第二章[穴埋めの日常]8
「ここなら、届きますわよね」
二つの[星の断片]の間の地下空間。ただの洞窟であるそこを、一機の〈ミタッタ〉を掴んだ[六方一球形]の巨体が走っている。
「動かせて良かったですわ。速度が上がりましたし、障害物も力技で排除可能」
ミタッタの中でノーザリアを下敷きにして座っているフルールは呟く。彼女は、適当に機動パスワードを入力した結果、六百六十六回目に会場に成功、その機体を手に入れることに成功していた。
「………さて。出来るうちに、フィラに………」
彼女をいつになく真剣な表情でそう言い、機体内の通信装置を起動し、フィラに繋げた。
『…………フィラ、フィラ』
「………え、フルール!?」
『その通りですわ』
「やっぱり無事だったんだ。よかったぁ……あんまり心配してなかってけど」
テラの指示で神威のために服を作っていたフィラは、胸をなでおろす。
『ええ』
「……?。どうしたの?いつになく暗い声だけど」
『……ええ。あまり通信環境が良…な……て、あまり長い間は話せ…い…で』
「どこいるの?今私、依頼主……テラっていう[星神]なんだけど。その手伝いして過ごしてるけど。迎えにいこっか?」
フィラは作業の手を止め、そう言う。
『………もう…んなに』
「?」
『手…切る…ですわ…』
「………手を、切る?何言ってるの?」
『今す……に』
そこで通信は切れてしまう。
「………フルール、………一体、どうしたの?」
フィラの心に、フルールの奇妙な発言により、一抹の不安がよぎった。
それから数日後のことである。
『ようやく、着きましたわ。話したいことがあるので、ちょっと来て下さる?』
「う、うん……?いいけど話って……。切れた」
とある日の、夜であった。
フィラ達のいる都市についたらしいフルールは、突如として、フィラを呼びつけた。
「今は、することもないしなぁ………」
フィラは今現在、神威の枕元に座っている。
何かテラの手伝いをしたいところだが、彼女は今夜、自分しかできない用事があると言って、フィラを置いて、どこかへ行ってしまった。
「…………まぁ、行くかな」
テラ曰く、〈ズメウバ〉は神威の身に危険が迫った時、彼を自動で守るようになっている。機体はすぐ外に待機しており、充電も完了しているので、少しの間なら、彼を一人にして置いても問題は無い。
「……でも、心配……ううん。ここは、テラのことを信じよう!」
あれだけ神威に執着しているテラの事だ。少なくとも、彼を守ることに関して、怠る事だけは決してしないだろう。
「……ごめんね、神威。ちょっと行ってくるから」
そう言ってフィラは書置きを残し、その場を去る。
「やっぱり大丈夫そうだね。……っと、送られてきた座標は……」
彼女はフルールが指定した待ち合わせ場所を確認し、夜の街を駆けていった。
「どうして、来るのよ。邪魔を…するのよ!」
「日常を過ごす権利があるとでも?」
羽を持つ者の、冷たい声が響く。
「何ですって…!」
「決して許しはしない。許されはしない。だから邪魔をする。壊す」
「………だったら」
青色の服の彼女は呼び出された。
呼び出した者たちが、日常を壊すために。
「…私の邪魔をするなら、アンタたちを粉々……に!」
青色の者は、目の前の存在に襲い掛かる。多くの同じ形をした者に、邪魔者たちに。
「…………」
裂ける。弾ける。断裂する。はじけ飛ぶ。抵抗者の体は粉々になり、赤きものに包まれ、溶けて、溶けて、溶けて、跡形もなく消滅する。
「隙」
刹那。羽付きの者は、他を相手にする青の者に接近。
相手が反応するより前に、手に持つ杭打機……爆弾がつけられたものを、打ち込む。
「むふ……!?」
穿つ。
爆風が接触面の周囲を弾き飛ばす。
青い者の胴体。そこには大穴があり、上と下が綺麗に分かれる。
「……勝った。やった……」
羽付きの者が歓喜に、思わず無表情であった顔を笑顔にした時、
「……がっ!?」
穿たれた穴。それは羽付きの者の、美しい羽のところに。
大穴の開いた羽からは細かな破片が舞い、血が噴き出る。
四散する破片は、ゆっくりと落ちていく。
「………あ…あ……」
「……ふっ」
青い者は静かに笑う。
「……………邪魔者は、全部、全部、私が潰す。あんたが呂廠の手下なら、なおのこと逃さない。どこの商人からもらったのか知らないけど、いくら木偶を用意しても無駄だから」
「むぅ………単純な玩具ロボットとやらではダメかの……」
「………そんなふざけたもの。どこまで馬鹿にする気よ……」
暗い路地で、その瞳は鋭く眼光を放つ。その狂気を、または激情を示すかのように。
「……いたい、いたい、いたぁいい……!お父様ぁぁぁぁ!」
それまでクールに振舞っていた羽付きの者は、ボロボロと涙を流しながら、後退る。
「なんであんたが泣くの……」
青の者の体は、何事もなかったかのように元に戻っていた。
服には大穴が空いているので、先の攻撃が通ったことは間違いのだが。
「……これが、[星神]…ぃぃぃ、いたぁぁい!いたい……」
青い者は狂気じみた笑顔で、その手に持っていた大口径の銃の引き金を引く。
解放された、腹をすかせた鈍色の弾丸たちが、羽付きの者の体を食い破り、
「……いたい……いたいぃぃ……」
その他の羽付きの者たちが傷ついた羽付きの前に出、両羽を動かす。
『フェアリオン!』
青い者は、それと同時に眼前で起こった、無数の破裂音と衝撃に思わず目を瞑る。
その隙に、傷ついた羽付きの者は血を流しながら空へ飛び立ち、そこから逃走。
直後に彼女をかばった者たちが青い者に襲い掛かるが、
「……消えて!」
青の者が手をかざす。一瞬のうちにその手の先には爆弾が作り出される。
間髪入れずに投擲されたそれは、爆発の瞬間に非常に強い衝撃波を放ち、襲い掛かる者たちを彼方へ吹き飛ばす。
「……ああ、もう………ああ、あはははは!」
必死なようにも聞こえる声で、青の者は爆炎の中、笑っていた。
その笑顔は、狂気故か、純粋な楽しさ故か。それとも…別の何かがあるのか。
「逃げるなぁ!」
青の者は、自身の手に投擲槍を生みだし、視界から消えていこうとする、手負いの羽付きの者に向かって投げる。
「…!」
振り向く刹那。
槍は羽付きの者の羽をまた穿つ。
「……あぁぁあぁ……あぁぁ」
激痛が、羽付きの者の全身を這う。絡みつき、逃れられない程強く、彼女を締め付ける。
裂けた傷。こじ開けられた穴。滴る血。
致命傷だけがなかったのは、不幸中の幸いか。
「……おどう……ざま……」
彼女は無理やり加速して距離をとったものの、ついには都市の中に落ちていった。
「あの……あくま……わらってた……」
あの[星神]は、大悪。決して許していい存在ではない。
彼女は、そう思っていたのだ。