第二章[穴埋めの日常]6
とある日の真夜中。
フィラはスリープモードに入っていれば、座っていても問題なく、[星神]であるテラは睡眠を必要としないので、布団という寝具は神威にのみ用意されていた。
(なんで、どことも通信できないんだろ………。あの襲撃者の事とか、フルールの事とか、調べなきゃいけないことはたくさんあるのに……)
フィラは不安だった。
何にも、どこにも繋がらない。明らかに奇妙なことであるが、彼女がテラに、そのことを問うても、彼女は返事を絶対にしようとはしなかった。
最初はちょっとした動作不良程度に思っていたのだが、数日を過ごしてなお、状況が改善しないのはおかしな話だった。
(なにか、あるのかな。部外者が口を出しちゃいけないような)
気にかかることは多い。しかし、現状ではどうしようもなかった。
(まぁ、フルールはどうせ生きてるだろうし。襲撃者も、今はいいかな……?)
正体も分からない、狙いも分からないことは不安であり、危険だ。だが、打てる手がない今、そこに気を取られ、目の前の手伝いがおろそかになってしまう事は、フィラには許容出来なかった。
「……はぁ」
一旦思考を切り替えるフィラ。
(楽しい日々を過ごすための手伝い……他には……何すればいいのかな?)
そう思っているフィラの手を、眠っている神威が掴む。
「…………」
彼女が目だけを動かしてそれを見ると、
「………姉ちゃんたちのらくえん………ああ、フィラ姉ちゃんがいっぱい……いやいや、だめだってテラ姉ちゃん……そんなに、べたべた……きもい…」
(…ええ………神威の夢の中で何してるの、テラ………)
触られていやがるかのように、だが同時に嬉しそうに、彼は身をよじる。
「…………」
フィラは、唾を垂らして嬉しそうに寝息を立てる神威を見ながら少し笑い、
「何、邪魔するの?」
彼に飛びかかろうとしていた、そう言うテラの動きを制止した。
「……えっと、何、してるの?」
「子に抱き着くのよ」
「………ええ?……神威、寝てるんだけど………」
「それが?何か問題でも?いつものことよ」
そう言い放ってテラは再度、神威に飛びかかろうとする。
二人は立ち上がって神威の眠る布団の前で対峙する。
「どきなさい。私は神威にくっつくのよ」
「……、……安眠の妨害は許さないよ」
「いいからどきなさい。私は、子に、子に、もっと触れるの!」
「神威を好きなのは分かったけど。でも、限度っていうのが………」
そこでテラは腕を組み、
「あなた、私を手伝うんでしょ。なら、私の触れ合いに快く協力しなさい。つまり、道を譲りなさい。安眠なんて知ったこっちゃないわ」
「……な。で、でも流石にそれはダメかな」
視線が交錯する。なぜ、こんな事態になっているのだろうか。
「さぁ!さぁ!さぁ!いいから、どけ!どけよ!私に、私に、触れさせ、て………!」
「………!」
いつの間にか、テラの言葉には強い気持ちが乗ってきていた。それに、フィラは徐々に気圧されていく。
「触れさせろ、触れさせろ!いいから、神威に、神威に……!はやく、はやく!邪魔をするな!いいからやらせろ、どっか行け!邪魔なのよ、はやくはやくはやく!」
テラはフィラを睨めつけ、その肩を掴んで揺さぶりながら低い声で言う。
「……どうして、そんな必死に………」
神威が好きにしても、少々必死過ぎはしないか。執着が妙に強くはないか。
今なぁ、彼女は神威の所への飛び込みを要求している。
何ゆえに、そこまで思うのか。
「うるさい」
『…………』
そんなフィラの思考は、むくりと起き上がってそう言った神威の言葉によって中断させられる。
二人は同時に彼の方を向く。
「…………あ、神威。一緒に寝ましょ?私が温めてあげるから。今夜はちょっと冷えるしね?」
自然に言ったテラにフィラが絶句する。
(……まぁ確かに、今日の温度は低めのようだけど。……一応、親ってことなの?)
テラは慈愛顔で、フィラをサッと避け、神威に近づく。
彼はそれを眠気眼で見た後、
「……ヤダ」
ドサリ、と言う音共に布団をかぶりなおした。
「……え……」
すると、さっきまで鬼気迫った表情でもあった彼女は、風船が萎むかのように床に崩れ落ちた。
(は、半分テラ関連でうなされてたし……仕方ない)
そう冷静にフィラが思う一方で、
「…………あはは…」
テラからは、効果音にガーンという音でも聞こえてきそうである。
「ちょ、テラ………?」
とてもショックだったようで、テラは崩れ落ちたままでぼうっとしていた。
その後しばらく、ぶつぶつと何かを、気の抜けた表情で呟いていた。
(ちょっと落ち込み過ぎじゃ……。メンタル弱いのかな?)
こんなことを拒絶されたぐらいでこうなるとは、実際にそうなのかもしれない。
しかし、どうにも呟きを聞き取ると拒絶されたこと以外に、何かを連想してこうなっているらしい。発音がややぐちゃぐちゃではっきりと聞き取れはしなかったが。
さすがに可哀そうになって来たフィラは、話してみてくれと言うけれども、テラは話してはくれない。
「…あははは!」
そして急に笑い出し、立ち上がってフィラの方に行くテラ。
「え!?なんでこっち!?っていうかなんでまた金槌を~!?」
その手には、最初に出会った時と同様の金槌。彼女はそれを振り回しながらフィラに襲い掛かる。
「でぇぇぇぇ!?」
一歩後退、体をよじる、体をそらす、しゃがむ、受け流す。
「あははははっはっは!!」
なかなか金槌の攻撃の当たらないフィラにイラつきでもしたのか、だいぶご乱心の様子のテラはさらに勢いよく金槌を振る。
「いやぁ~!」
フィラは涙目で逃走を開始。
神威を一人残すのもあれではあったが、そんなことを言っていては八つ当たりで粉々という笑えない結末に一直線だった。
(テラって八つ当たりするんだね!?)
自分のことについては他者に語らず、とりあえず八つ当たりしてしまうのが、どうもテラの性質のようだ。
なんだか[人]の子どものような見た目と、似たような精神年齢だと思ってフィラであった。
「……地球の[星神]。楽しむなんてのは、許さない」
そんな呟き。
彼らは、彼女等は、決してそれを許さない。見過ごさない。
絶対に、その邪魔をする。
その理由は…………。
「…お父様は…」