第二章[穴埋めの日常]11
「それじゃぁ、あの侵略者テラ(・・・・・)との戦い、始めようか。僕たちの世界を取り戻す(・・・・・・・・・・・)っていうね?」
呂廠は、真面目なトーンで、しかしどこか楽しんだ様子で言った。
「キカカカカ」
それを遠くで見るノーザリアに抱えられた商人は、そんな彼らを見て、心底楽しそうに笑っていた。
「……石器時代とそんなに差がない文明レベルだからからかぁ?キカカカカ!」
「サテ。タダノアホナノデハ?」
▽―▽
あのまま日々が続くのなら、それだけでよかったのに。
私は現状の維持だけが望みだった。前にも、後ろにも、行きたくはない。ずっとみんなと一緒にいて、何一つ失わず、そこにいられれば。そんな願望だけだった。
自分は、それをずっと持てていた。長い間、ずぅっと。
だからこそ、自分は満たされ、笑っていた。
それを破壊する権利が誰にあるというのか。
「あれは………」
あの日、一番の友達が空を指し、自分は空を見上げ、息を呑んだ。
そして、恐怖した。
日常が壊れることに、満ちていた心が、満たされなくなるのが。……そして、何かを失ってしまうのが。
ひたすらに、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……
だって、ずっと先があると思ってたのよ?
明日にはまた、という未知のその先があるって、思って過ごしてたのに…
たった一つだったけれど、強大なそれによって、明日は失われた。
「陽が、落ちる………」
落ちる陽が、全てを食らう。
そして自分は、全てを……。
▽―▽
[アース]の中心にある、あのビルの直下。
あのロボットのコックピットにおいて。
「こんな……こんな悪、フルには許せませんわ……」
「待ってよ!そんなことしたら…!」
狭いコックピットの中で、フィラはフルールに飛びつき、動きを封じようとする。フェアリオンは苦しそうにむぎゅうと潰されていた。
「………もし、あなたの言ったことが本当だとしても、テラは神威との今を楽しんでる。それを……」
例え、いかなる真実があろうと、テラが今を楽しんでいること、大切にしていることに変わりはない。
フルールがしようとしていることは、その大切なものを破壊する行為だ。
「テラは、きっと傷つく………」
今に執着している節もある彼女は。確実に。
フィラは、そんなことはしたくはないのだ。例えテラが悪者であったとしても。
「あなたは、あの悪魔にそんなものを持つことが許されて思うんですの?欲望のままに振舞い、たくさんの死者が出した(・・・・・・・・・・・)奴が」
「……」
「そこのフェアリオンも、危うく殺されるところだったのですのよ?この二つの目で、はっきり見たわけがありませんけど、死にかけの子が、嘘をつくわけないでしょう?」
「……それは…………」
テラを傷つけたくないがために、自分は誰かが苦しむのを傍観するのか。
(……それはダメ…テラを……でも、フルールの話が……だったら…私はテラを傷つけなきゃいけないの?)
フィラが迷っている中、フルールは頭についたドリルでフィラの手を強引に押しのけ、
「ええい、このこのこの!感度の悪い操縦桿ですわ!」
雑に動かすせいで、中々コマンド入力が成功しない操縦桿に怒りの声を上げる。
「……誰かの居場所を乗っ取って。何食わぬ顔で幸せに過ごす幻想を抱くなんて、……そんな、フルの国がされたようなことなんて、許せるはずが無いのですわ!」
その言葉とともに、コマンド入力が成功。
直後、機体下部に接続されたケーブルに繋がった、彼女があの格納庫で見た巨人の二つ目が光り、轟音とともに強烈な電撃が、閉ざされた世界に走った。
「ああ……」
悩んだ故に、結局フルールの行いを止められなかったフィラの、悲しみの声が漏れる。
電撃を放ってから数分後、巨人の腕がビルの根元から地上に姿を現す。
「………」
いつもの建物の中。神威と一緒にはいなかったテラ。
彼女はガラス張りの壁から、眼下の町を見下ろしていた。
強力な電撃を受け、全ての動きが停止していく、恐怖の光景を。
崩れていく、仮初の、望んだ日常の世界を。
「…私の……あ」
直後、彼女の目の前に、巨腕から飛び立った〈ミタッタ〉がガラス窓を破壊して侵入。
テラは吹き飛ばされて床を転がり、衝撃で機体は回転し、奥の壁に当たってひび割れさせて止まる。
「……アンタは」
テラが手を震わせながら、ゆっくりと機体に視線を移す中、フルールがそこから飛び降り、震えるテラを指差し、言葉を発する。
「自分の思い通りの、身勝手な日常。いい加減、おやめになってくださいまし」
「………」
テラは無言で立っている。
「……無視なんてすんじゃありませんわ!この侵略者!こんなのはやめるのですわぁ!」
フルールはそう叫び、持っていたレーザーソードの出力を無理に引き上げ、剣幅を十数倍にしてテラに正面から襲い掛かった。
「!」
急な銃撃音。
フィラはあまりに突然の事に回避行動が間に合わず、
「がっ…………」
彼女のバイザーは銃弾を真正面から受け、甲高い音を立てて粉々に砕け散る。
「う………」
強力な銃弾の一発を受けたフルールは、バイザーの破片を散らしながら後方に吹き飛ぶ。
レーザーソードは地面を跳ね、テラのさらなる銃撃で破壊された。
「……何を、するのよ……あの日々を……」
その瞳から一滴の涙が落ちる。
「……ああ、そう。私の邪魔をするのね。なら……」
テラの手には、彼女の殺意を示すかのように黒光りする拳銃があった。
「排除するわ……本当に、どうしてアンタたちはしてくるのよ?全く…」
笑っていた。彼女は笑っていた。狂った目つきで、銃を撃ち続けた。
自棄でも起こしたかのように。
「あはははははは!」
その笑いは、悪魔の様で。流す涙は、邪魔された怒りか、それとも悲しみなのか。
「暴力で黙らせる…………。そんな風に邪魔者を排除する……。間違いなく、あなたは、ここを侵略し、多くの子を殺害した……悪魔なのですわね!」
フルールの確信に満ちた声が響く。
「………!」
テラは、全身穴だらけにされたのに立ち上がったフルールに驚いた様子だった。
「何よ、何よ、何よぉォぉ!このぉぉぉぉ!」
テラは怒りをあらわにし、次々と武器を生成。
引き金全てを瞬時に、作り出した糸を絡ませ、ためらいなくそれらを、いっせいにフルールに放つ。
割れたバイザーの奥で、フルールは来いと言わんばかりに、口を結び、テラに鋭い視線を返していた。
「フルール!」
突風が吹く。
それは、未だ混乱や、迷いが抜けきれず、出遅れたフィラによるものだった。
彼女がフルールに駆け寄るのをテラ冷たい目で見る。
「アンタ………。どうして壊れなかったの」
「………フルールが、助けてくれたから」
「……そう。そりゃまた都合のいい事ね」
テラはフッと笑い、フィラを睨みつける。
「それで?腹いせに、私を倒しに来たの?日常を壊しにきたの?一緒にいるってことは」
「………それは………」
フィラには分からなかった。どうすればいいのかが。
「……聞かせて」
「?」
答えはでない。だから彼女は、ただ問い掛けることしかできなかった。
「あなたは、フェアリオン達を傷つけた、侵略者なの?」
「…………は」
テラは笑う。
「………侵略者……侵略者ねぇ……。あははははははは!!」
「…テラ……」
フィラは不安に心を揺さぶられながら、笑うテラを見つめていた。