すら与えてもらえず、一方的になぶられている状態だった。
「……は、はははははは」
テラが笑い、それにフェアリオンが悲痛の声を上げる。
「………このままじゃ、また犠牲が……!」
フルールは視線を動かし、
「……そういえば、最後に見て……」
物陰からずっと中の様子を見続けていた神威の方へ向かって彼女は駆けだす。
「!?」
フィラと同じように、迷いの見える表情をしていた彼は急な彼女の接近に驚く。
「この……!」
一方、テラは呂廠にガトリングガンを向け、とどめを刺そうとしていた。
「消え……」
「待つのですわ!」
突如、フルールが甲高い声を上げる。
皆が彼女の方に視線を向け………、沈黙がその場を覆った。
「………え。………フルー、ル……なに、やって………」
目の前の光景に動揺を隠せないフィラ。
そこには神威の額に銃を当てているフルールの姿があった。
「もし……それ以上暴力を振るのなら、神威は、死にますわよ……」
「な………」
テラは動揺し、動きを止める。
「……思った通りですわね」
フルールは小さな声で神威に、あくまで脅しだと言い、謝る。
「………な…な」
「フルール……どうして、そこまで……」
フィラは彼女に、何故と問う。
彼女は正義感が、特段強いわけでもない。他者がどうなろうと、フィラ程気にはしない。
そんな彼女は何故、ここまでするのか。
彼女は、その問いに答える。
「………フルは、亡国の姫ですわ」
ゆっくりと口を開く。
「フルは、侵略で国が亡くなった後も、そこを脱出できずに、数日を過ごしましたわ」
神威は震えながらフィラやテラを見る。
「………そしてそこで、侵略したことなど忘れ、のうのうと日々を過ごし始めた連中を見ていましたわ。……反吐が出た。気持ち悪かった。不快感で体が張り裂けそうでしたわ。………だから」
フルールはそこで一呼吸置いて、言った。
「侵略した土地で、日常を過ごそうなんて奴は、許せませんわ。だから………フルは」
彼女は、テラをキッと睨みつける。
「……今度は、神威まで……手にかけようって(・・・・・・・・)……いう、の……?」
テラは震える声でそう言う。
「……あ」
その言葉に、神威は恐怖の中、何かに気付いた様子だった。
「………ありがとう。では、次行こうか」
テラが動揺している隙に、呂廠はそう言った。
それより刹那の時もなく。
突如、巨体が出現する。
「え?」
テラが呂廠の方を振り向いた時、目の前にそれはあった。
長く、がっしりと腕と、鋭い五本指。禍々しい形のバックパックを背負い、重厚感のある足に鋭い四爪が生えた脚。そして三角錐の形状の、紫に発光する頭部と前に飛び出て尖った胸部。それを持った漆黒の機体が今、テラの背後に出現していた。
「これは……………」
「〈レクト〉、やってくれ」
呂廠の指示が飛び、機体は巨大な両腕を天に掲げる。瞬間、真っ黒な球体が出現。
テラは咄嗟に巨大なバズーカ砲を作り出し、機体に標準を合わせ、引き金を引く。
「な………」
だがそれは、謎の機体が突き出した球体の中に吸い込まれ、消滅する。
〈レクト〉と呼ばれた機体は、テラを勢いよく蹴り飛ばす。
「あぁぁぁ!?」
彼女は叫び声をあげながら、呂廠と同じように転がっていく。
「テラ……!」
フィラは心配になって声を上げるも、それしかできない。
「………!」
起き上がったテラは咄嗟に大剣を造り、ホバー移動で距離を詰めてくる〈レクト〉に投擲する。
しかし、鈍い音共に剣は機体の頭部に当たるが、その勢いを止めることはできない。
「来るな……!」
テラは銃火器を作り出して乱射するも、いずれも球体に吸い込まれるか、装甲にはじかれて全く効かない。
そして、テラの眼前にまで迫った機体は、一度急ブレーキをかけて止まったと思った瞬間に跳びあがり、鋭い爪のある足をフィラの胴体に食い込ませる。
「……、つ、……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
テラの悲痛な叫びが響き渡る。
「………!テラ姉ちゃん!」
「テラ!」
フィラは苦しむテラに向けて手を伸ばすが、当然届かない、意味はない。
「……あぁぁ、あぁ」
踏みつけられたテラは、先ほどから流し続けた涙で顔はぐしょぐしょで、美しかった青の和服は見るも無残。傷だらけの場所と、再生して不自然など綺麗な場所の差が、いたいたしさを助長する。
そこにいるのは、まるで、ただの傷ついた子どものように見えた。
「……うっ……どう、して……」
機体は、そんなテラの呟きを無視し、その球体を彼女に向かって容赦なく叩きつけた。
「な、ぁ………」
それに飲み込まれるテラ。
「……う、ぁ…?」
彼女は混乱した様子で糸がほどけた服のようにバラバラになっていく自身の体を見つめる。胴が崩れ、腕はバラバラになり、指先は床に落ちた。
「……あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
遅れて先程よりも甲高い、周りに苦しみが伝播してきそうな絶叫が響き渡る。
「テラぁぁぁ!」
「………………みん、なぁ…みんなぁ……!」
テラは涙を一滴、また一滴と流していく。
とても悲しそうな表情で。
戦闘に負けたことがショックだった、とは考えられない、本当の悲しみを感じる表情。
彼女は何かを求めるかのように、両腕を宙に掲げる。
その心は、ひどく傷ついているように、フィラには見えた。
「……ああ、もう………ヤダ……」
直後、球体は収縮していき、ある程度の大きさにまでなったところで、もう一度膨れ上がって破裂し、周囲に突風を巻き起こす。
テラは最後に、とても悲しそうな顔をしてフィラ達を見て、
「……どうして……」
そして、苦痛に顔を歪め、消え失せた。
「どうして…………取り戻す手伝いを、放り出したの……?裏切ったの……?」
「…………私」
フィラは目を震わせる。
テラに協力しなかった時点で、迷っているとは言っても、結局は傍観している時点で、フィラは手伝いなどしていない。その約束を彼女は裏切っていた。
(………私は………)
そのきっかけを作ったのは、テラと言えるかもしれない。
だとしても、手伝いを、自身の信念を裏切る行いをしてしまったのは、フィラ自身だ。
だから、それは彼女自身に責任がある。
「…………私」
例えテラが最悪なことをしていたから、という理由づけがあったとしても、友達である彼女を傷つけ、信念を裏切ったという事実は、フィラにショックを与えた。
それによって震える彼女がゆっくりと顔を上げた時、既に、テラの姿はなかった。
「………テラがこうなったのも……」
フィラを見下ろす〈レクト〉。
突如、その頭部に亀裂が走っていき、一部が割れ、破片が飛び散る。
「……ぁ…」
バイザーであったらしい機体の頭部の割れ目から見えた顔。
フィラはその顔を見てある事を思い出したが、
「……結局、あなたを見殺しにした私には……」
そう呟くのみで、何か行動を起こす気など全くなかった。
「……………ありがとうございましたわ」
一方でフルールは、テラが消えたことに動揺し、何も喋らない神威を〈ズメウバ〉にゆっくりと戻した。
「………やりましたわ!」
フルールは静かなフィラを見て、一応何かを感じ取ったようで、それ以上喜びを前に出すことはしなかった。
「…………フィ」
神威は震える目で、何かを求めるようにフィラを見た。
だが、彼女はテラのいなくなった方向に手を伸ばしたまま、何も言わなくかった。
「ラ……ね…」
神威は言葉を止め、俯いた。
そして、残ったテラの手を見た。
「………ありがとう。全部うまく進んでくれたよ」
呂廠が静かに口を開く。
「…商人の提案による匿名の依頼で、君たちを呼び、テラを刺激しておびき出す。[星の断片]は広大だからね。文明レベルの低い僕らには彼女の居場所を発見することはできなかった」
彼は真面目な顔で、フィラや神威に妙に説明的な口調でそう言う。
「助かったよ、発見して……………戦えて。倒せて」
そして、空を見上げる。
「さて。お迎えがきたようだよ?」
空には、移動中に飛行する怪物に何度も襲われたのか、艦のあちこちに穴があき、なんならちょっと溶けている[星法平正機関]の空中艦があった。
「ここでお別れのようだ」
呂廠は残念そうな顔をする。
「……仇が、討ててよかった………」
フェアリオンは安心する。
「……ええ」
フルールは頷く。
「………」
神威は落ち込んで何も言わないフィラの事を、震える瞳で見つめていた。
「……もう一度言っておくよ。…ありがとう。これで戦いは終わった。…さようならだよ」
全ては終わった。
彼らは結末に辿り着いた。
今回展開された物語は、今ここにラストを迎え、後はエンディングのみであった。