第二章[穴埋めの日常]10
(これじゃ、私ここで……潰されて………)
フィラの動力源は胸にある、彼女に半永久的な稼働を許す核融合炉だ。それはテラに修理されてからも変わっていない。このままだと、そこを潰されることになり、そうなった場合、搭載しているフィラごと当たり一体が吹き飛ぶだろう。
「どうにか、脱出を………」
そうフィラが呟いていた時であった。
「……まさか、フルが迷ってる間に、こんな……」
「……フルー、ル?」
[人]を模した機会群を振子飛ばし、地面から轟音と土埃と共に、巨大な手が出てくる。
反応したフィラが突き出たそれを隙間から見上げると、その手には見覚えのある〈ミタッタ〉があり、そこから、
「いい加減に、手を切ってくださいまし!」
水色のバイザーで覆われた顔、いつも服の上に付けた、最新技術の機械鎧と、レーザーソードを持ったフルールが、飛び込んできて、波を切り裂いた。
フルールは剣を持っていない手をフィラに伸ばし、フィラはそれを掴んで鋼鉄の大波から脱出する。
だが、波は再び襲い掛かってくる。
「!」
フィラは咄嗟に、足元の機能停止した機械を踏んで跳躍。
「とりゃぁ!」
フルールは背中の外付けスラスターを使って加速し、ブゥン!と唸る剣を振るう。
一方でフィラは拳を合わせ、
「出て!気流!」
円柱型に巨大化している彼女の腕。その先の手が広がった状態から傘を閉じるように細く変形し、まわりについていたスクリューが回り始める。
対象を認識。出力を決定、カメラの精度を最大に。
一歩を踏み出す。両腕は右腰に、そして一気に走り出し、そのエネルギーを開放。
「なんですのそれは!?」
荒ぶる空気の竜が、鋼鉄の波を飲み込み、螺旋を描いてうなりを上げる。
吠える気流が剣を飲み込んだときと同じ向きで勢いよく打ち出し、周囲一帯に強烈な空気の圧力がかかり、こまごまとしたものは全て吹き飛んでいく。
そして、近辺の全ての機械群は停止した。
フィラは動きを止めた鋼鉄の波の上で、
「一体………何、だったの………。テラ…」
そう、呟く。
「…………あなたは、寂しいから、私達を呼んだ。それで楽しい時間を過ごそうとした………………そう、じゃないの?」
平穏である事こそ、望んでいたはずなのに、何故あんな殺害行為らしきものを、そしてそれを見たフィラを破壊しようとしたのか。
彼女は疑問を、頭の中で繰り返す。
それは、ぬぐえぬただの大きな違和感故か。それとも一緒に時間を過ごした相手に、何の理由もなく、理不尽に攻撃された衝撃故か。
「………あんな風に子を大事にできるあなたが、あんな風に笑えるあなたが、どうして…」
「…………単純な話ですわよ」
フルールはフィラの元へ近づく。
「……恐らく、あなたを襲ったのは、あなたが真実を知ることで、理想の時間が壊れる可能性を恐れたから。………ホント、勝手ですわよね」
「…………?」
その時、聞き覚えのある声がする。
「……どうやら、あの悪魔を、いいやつだと思ってる……よう」
「……誰!?」
フィラ達が声をした方を向くと、
「あなたは……!」
見るも無残な姿になったフェアリオンが、這ってきていた。
全身は傷だらけで、羽は穴だらけ、直視していられるような状態ではない。
「……あれは、あなたが思っているような奴では………ない」
「……」
「……しっかりするのですわ。……なんと、ここには繃帯が十個!あなたを治療してあげるのですわ。事情は理解していますし」
「……フルール……?」
フルールはフェアリオンに応急処置を施そうとする。しかし、彼女が未知の種族ということを加味しても、あまりにも治療が下手であり、なんなら途中であきらめかけたので、フィラも手伝った。
(………なんで。テラは……………)
フェアリオンは何故に、テラにここまで傷つけられていたのか。
「………あなた、どうしてこんなところに……」
「故郷の星にいるのは………あの[星神]を、テラ……をおびきだすために………でも、こうして…いたい、いたいよぉ……」
全身の繃帯だらけのフェアリオンは弱々しく泣く。
「テラを…………………?」
「………ひどいですわね。あなたはこの地を取り戻したかっただけなのに」
「……なんで、しって……?」
「商人の助手から聞きましたの。あの襲撃も、どうしてなのかは、今は分かりますわ」
「………なに、何の話をしているの、フルール!」
一層混迷を極める思考の中、フィラは思わず叫んでしまう。
「……フィラ」
フルールはため息をつく。
「……何も、分かっていないんですのね」
「………何も」
「……あなたが知らない真実を、お話しますわ。…それで、目を覚まして。あんな悪党に手を貸すなんて、手伝うなんて、もう止めてくださいまし……」
「真、実……?」
そしてフルールは、ゆっくりと語りだした。
依頼の裏の事情のことを。テラという[星神]の事を。フィラが知らない、彼女の今までの行いを。
「……そ、そんなことって。あるわけが……」
フィラは瞳を震わせながら呟く。
(テラがそんな悪い奴なわけ……テラはただ寂しかっただけの…)
フルールの語る話。それはあまりに、あの柔らかな時間からは乖離していて。突拍子もなく、そして残酷で。だから、そんな真実があると認めたくはなかった。
「認めるのですわ。辻褄は、合うでしょう?」
「………うぅ…つ」
フェアリオンが苦しむ声が静寂の夜に響く。
「…………」
フィラは思い返す。
繋がらないインターネットと、繋がりにくい通信。
テラの八つ当たりや、異常な日常への執着心。
ためらいなく自分を排除しにかかったこと。
その他あらゆることが、フルールの語った話に繋がりうる。
「これは、無理やり聞き出した話。嘘であることなど、決してありませんわ」
「………」
「さぁ、行きますわよ」
フルールは、フィラの手を引く。
「わた、くしも……」
フェアリオンはゆっくりと立ち上がり、
「……なら、あなたも一緒に。あの悪魔を、侵略者を倒しに(・・・・)」