序章[手伝いの信念]
「あなたの代わりなんて絶対にしません」
「………え!?」
その言葉を受けた女性は、衝撃を受けた。
「………お願い、ですよ……代わりに……あの犯罪者を、とらえ…」
「……申し訳ありませんけど、それはお断りします。それは絶対にしませんから」
ボロボロの彼女の目の前にいる機械の少女は、きっぱりとそう言った。
(……勝手に頼んだのはこっち、ですけど……それでも)
女性たちがいるのは、とある[星の断片]に位置する、巨大な都市の中。
周囲には敵のロボットと、満身創痍で倒れている部下たちの姿がある。
女性自身も傷だらけ。立ち上がれない程ではないが、すでにそうする気が起きはしない。味わったことのない体の痛みと恐怖で、心が折れていたからだ。
だから彼女は頼んだ。ロボットの集団を後退させて助けてくれた少女に。
自分の代わりをやってくれと。
それなのに彼女は無情にもそれを拒んだのだ。
(……冷たいじゃ、ないですか……)
だから女性は当然、そう思ってしまう。
「キカカカカ!」
女性はぼんやりと空を見上げる。
そこにはヘリが見え、中には磔にされて機械に覆われた少女と彼女を攫ったものが乗っていた。
誘拐犯は、違法な物品を取引し、残酷な実験を問答無用で行う、凶悪な犯罪者だった。
(このままでは、行ってしまう………)
だが、目の前の彼女は、どれだけ懇願しようが、必死に思いを伝えようが、決して代理の役割は負わない。
物語のヒーローの様に、後は自分がやるなどとは決して言わない。
「…………」
少女はただ、あの犯罪者の手駒のロボットたちを寄せ付けないようにしているのみ。状況を大きく変えることは決してしない。
だがそれはまるで、何かを待っているかのようでもあった。
「………どうして」
少女が自分の腕を変形させ、網やナイフ、銃で敵集団からただ守る中、女性は問うた。
「……どうして、代わってくれないんですか。…勝手かもしれないですけど…でも、いいじゃないですか……頼みを聞くのぐらい……」
女性には今、少女の横顔がとても冷たいものに見えていた。
心などない、他の誰の事も考えないような、思いやりのない存在に。
「………どうして、代わっても、助けてもくれないんですか!」
その叫びが、響いた時。少女は静かに口を開いた。
「……私は代わりにやることなんてしません。したくないし、してはいけないことだと思ってるんです」
「……………?」
返された言葉は、冷たくなかった。むしろ暖かい。
そこには、思いやりがないなんてことは決してなく、誰かの事を思う気持ちが、確かにあった。
少女は振り返り、女性の顏をしっかりと見る。
そして、再び口を開いてゆっくりと言葉を紡いだ。
「代わりにやるなんて……そんなの、元々やろうとしていたあなたが積み上げた努力を結局、全てに台無しにしてるじゃないですか」
「アメジスタの……積み上げた努力」
その時、女性は思わず記憶を振り返った。
仲間が全員やられても、さらなる絶望的状況になっても、逃げた犯罪者を捕まえるため、必死に戦った時間。必死の努力の積み重ね。
もし、目の前の少女が代わりにそれをやってしまった場合、それらはただの徒労に終わる。達成しようと頑張ったことが、代わりにされる、奪われることで。
「………あなたは」
「……私は手伝うだけ。空のあれを捕まえたいのは、あなたでしょ。私じゃない。だから今は、あなたが死なないようにする以上のことは、しません」
「……確かに、したいのは私………ですけど、でも…もう。だからあなたに…」
「……本当意、いいの?私が代わりにやるっていうのは、あなたのその傷は全部無駄になるんだよ?意味なんてほとんどなくなっちゃうんだよ?それでいいの?」
少女は真剣な眼差しで女性を見つめた。
「………」
「……もし、あなたが自分でやると決めるなら。そして自分だけじゃできないと思うなら、私はそれを手伝います。手伝い(・・・)だけを、します」
手伝い。それは、行動の主導権があくまで相手に在り、彼女にはない。
それ故に、努力は踏みにじられない。彼女が手を貸していようが、目標を達成したとき、それを成し遂げたのは、やはり手伝いを頼んだ者自身なのだから。
(アメジスタは………)
女性は考えた。……そして気づいた。
(何を弱気になってるの。誰かに放り投げるなんて。アメジスタと、部下たちの頑張りを無駄なものにしていいわけがない。アメジスタが、やると思ったことなんだから)
彼女は、秩序を守るものとして、違法取引を行う犯罪者を捕まえに来たのだ。それをほっぽりだすなど、そもそもいけないことだと、彼女は自分を叱った。
「……ごめんなさい、押し付けようとして」
「……え?別にいいですけど。……私、ちょっと勝手なこと言ってるし…」
取りようによっては、彼女の発言はそうなる。そこを気にしているのだろう。
「……別にいいんです。むしろ、いい活力剤になりましたよ。私が奮起するための、手伝いをしてきましたよ、あなたの言葉は」
「そう。一助に、なれた……手伝えたんだね」
少女は、女性が立つのを見ながら、笑った。
「…………それじゃぁ。一つ頼みを聞いてくれますか?」
「……なんですか?」
「……アメジスタはあの犯罪者を捕らえます。でも、アメジスタだけでは達成できない。だから…………」
女性は機械の少女の手を取った。
「手伝ってください。アメジスタがそれを成し遂げられるように」
「勿論!」
彼女は冷たくない。むしろ、思いやりが深かった。誰かの気持ちの事を思えた。
……そんな優しさもあるが故に、この先に待つ事で苦悩もするし、落ち込むもする。
それでも、その思いやりから生じる信念にかけ、彼女は誰かを手伝うのだ。




